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異世界質屋と呪宝の少女  作者: 鈴木空論
第2話 幸せを呼ぶ祝福の壺
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第2話-21.詐欺師に関する中間報告

「例のリンと名乗る女ですが、酒場でシルマリと接触して以降は特に怪しい行動は取っていないようですね。部下からの報告ではオーエン質店でも至って真面目に働いているようです」


 自警団の副団長、アンブレが報告書を片手に言った。

 報告を受けているのはソファにどっしりと腰掛けた肥満体の男。きっちりと整えて固めた髪と髭に、最高級の生地で作られた衣服。他にはいかにも成金といった感じの装飾品をじゃらじゃら付けているが不思議と下品な印象は受けない。


 男の名はベルカーク。トワルの元兄弟子にあたり、この商業都市サミエルでも五指に入る豪商。

 この街の政治運営にも関わっており、先日は一触即発状態にあったドワルド国との交渉を行った。その後政権崩壊により大混乱に陥ったドワルド国内の整備なども任されている。

 そのドワルド国と関係がありそうなリンの件を気に掛けており、自警団の人間を呼び出して捜査の報告を受けていた。 


 本来ならこういうのは自警団団長の役割だが、団長は普段から領主や貴族たちとの折衝などで忙しいので副団長のアンブレが出向いている。

 普段のベルカークならアンブレのような美人が訪ねて来ればだるんだるんに鼻の下を伸ばすのだが、今はそんな素振りは一切見せていない。さすがにその辺の線引きはしているらしい。


 アンブレが報告を続ける。


「自分の宿へ戻ってからも生活に必要な物の買い出しに出掛けるくらいで誰かに接触したりといったことはないようです。気になる点と言えば、オーエン質店での勤務時以外のとき定期的にオーエン氏がかつて持ったいた物と思われる受信機を取り出して発信器の位置を確認していることくらいでしょうか」

「ということは、壺を買った人間たちにはやはり何かあると?」


 ベルカークが尋ねるとアンブレは首を振った。


「いえ。既にリンから壺を買った人間の身元調査は再度行いましたがやはり何も出ませんでした。とはいえ、未だリンが気にしているのを考えるとやはり何かの意図があるという事なのでしょう。……もどかしいですが、あの女の目的が全くわからない以上こちらは後手に回るしかない状況です。シルマリが何か情報を持ち帰ってくれればいいのですが」


 シルマリは酒場でリンと話したその日のうちにベルカークへ報告を行ったあと再びドワルド国へ飛んでいた。

 リンの話の裏付けや聞いた内容を元に新しい情報を探るためだ。

 本来ならこういう事はその土地の情報屋に依頼するのが慣習で時間的にも効率もいいのだが、あの国は現在混乱していて情報伝達も上手くいかないためシルマリ本人が出向くしかなかった。


 ベルカークはアンブレの報告を聞いた後しばらく思案していた様子だったが、やがて髭に手をやりながら言った。


「……どうも、似ている気がするな」

「何がです?」

「いや、オーエン氏も以前に同じような騒ぎを起こしたことがあったな、と思い出しましてね。覚えていませんか。確か貴女が自警団に入って間もない頃の事じゃなかったかな」

「私が新人の頃と言いますと……爆弾騒動のことですか」

「そうです。実質的な被害が出ていないことといい本人が黙秘していることといい、ちょっと似ていると思いませんか」


 今から十数年も前の話である。

 ある日突然オーエンが自警団に乗り込んできて、街中に時限爆弾を仕掛けてきたから探してみろと言い出した。


 内容が内容だけに、オーエンはすぐさまその場で拘束された。

 ところが、自首(?)してきたにも拘らずオーエンはいくら問いただしても爆弾の在り処は話そうとしない。


 埒が明かないまま予告の時間が刻一刻と迫り、最終的に自警団や兵士だけでなく手の空いた者たちも総出で街中を捜索する大騒ぎになった。

 その結果爆弾は一つとして見つからなかったが、代わりにその大捜索のとばっちりで、ある商人がこの街で禁止された薬物を売り捌いていたことが発覚した。

 爆弾はその商人を捕まえさせるための狂言だったのである。

 薬物は全て処分され、商人はサミエルから永久追放となった。


『いやはや、推測はできていたんだが確信が持てなかったし自分で調べるのも面倒だったものでね。折角の機会だから君たちに手柄を与えてあげようと思ったんだ』


 騒ぎの後、オーエンは牢から出ながら悪びれた様子もなくそう言った。



 アンブレは懐かしそうに溜め息をついた。


「ありましたね。初めての大きな任務があの一件だったので今でも鮮明に覚えています。何だこいつはと思ったものです」

「本当にあの人には何度も振り回されましたな」

「それで、あの騒動に似ているというのは――あのリンという女の目的が、私たちに街の捜査をさせる事そのものにあるということですか?」


 街に発信器を付けた壺をばら撒いたのは囮で、全く別の犯罪を発見させようとしているのではないか、ということだ。

 それなら壺を買った人間をいくら調べても何も出て来なくて当然だろう。

 事実として、現在はリンへの監視を付けるだけでなく街全体の警戒態勢も普段よりかなり強化している。

 何かあればすぐに対応が取れるだろう。


 ただ、仮にこの街で何者かが犯罪を企んでいたとしてもリンにはそれを止めようとする理由がないように思える。

 一応オーエン質店に縁があるようだが、だからといってこの街を助ける義理など無いはずなのだから。


 いや、考えてみれば別に街のためとは限らない。

 見付けさせようとしているものは犯罪ではなく別の物の可能性も……。



 アンブレが真剣に思索を巡らせているとベルカークは困ったように笑って手を振った。


「いや、すみません。そのリンという女性があのオーエン氏から教えを受けていたと聞いて、そういう可能性もあるんじゃないかと思っただけなのです。所詮は素人の浅知恵ですからそこまで真面目に受け取らないで下さい」

「とんでもありません。これまでそういった考え方はしていませんでしたのでとても参考になりました」

「そうですか? お役に立てたならこちらも嬉しいですが……」


 それからいくらか雑談をしてからアンブレは退出した。



 一人になったベルカークはのっそり立ち上がると、机の上の書類を手に取った。

 部下がまとめたドワルド国についての報告書だ。


「本当に杞憂であればいいのだがな……」


 ベルカークは資料に目を向けたまま無表情に言った。

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