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異世界質屋と呪宝の少女  作者: 鈴木空論
第2話 幸せを呼ぶ祝福の壺
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第2話-22.宝石の少女、売り歩く

 店の前に荷車が置いてあった。

 荷車、と言っても馬で引くような大掛かりなものではない。

 一人でも動かせるような小型のものである。


「どうよ!」


 リンが荷車の横で何故か胸を張る。

 トワルとフィオナはは怪訝な顔をした。


「どうよ、と言われても。なんだよこれ」

「知らないの? 荷車。物を運ぶときに使うのよ。ご近所さんから借りてきたの」

「いやさすがに荷車くらいは知ってるさ。だがそんな物どうするつもりなんだ?」

「店の宣伝を兼ねて廃品回収でもしようかなって思ってさ。店長に許可を貰いたいの」

「宣伝と廃品回収?」


 フィオナが首を傾げると、リンは懐から何やら布を取り出して両手でそれを広げてみせた。

『オーエン質店』という屋号と店の住所がデカデカと書かれている。

 その布に荷車に積まれていた棒を挿すとのぼり旗の出来あがり。

 リンは旗を荷車に固定しながら言った。


「これで街を練り歩きながらご家庭の不要になった家財なんかを下取りするのよ。で、そのまま使えそうな物は別の人に売って、壊れた物は持ち帰って修理するなり使える部品を取り外すなりして再利用。そうすれば店の宣伝にもなるし多少のお金も稼げるしで一石二鳥でしょ?」

「まあ、そうだな……」


 話を聞く限りではトワルには止める理由はない。

 質屋というより古物商のような気がするが、現状も修理業が一番の収入源になっているのだからその辺に今更拘る必要もないだろう。

 そもそもリンには壺を路上販売していた実績(?)があるのだ。

 自分から提案するからにはそれなりの勝算もあるのだろう。


「しかし良いのか? お前さん今日は休みのはずだろ?」


 リンが店に来てから一人ずつ交代で休みを取ることにしていたのは前にも話したが、今日はリンが休みのはずだったのだ。

 だがリンはそれに対して困り顔で笑った。


「休みだからこそよ。福利厚生しっかりしてくれてるのはありがたいんだけど、私休みもらっても宿でゴロゴロするくらいしかやること無いのよね。だから店内が狭いっていうなら外回りでもさせて貰おうかなって」

「お前さんがいいなら別に構わないが……」

「ありがと。じゃあ早速行ってくるわ」


 リンは荷車に手を掛ける。

 その時フィオナがおずおずと言った。


「あの……その外回り、私も付いて行ってもいい?」

「フィオナが?」

「ええ。私そういうこと今までした事がないから興味があって。ダメ?」

「私のほうは別に構わないわよ。でも店は大丈夫?」


 リンはトワルに顔を向けた。

 フィオナも不安げにトワルを見る。

 突然の申し出にトワルは多少驚いていたが、二つ返事で頷いた。

 フィオナがやりたいというなら叶えてあげたいし、相変わらず悩んでいる様子だった。

 案外いい気分転換になるかもしれない。


「ああ。店のほうは俺一人で問題ないよ」

「じゃあ決まりね。ふふふ、たっぷりとこの道のイロハ仕込んであげるから覚悟しなさい」

「お、お手柔らかに……」


 リンとフィオナは談笑しながら荷車を押して行った。

 その後ろを今日の監視担当らしい男がスススッ…と付いて行く。

 二人だけで行動させるのに全く不安が無いとは言わないが、見張りもいることだしまあ大丈夫だろう。


 二人を見送るとトワルは店内に戻った。

 久々にたった一人での店番である。

 ほんの二カ月前くらいまではこれが普通だったのに、何故か新鮮な気分だった。

 まあたまにはこういうのもいいかもしれない。


 ……ところが、そんな気分はあっという間に崩壊した。


「あれ、今日はフィオナちゃんもリンちゃんもいないのか」

「残念だわ、フィオナに取って置きの話を持ってきてあげたのに」


 やって来た客たちは二人が不在なのを知ると露骨に落胆した態度を見せた。

 まあ、気持ちはわかる。

 女の子目当てで店に行って野郎一人しかいなかったらトワルだってがっかりするだろう。

 だがそれはそれとしていい気分はしない。

 何人かの客の相手をし終えたことにはトワルはすっかり不機嫌になっていた。




 一方、リンの外回りは思いのほか順調だった。


 フィオナはリンが一体どうやって中古品を集めるつもりなのかと思っていたのだが、リンはどうやらあらかじめ家財を手放したがっている家を下調べしていたらしい。出世で大きな屋敷に移ることになり家具の買い替えを考えている家庭や逆に没落して手にしていたものを手放さなくてはいけなくなった家庭、他には祖父が亡くなって遺品を整理したい家庭などなど。そういった家々を回り、あっという間に荷台に下取り品の山を築いてしまった。


