第2話-18.詐欺師の身の上話
それじゃちょっと長くなるけど、私の身の上話をさせて頂きますか。
さて、どこから話したものかしら。そうね、とりあえず情報を整理するとしましょう。
私とオーエン師匠が初めて出会ったのは四年前。ラニウス遺跡の最深部でだったわ。
そして私はその時こちらの世界に召喚された。……ここまではさっき話したわね。
で、四年前のラニウス遺跡での爆発事故なんだけど……なんだかこの街ではあの爆発は師匠が原因って事になってるみたいね。
あの人ならやりかねないと思うのは無理もないけれど、実際は逆よ?
師匠は事故を止めようとしてたの。
まあ、間に合わなかったからああなっちゃったんだけどね。
それともう察してると思うけど、ある事情でこの街に戻る暇がなかったってだけで師匠は今も普通に生きてるわ。
……はいはい、そんながっつかないで。
あなたたちにとっても大事件だっただろうし気になるのはわかるけど、急かさなくてもちゃんと話してあげるから。
それじゃ順を追って話すわね。
まずは自己紹介。もう知ってると思うけど、私の名前はリン。こちらの世界へ来た当時は十六だった。元の世界では至って普通の女子高生……だと伝わらないか。ただの学生だったわ。
いいえ、別に私は貴族とかそんな大それた階級の人間じゃないわよ。こちらの世界は十歳になったら働きに出るのが普通だけど、私がいた世界だと成人する前後までは教育を受けるのが一般的だったの。まあその辺も国によって違うんだけどね。
……って、こんな話しても仕方ないか。
私が元いた世界の細かい所については今は関係ないから掻い摘んで話すけど、私がこちらの世界に召喚されたのは突然だったわ。普通に学校へ向かって歩いてたはずなのに、気付いたら薄暗い遺跡の中の巨大な装置の前にいたの。
私を召喚したのは窃盗団の一味。情報屋さんは知ってるんじゃない? 当時この大陸一帯を荒らしまわっていた連中で、師匠によると赤星窃盗団って呼ばれてたそうだけど。……ああ、やっぱり知ってたのね。
あいつら街や村だけじゃなく古代遺跡の遺産も狙っていたのよ。被害で言えば根こそぎ奪われてた遺跡のほうが大きかったかもね。
とはいえ、連中が私を召喚したのは向こうにとっても想定外だったみたい。
会話の内容はわからなかったけれど、誰も彼も戸惑った顔でこっちを見てたから。
碌に知識も無いのに遺跡内の装置を適当に弄ったら勝手に召喚が行われてしまったとか、多分そんな感じだったんだと思う。
と言っても、戸惑っていたのは私も同じ。
何しろ、いきなり見知らぬ場所で見たこともない姿の聞いたこともない言語を話す人たちに囲まれていたんだからね。何が起きたのかわからなかったけど、とんでもないことに巻き込まれたってことだけはわかった。
連中は突然現れた私を警戒していたようだった。でも私が抵抗する手段がないらしいって気付くと私を捕まえようとしたわ。まあ私が何者だろうと少なくとも目撃者には違いないんだから、見逃してくれるわけはないわよね。
私のほうもそんな空気は感じ取れたから、捕まる前に必死で逃げようとした。
でも、出口の場所なんかわからないし相手は大勢。すぐに追い詰められてしまったわ。
で、もう駄目だって思ったとき、遺跡内に飛び込んできたのがオーエン師匠だった。
師匠、壁際に張りついてベソ掻きながら座り込んだ私とそれを取り囲んだ窃盗団連中の間に突然現れたの。
さっきの私のように時止めの石を使ったんだけど、もちろんその時の私にはそんなことわからなくてね。
何が起きたのかわからずただ師匠を見上げてた。
師匠は窃盗団のリーダー格らしい男と何度か言葉を交わしたあと、襲い掛かってきた下っ端数名をあっさり叩きのめした。
それを見てリーダーの顔つきが変わった。勝てないと思ったんでしょうね。倒れた手下を放置したまま残りの連中は遺跡から逃げ出した。
師匠は逃げる連中の後を追おうとしたけれど、途中で立ち止まって装置のほうを振り返った。
私も釣られてそちらに顔を向けたけど、途端に背筋が寒くなった。
窃盗団に意識が向いていたから全く気付かなかったんだけど、召喚装置……というより遺跡全体からさっきとはまるで違う、明らかに異常な音が出ていた。よく見れば時々バチバチッと放電までしていて、素人目にも危険だとわかる状態だった。
後で師匠に聞いたら、装置を中途半端に起動させたまま放っておいたせいで制御が効かなくなっていたそうよ。
師匠は装置を止めようと急いで操作盤を弄り始めたけれど、途端にあちこちから破裂音とともに黒い煙が噴き出したわ。もう手の施しようがないのは明らかだった。
そこからの師匠の判断は早かったわ。
装置から飛び降りると私を抱えて一目散に遺跡の外へ駆けだした。
それから間もなく、遺跡は大爆発を起こしたわ。
