第2話-24.質屋の店主、追い出される
「ただいまー!」
カランカラン、と扉が開いてリンが帰ってきた。
トワルが顔を上げる。
「お疲れさん。どうだった?」
「なかなかよかったわよ。思ったより売り上げもあったわ」
「そうか」
トワルはそう言ったが、リンが両手に大量の紙袋を掛けているのを見て不審に思った。
それに、フィオナの姿が見えない。
「なんだその紙袋」
「ああ、これは服。どれも似合うからつい買っちゃった。あ、お店のお金は使ってないから安心してね」
「何の話だ? それにフィオナはどうした?」
「フィオナなら――あら?」
リンは振り返ってフィオナがいないのに気付くと店の外へ出て行った。
「ちょっと、何隠れてるのよ」
「こ、これやっぱり恥ずかしいわ」
「大丈夫よ可愛いから。ほらほら」
リンがフィオナの手を引いて戻ってくる。
「じゃーん、どうよトワル店長。とっても素敵でしょう?」
リンに手を引かれながらフィオナがトワルの前に姿を見せた。
驚いたことに、フィオナはいつもの簡素なドレスとは違う衣装をまとっていた。
大きなタイネックの白のブラウスに紺のロングスカート。いつもは自然に下ろしている髪を髪留めで軽くまとめ、いつもの落ち着いた印象の姿とはまるで別人のようだった。
変わっていないのは左手首のブレスレットくらいか。
フィオナ自身もまだ慣れていないらしく、真っ赤になって俯きながらスカートの裾を掴んでぷるぷる震えていた。
「………」
トワルは無言だった。
正確には、フィオナの姿を一目見てそのまま固まってしまっていた。
フィオナはトワルが何も言わないので不安そうな顔をする。
リンはトワルに歩み寄ると脳天に手刀を振り下ろした。
「痛っ、なにするんだ」
「それはこっちのセリフよ。女の子が着飾ってるんだから黙ってないで何か言いなさい。それとも気に入らなかったのかしら」
「そ、そんなことはない。むしろ……」
トワルは慌てて首を振ったが、上手く言葉が出なかった。
普段のフィオナももちろん綺麗だと思っているが、今のフィオナは新鮮に映り、普段とはまた違った魅力を感じさせる。
ただ、不意打ちだったこともありトワルの頭の中は完全に真っ白になっていた。
目の前のフィオナを褒め称えるのに相応しい言葉が全く浮かんでこない。
リンはそんなトワルの様子を見て察したようにぽんぽんと肩を叩いた。
「まあそんな風になるのも無理はないわね。でもどう思っているのかちゃんと伝えてあげて。態度で察してくれるのを期待するんじゃなく、言葉で伝えてあげないと不安になっちゃうこともあるんだから」
そう言われてトワルはようやくフィオナがしょんぼりしていることに気付いた。
トワルがまるで反応しないので落ち込んでしまったのだろう。
リンが促す。
「ほら、早く」
そう言われてトワルは口を開いた。
「フィ、フィオナ!」
フィオナがビクッとしてトワルを見る。
「は、はい」
トワルの頭の中は未だに混乱していた。ぴったりな賛美の言葉が浮かんだかと思えば別の文章案が現れてケンカを始め、どちらがいいかと迷う間もなくさらに他の案が乱入する。そんなことが延々繰り返されてまともにアウトプットができなかった。
だが、あんな落ち込んだ顔のフィオナをこれ以上待たせるわけにはいかない。
「あの、その……綺麗だ。とても綺麗だよ」
「ほ、本当? 変じゃない?」
「変なわけあるか。とても綺麗で可愛い」
「あ、ありがとうございましゅ……」
フィオナは蚊の鳴くような声を出しながら頭を下げた。
賛辞に対するおじぎというより、赤くなった顔を隠すためのようだ。
トワルもトワルで頭を下げていた。こちらは「もう少しマシな事言えないのかよ……」という自責の念で、頭を下げるというよりは頭を抱えると言った方がしっくりくる。
