第2話-20.質屋の店主、故郷を思う
休憩後、トワルは預かり物の靴の修理のため靴底を剥がし始めた。
リンが興味深げに作業を覗き込む。
「そんな物まで受けるのねえ。靴修理用の工具とか私初めて見たわ」
「師匠が面白そうなことはなんでもかんでも手を出してたからその名残りでね。さすがに難しすぎる依頼はは本業の職人に依頼かけたりするが」
「へえ……」
リンが工具の一つを手に取ってしげしげと見つめる。
トワルは手を動かしながらふと思い出して言った。
「そういや師匠と言えば、師匠はどうして持ち去られた遺産を取り返そうとしてたんだ?」
リンが酒場で語った時に出た話だ。
オーエンはラニウス遺跡が爆発した後、持ち出された遺産を取り返すためにサミエルに戻りもせず窃盗団の後を追った、とリンは言っていた。
「何かおかしい?」
「いや、お前さんも一緒に行動してたのならわかると思うが師匠って基本的に自分が興味持ったことしかしないだろ? ただの善意だけでそんな面倒なことしそうも無いし、他に何か理由があったのかなって思っただけさ」
「………」
「あ、また答えられないのなら無理に答えなくてもいいぞ。ただちょっと気になったってだけだから」
だが、リンは少しの間無言で思案した後、呟くように言った。
「現状の文明の水準を不相応に引き上げることは許されない」
「え?」
「私も窃盗団を追っている途中で似たようなことを尋ねたことがあったの。そうしたら師匠はそう答えたわ。原理も理解もせずに身に余る力を得ても碌な結果にならない。だからそのそういう力の存在は広く知られてしまう前に取り返さなければならないんだ、って」
「……師匠が本当にそう言ったのか?」
トワルは違和感を覚えた。
師匠がそんな使命感みたいな理由で動くとはとても思えない。
第一、トワルが知る限りでは古代文明の遺産を一番乱用していたのは師匠本人だろう。
無茶苦茶な人ではあったが、そこまで面の皮が厚いことは言わないはずだ。
「あなたの言いたいことはわかるわよ。私も受信機で窃盗団の位置探りながら言われたから全く説得力感じなかったし。ただ……師匠、誰かの命令で動いてたみたいなのよね」
「……なんだって?」
「『個人レベルで使うのなら構わないんが、世界のバランスに影響が出るような使い方をしたら怒られてしまうのでね』って言ってたのよ。それ以上詳しい話はしてもらえなかったけど」
何気なく謎を尋ねたらさらに謎が増えてしまった。
師匠が誰かの指示を受けていた気配などまるで記憶にないが、どういうことだろう。
それに、もう一つ。
「誰かの指示で動いていたのに、それを自分は放り出してお前さん一人にやらせた?」
リンの話では、師匠は他に用があるからとドワルド国へ散らばった遺産の回収をリン一人に任せたらしい。
異世界から召喚されて言葉を覚えたばかりの若い女たった一人に。
リンには悪いが、失敗して捕まるか殺されるかする可能性のほうが高かっただろう。
何かトワルにはわからない勝算があったのかもしれないが、どうも言動にちぐはぐな印象を受ける。
そんなトワルの問いに対してリンはただ首を振るだけだった。
「それについては師匠に直接聞いてもらうしかないわね。この間言った通り、私は言われた通りにやっただけだから」
「そうか……」
「それよりさ」
リンは突然身を乗り出してカウンターに腰を下ろし、トワルに顔を寄せてきた。
トワルは思わずギョッとしてたじろぐ。
「なんだ、いきなり」
「こっちが一つ答えたんだから、こちらからも質問していいかしら」
「別に構わないが……」
「あなたとフィオナ、ケンカでもしたの?」
ほんの数秒、間があった。
「……いや、別にそんなことはないが」
「その反応だとやっぱり何かあったみたいね。何ていうかここ最近のフィオナ、トワルへの態度がちょっとおかしいもの。トワルもトワルで露骨に他人行儀だし」
「………」
流石にと言うべきか、リンもフィオナの様子がおかしいことに気付いているらしい。
ただ、トワルとフィオナの間で何かあったと考えたようだ。
恐らくお前さんが原因なんだが、とトワルは内心思ったが、さすがに口に出すわけにはいかない。
それにこの件でリンを責めるのはさすがにお門違いだろう。
リンは宝石をただの石だと思っている。自分が話したことが原因でフィオナが悩んでいるなど夢にも思っていないに違いない。
それに、今回のリンからの情報提供が無くてもいつかは知ることになっていたはずなのだ。
今の状況はフィオナとちゃんと話し合えていないトワルに責任がある。
難しい顔をするトワルを見ながらリンは肩をすくめた。
「お節介かもしれないけどさ、大切な人に言わなきゃいけないことは伝えられるうちに話しておかないととダメよ? 後で言おうなんて考えているうちに二度と会えなくなる、なんてこともあるんだから」
「やけに実感がこもった言い方だが、それはお前さんの実体験か何かか?」
トワルは何の気なしに言った。
だがリンは微かに目を見張ったあと、寂しそうに笑いながら俯いた。
「……私ね、母さんとケンカしてたのよ」
「元の世界での話か?」
「そう。原因は下らないことだったんだけどね。仲直りどころか口も利かないままズルズル一週間くらい経っちゃって、今日学校から帰ったら謝ろうって考えてた矢先にこっちの世界にへ召喚されちゃったの。……馬鹿みたいでしょ? 多分母さん、私は家出したって思って自分の事責めてるんじゃないかな。とんだ親不孝者よね」
「………」
「だから私は一日でも早く元の世界に帰りたいの。そしてちゃんと謝りたい。その為ならどんなことだってやってみせるわ。犯罪だろうが何だろうがね」
いつの間にかリンは普段の演技めいた態度が一切消えた真剣な表情になっていた。
恐らくこれは本当のことなのだろう。
「……って、なんか説教臭くなっちゃったわね。ごめん、今の忘れて。さて、気晴らしに倉庫の整理でもしてくるわ」
リンはパッと笑みを浮かべるといつもの調子に戻った。
カウンターから降りるとトワルに背を向けて店を出て行った。
トワルはリンがどうして無茶な要求を飲んでまで元の世界へ帰りたがっているのか、ようやく理解できた気がした。
もちろん、だからと言ってフィオナの石のことを教える訳にはいかないのだが……。
トワルには元いた世界の記憶はない。
だが、自分にも家族とかそういった人たちがいたのだろうか。
靴修理の作業を再開しながらトワルはぼんやりとそんな事を考えた。