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異世界質屋と呪宝の少女  作者: 鈴木空論
第2話 幸せを呼ぶ祝福の壺
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第2話-23.詐欺師の女、相談を聞く

 リンは紅茶のカップを置いた。


「ひょっとして、最近フィオナが元気なかったのってそれを気にしてたからだったの?」


 リンが尋ねると、フィオナは目をぱちくりさせた。


「そんなつもりはなかったけれど……私、元気ないように見えた?」


 どうやら自覚すらなかったらしい。

 リンは内心頭を抱えていた。

 ケンカでもしたのか、とかトワルに聞いてしまったが、どうやら原因は自分にあったらしい。

 トワルに悪いことしちゃったな……。


「……質問に答えるけど、やってみなければわからないわ。問題は装置を起動させるのに十分なエネルギーを確保できるかどうかだからね。起動させられるならエネルギー切れになるまで何人でも送れるでしょうし、起動しなければ異世界の門を開くこと自体が無理だもの」

「そう……」


 リンがはっきりした答えを持っていないことは薄々予想できていたらしく、フィオナは驚きも落胆もしなかった。


「一応聞きたいんだけど、トワルが元の世界へ帰りたいって言ってたの?」

「いえ、ちゃんと聞いたわけではないけれど……もしも帰りたかったとしても、きっと私には素直にそう言ってはくれないだろうから」


 本心では元の世界へ帰りたいと思っていても、フィオナに気を使ってそれを諦めてしまうのではないか。

 フィオナはどうやらそういったことを心配しているらしい。リンはそう解釈した。


 問題の宝石が見つかってもいないのに気が早いなと思わなくもないが、フィオナの立場からすればそういった不安を抱えるのも無理はない。

 確かにあのトワルならそういうことをしそうな気もする。


 しかし――多分ただの取り越し苦労よね、とリンは思った。


 リンはトワルの言動を思い返したが、恐らくトワルは元の世界へ帰れる状況になっても帰る事はないだろう。

 元の世界での記憶がないと言っていたのは本当のようだし、そうであればリンと違って戻る理由もない。

 それに何より、店でのやり取りを眺めていれば一目瞭然だった。

 きっとトワルは元の世界よりもフィオナを選ぶ。


「トワルがどう考えてるのか気になるなら本人と一度ちゃんと話をしたほうがいいんじゃない? トワルのほうもあなたがそうやって一人で悩んでるの心配していたし」

「そうだったの?」


 フィオナはショックを受けた顔をした。

 迷惑を掛けたくないと思ったことで迷惑を掛けてしまったと知ればまあこの反応も無理はない。

 これは少し気分を変えてあげないといけなさそうだ。


「そういえばあななたちってどういう関係なの? 一緒に住んでいるし恋人同士に見えるけどそれだけじゃなさそうよね」


 丁度いい機会なのでリンはずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。


 というか……リンはこのフィオナが一体何者なのか実はよくわかっていなかった。


 ドワルド国の崩壊のきっかけになった『女神像事件』が起きた頃に突然現れ、オーエン質店で生活し始めた。

 そこまでは簡単に調べられたのだが、それ以外の情報はリンが自分の手で調べてもまるで掴めなかった。


 オーエン質店で働き始めて交流するようになると、謎は解消されるどころかさらに深まった。

 フィオナは決して頭の回転は遅くない。むしろ聡明であるとさえいえるし、礼儀作法もしっかりしている。

 だが、妙なところで世間知らずだった。

 リンですら知っているようなこの世界の一般常識や、最近の出来事を知らなかったりする。

 かと思えば、大昔の出来事をまるでその場で見ていたかのように詳しく話すこともある。


 おかしなことといえば服装もそうだ。

 何故かわからないがフィオナはいつも同じ服を着ていた。


 白と瑠璃色のシンプルなドレス。型は古いが上等な生地を使われているし、恐らく本人の容姿に合わせてあつらえられたものだろう。相当高価な品のはずだ。

 そんな衣装で店員をやったり、街に買い物に出たりする。それでいてお手入れはいつ見ても完璧だった。

 こちらの世界の世界観的にというか、この街の文化的にというか、こういった衣装を着て生活するのは別に珍しいことではない。

 しかし何故いつも同じ服なのか。この衣装でいることに何か意味でもあるのか?