 荷台が一杯になると今度はそれを捌きに掛かる。

 売る相手についても買い取りの時と同じだった。予め目星をつけていたらしい家を訪問し、そこの人間と雑談をしたと思ったら荷台に積まれた大きい物や重い物が魔法のようにぽんぽん売れてしまう。

 残った小物はおまけとして渡したり、道行く人に声を掛けて販売したり。

 そして荷台が軽くなると再び中古品の回収を始める。


 以降、繰り返し。

 半日も立たないうちにリンは店の一日の売り上げの数倍の額を叩き出していた。


「いやー、思ってたより稼げたわね。西区を回っただけでこれならあと北東南で最低三回は同じくらいの利益見込めるかな」


 リンがほくほくしながら売り上げを数える。

 それに対してフィオナは不安げに周りをきょろきょろ見回していた。


「あの……こんなところ入っちゃっていいのかしら。私たちまだ仕事中なのに」


 何度目かの収集品を一通り捌いた後、二人は休憩として近くの喫茶店に立ち寄っていた。

 荷車は店員に断って店の裏手に置かせてもらっている。

 リンはお金を袋に詰めて仕舞いながら笑った。


「いいのいいの、外回りの特権。それにお店での仕事中だってちょくちょく休憩取ってるでしょ? あのトワル店長なら多少サボっても文句なんて言わないわよ。むしろ一日中休まず歩き回ったなんて言ったら逆に心配するんじゃない?」

「そんなことは……」


 フィオナはそこまで言いかけたが、十分ありえるなと思い直した。

 トワルは他人が無理をしようとするとやたら心配するのだ。

 当の本人はフィオナが止めなければ徹夜作業とか無茶なことを平気でしようとするのに。


「それにしても今日は驚いたわ。私、路上販売ってもっと大変なものだと思ってた」

「もちろん本来はもっと難しいわよ。でも誰が何を売りたがってて誰が何を欲しがってるか、その辺の情報さえ揃っていればそこまで大変ではないわ」


 リンはさらりと言うが、実際にそれを調べるのは並大抵のことではないだろう。

 というか、つまりリンはこの街の住民たちがそれぞれ何を欲しているのかを把握していることになる。


「いつの間にそんな情報集めたの?」

「ん? 壺売ってた頃にちょこちょことね。こんな使い方するとは思ってなかったけど」

「別の使い方があったの?」

「いいえ。人生何が起こるかわからないでしょ? だから念のため他の作業の片手間で調べてただけ。実際にこうして役に立ったし」

「はあ……すごいわね」


 フィオナは素直に、というか半ば呆気に取られながら言った。


 そこへ店員が注文していた紅茶とケーキを運んできた。

 いつも飲んでいるものとは違う香りで新鮮だった。ケーキも美味しい。

 フィオナは目を輝かせた。

 リンはそれを微笑まし気に眺めていたが、やがて紅茶を片手に言った。


「さてと。それじゃあ本題に入りましょうか」

「え?」


 フィオナはフォークを口へ運びながら目をぱちくりさせる。

 リンはクスリと笑みを浮かべた。


「一緒に外回りがしたいって言ったの、トワル抜きで私と話したいことがあったからなんでしょ?」

「―――!」


 フィオナは驚きの表情を浮かべながらフォークを持つ手を止めた。

 図星だった。そのためにリンと一緒に行動したかったのだ。


「……気付いてたの?」

「そりゃあね。今日一日中ソワソワした態度で何度もこっちチラチラ見られたら嫌でも気付くわよ」

「………」


 そんなにわかりやすかったのか。

 フィオナはなんだか恥ずかしくなって俯いた。


「それで? 二人きりで話したいことって何なの? ひょっとして恋バナ?」

「ううん、違うわ。実は……異世界召喚についてなんだけど」

「異世界召喚のこと?」


 リンは意外そうな顔をする。

 今更ごまかしても仕方ないのでフィオナは素直に聞くことにした。

 酒場でリンの話を聞いてから、フィオナはずっと確かめたいことがあった。

 フィオナは自覚していなかったが、ここ最近フィオナがおかしくなっていたのもそれが原因だったのだ。


「もしも……もしもね? 例の青い宝石が見つけられたら、の話なんだけど」

「うん」

「あの宝石一つで、何人の人間を異世界へ送り出すことができるのかしら」

「というと?」

「その、つまり……あなたと一緒にトワルも元の世界へ帰してあげることはできるのかな、って……」

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