リンはそんな二人の様子を見ながら満足げに頷いた。
そして、トワルに言った。
「よろしい。それでは勇気を持って伝えられたあなたには、そんな綺麗で可愛い子とデートをする権利を差し上げましょう」
「え?」
「は?」
トワル、それからフィオナも目を丸くして顔を上げた。
フィオナのほうも何も聞かされていなかったらしい。
唖然とする二人を尻目にリンは続ける。
「店は私が見ておくから二人でお出掛けしてきなさい。まだ明るいしたっぷり楽しめるでしょう」
「いや、さすがにそれは」
「大丈夫よ。私が何か仕出かさないか心配だって言うんでしょうけど、若い二人の逢引き台無しにするほど私も野暮じゃないから。それにどうせあの人が見張ってくれてるんだから怪しい事はしないわよ」
リンは窓の外の監視役を指差す。
監視役のほうも気付かれているのは既に承知の上らしく隠れようとする素振りすら見せない。
トワルはリンに小声で言った。
「しかしこっちは何の準備もしてないんだが」
「大丈夫よ。あんたたち二人なら普段通りにやれば問題ないでしょ。いい雰囲気にして安心させてあげればあの子もきっと悩み事を打ち明けてくれるから」
どうやら純粋にトワルとフィオナの仲を心配しての行動らしい。
とはいえ、何故安心したら話してくれると思うのかトワルにはピンと来なかった。
フィオナが悩んでいるのは自分が産まれた経緯のことなのでは……?
「はい、じゃあ決まり。なんなら残業対応もするから明日の朝まで帰ってこなくても構わないわ。頑張ってね!」
トワルとフィオナは半ば強引に店の外へ放り出されてしまった。
勢いよく玄関が閉まる。
とても店に戻れる空気ではない。
二人は途方に暮れて顔を見合わせた。
「……どうすればいいのかしら」
「とりあえず、リンの様子を確認してみよう」
ああは言ったが、果たして本当にリン一人に店を任せていいものか。
トワルもさすがに問題ないとは思っていたが、『イリストヘルの霊石』――フィオナの本体はこの店の住居エリア、フィオナの寝室にあるのだ。ありえないとは思うが、家探しなどされたら見つかってしまう恐れがある。
二人はこそこそと店の横に回り、窓からこっそりと店内を覗き込んだ。
しばらくリンの様子を窺っていたが、リンは特におかしな行動は取らなかった。
トワルの代わりにカウンター席に座り、やって来た客を特に問題なく対応している。
空いた時間も工具の手入れなどをしていてその場を動く気配はない。
と、トワルたちが覗いている反対側の窓にいた監視役の男と目が合った。
男はじっとこちらを見つめていたが、やがて頑張れと言うように親指をグッと突き立てる。
……真面目に監視をしてくれ、とトワルは思った。
ともあれ、あの様子なら監視役はずっとあそこで見張ってくれるのだろう。
それにミューニアも稼働している。リンに限らず店で何かがあればすぐにわかる。
「とりあえず問題なさそうだな」
「そうね」
「………」
「………」
さて、どうするか。
こうなるとリンの言う通りデートに行くしかないのだが……。
デートということを意識すると段々また恥ずかしくなってきて、ちょっと顔を合わせ辛い。
とはいえ、このままここでじっとしているわけにもいかない。
「どこか行きたいところはあるかな」
トワルは勇気を出して聞いた。
フィオナは口元に手を当ててじっと考えていたが、やがて言った。
「それならこの街の案内をしてもらってもいいかしら。今まであまり出掛けたことがなかったから」
「わかった。それじゃあ日が暮れるまで適当に歩こうか。……でも大丈夫か? 今日は朝からずっと歩いてただろ?」
すると何故かフィオナは嬉しそうに微笑んだ。
「平気よ。さ、早く行きましょう」