 正直、よくわからないことだらけである。

 どこかの国のお姫様が駆け落ちして転がり込んでいる、といわれても信じてしまいそうだった。


 街で聞く噂も根拠のない物や推測と思われるものばかりだった。

 聞いた中には、青白い幽霊になって街の上空を飛んでいた、などという突拍子もないものまであったほどである。


 正体不明なままでもリンの計画の妨げになることはないだろうが、万が一ということもある。

 知ることができるなら知っておきたい。

 それに、個人的にもちょっと好奇心が沸いていた。


「私たちは……どう言ったらいいのかしら。ごめんなさい、上手く言えないわ」

「あ、別に言いたくないなら無理に言わなくていいのよ。私も人のこと言えないし」

「いえ、そういう訳じゃないんだけど……」


 拒絶されたのかと思ったが、本当にただ説明が難しいらしい。

 ただ、フィオナの表情から察するに話したくないこともあるようだ。

 リンは迷ったが、もう少し踏み込んでみることにした。


「ひょっとしてフィオナがいつも同じ服を着てるのも何か関係があるの?」

「へ? あ、いや、その……」


 リンは何気なく尋ねただけだったのだが、フィオナは何故か露骨に動揺した。


「ごめんなさい、これも触れちゃいけない話題だったかしら」

「そんなことないわ。でもいつも同じ服ってやっぱりおかしいのかな」


 フィオナは自分の服に手を当てながら不安そうに言った。

 リンは首を傾げた。


「何か理由があってその服を着ていた訳ではないの?」

「別にそんなことはないわ。他に着れる服がないだけだから……」

「は? 他の服持ってなかったの?」


 予想外の返答にリンは目を見張った。

 それに対しフィオナは不思議そうな顔をする。


「そんなに驚くこと?」

「むしろ今まで不満感じなかったの?」

「うん。だってトワルもほとんど一張羅みたいなものだし」


 リンは頭を抱えた。

 これは駄目だ。年頃の娘がこんなことになっているのはさすがに放っておけない。

 秘密を探ろうなどという気持ちはさっぱり消え失せ、この目の前の少女をなんとかしてやらねば、という使命感が燃え始めた。


「……ここを出たら服屋に行くわよ」

「え? いきなりどうしたの」

「あなたみたいな若い子が服持ってないなんて間違ってるわ。代金は気にしなくていい。私が出すから」

「いや、でも……」

「心配しなくていいわ。私もまだこっちの世界は数年しかいないけど、一緒に住んでた子に色々教えられて最近の流行りもわかってる。恥をかかせるようなコーディネートはしないから安心して」

「………」


 リンはなんの裏表もなく、純粋な善意でそう言った。

 だが、フィオナのほうは笑顔はどうにか維持していたものの、背中にじっとりと汗を滲ませていた。


 ――なんとかして断らないと……。


 フィオナだって女の子である。ファッションには興味はあるし、いろんな服を着てみたいという気持ちが無い訳ではなかった。

 しかし、自分は普通の人間とは違う。本来はあらゆる物を――当然、普通の服だって――すり抜けてしまう幽霊みたいな存在なのだ。


 ブレスレットを付けたままなら衣装替えも可能だが、その後で万が一ブレスレットが外れたらその時着ていたものは地面にバサッと落ちてあっという間に全裸か下着姿の幽霊の出来上がりである。

 そんな事態を想像したらとても他の服を着て出歩く気になどなれず、半ば諦めていたのだ。


 そんな訳で服屋に連れていかれるのはどうにか回避したいが、まさか正直に事情を話す訳にもいかない。

 フィオナは話題を変えようとした。


「一緒に暮らしてたというのは、ひょっとして男の人?」

「へ? いや、違う違う。女の子よ。ドワルド国で世話になった人がいるって前に話したでしょ? その人の娘さんでね、同い年だったのよ。女性の言葉遣いとか普通の生活の仕方とかはその子から教わったの」

「ドワルド国の人なら今大変なんじゃない? 連絡とかは取り合ってるの?」


 するとリンは僅かに眉尻を下げた。


「大丈夫よ。いや、大丈夫って言い方はおかしいか。……その子、死んじゃったの。だから私もあの国を出る決心が付いたというか」

「あ、ごめんなさい……」

「いいのよ。それより今はあなたの話。どんな服が着てみたいとかある?」


 リンが話を戻す。

 もう下手に話も逸らせない。

 何か他に断れそうな言い訳を考えなければ……。

 フィオナは視線を泳がせた。そしてふと、ブレスレットに目を留める。

 そうだ、これだ。

 少々恥ずかしいが、フィオナは顔が赤くなるのをこらえながら言った。


「あの、このブレスレットなんだけどね」

「ん?」

「これ、トワルがこの服に合うようにってわざわざ作ってくれたものなの」

「あらそうなの。よくできてるわね」

「うん。だからね、できれば外さずにおきたいなって思ってて……」


 何いきなり惚気てるんだお前、と自分でも思ったが他に策が思いつかないのだから仕方ない。

 これで諦めてくれればいいのだが……。

 リンはフィオナの話を聞くとニヤニヤした。


「あらあら青春ねえ。なるほど、わかったわ」

「わかってくれたのね」

「それならそのブレスレットに合う服を探しましょう。さて、腕が鳴るわ」

「………」


 恥ずかしい思いをしてまでして話した言い訳をあっさり突破され、フィオナにはもはや抵抗する術がなかった。

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