私たちはギリギリで大きな岩の影に避難できたから何とか無事だったけど、爆発が治まったあとの遺跡は遠目にもほとんど瓦礫だけで跡形もなくなっていた。
これが、四年前に起きたラニウス遺跡の爆発事故の真相。
遺跡の奥を調べればこの話の裏付けも取れるはずよ。
多分、窃盗団の下っ端の遺留品が残っているはずだから。
もっとも、あのちょっと触っただけで崩れるような状態の遺跡の奥まで行ければの話だけどね。
そして、その後なんだけど。
半ば強引に水と食料を食べさせて私の気を無理やり落ちつけたあと、師匠は私に何か話しかけてきた。
でもその言葉はその時の私には聞いたこともない言語で、私はただ戸惑った顔を返すことしかできなかった。
そしたら師匠は今度は『この言葉ならわかるか』って言ったの。
それは間違いなく、私が元いた世界の言葉だった。
私はそれを聞いて必死で師匠に縋りついたわ。それから『助けて』『どうやったら帰れるの』って頼んだ。
そしたら師匠はこう答えたの。
『悪いが今すぐ君を帰す手段はない。だが、私を手伝ってくれたら元の世界へ帰してあげよう』
だから私は師匠に付いて行くことにした。
何の疑いもなくその言葉を信じたのかって? もちろん半信半疑だったわよ。
でも仕方ないじゃない。周りの景色は自分がいた世界とはまるで違う異世界で、言葉もわからない。
他に頼れる人もいないのだからあの人を信じるしかなかった。
師匠が言う手伝いというのは、逃げた窃盗団を捕まえる事だった。
遺跡を勝手に弄って爆発させた窃盗団だけど、あの連中それだけじゃなく、あの遺跡から手当たり次第に遺産を持ち出していたの。その中にいくつかやばい兵器が混じっていてね。
恐らく使い道はわからないだろうけど、万が一発動したらとんでもない被害が出かねないから取り返さないといけない。師匠はそう言ってた。
私たちは昼は窃盗団の足取りを探り、夜は就寝するまで師匠が私にこちらの世界の言葉や生活の仕方を教えてくれた。私がオーエンさんを師匠と呼ぶようになったのはこの頃からね。
どうして師匠が私がいた世界の言葉を知っていたのか不思議だったけど、それを聞いたら『お前は二人目だからな』と懐かしそうに笑っていたわ。
……ええ、その通り。一人目というのはトワル兄さんのことよ。
どうも私とトワル兄さんは同じ世界から召喚されてきたみたいなの。
同郷と言ったのはそういう意味。
オーエン師匠、トワル兄さんにこっちの言葉を教えたときに私たちの世界の言葉を覚えたらしいわ。
だから言葉の問題は殆ど無くて、教わるのは意外とスムーズだった。
私が支障なく日常会話ができるようになるまで半年もかからなかったと思う。
そういう意味じゃ、私はトワル兄さんにお礼を言わないといけないかもしれないわね。
え? 私のほうが年上なんだから呼び捨てでいいって?
んー、でも私ずっと吹奏楽部やっててさ、上限関係とか結構厳しく躾けられたからその辺ちゃんとしないと気になっちゃうんだけど……ま、他ならぬ兄弟子の言いつけなら従いますか。
じゃあ、今後はトワルと呼ばせてもらうわね。
で、窃盗団のほうだけど……連中を追いかけて辿り着いたのはドワルド国だったわ。
そこから連中の足取りはパッタリ途絶えてしまった。
というより、私たちが追跡できなくなったのよね。
師匠、あの連中の追跡には発信器を使っていたの。
と言ってもあの連中に仕込んでいた訳では無くて、遺跡から持ち出された遺産のいくつかに元から内蔵されていたのよ。内蔵されていた理由? さあ。それは遺跡を建てた当時の人たちに聞いてみないとわからないわ。在庫管理しやすいからとかそんな理由じゃないかしら。
発信器の動きによると、遺跡から持ち出されたものはドワルド国内で散り散りになってしまったようだった。あの連中、遺産をドワルド国の貴族や商人たちに売り捌いていたのよ。
あの頃のドワルド国は軍事増強に力を入れていて役に立ちそうな物なら出処不問で何でも掻き集めていたからね。古代文明の遺跡から出た兵器なんて垂涎ものだったんでしょう。
と言っても、その時に買い取ったもののほとんどは結局使い方がわからず放置されていたみたいだけどね。
ところで情報屋さん、あの窃盗団の連中が今どこにいるか知ってる?
……え? 他の国で捕まって全員処刑されたの?
へえ。そうなんだ。
それでは窃盗団についてはこれで終わりとして、残った問題はドワルド国に散らばった遺産。
この回収は私一人でやることになったわ。
私はそんなの無理だって抗議したけど、師匠は他にやる事が出来たからって取り合ってくれなかった。
ドワルド国に住む師匠の知り合いの裏稼業の人を紹介されて、その人の指示で動くように言われた。
そして翌日起きたら師匠の姿はもう無くなってた。
師匠がどこへ行ったのかは私も知らないわ。そこで別れて以来一度も会ってない。
ただ、私が武器を全部取り返せたら連絡をすると言ってた。
どうやってそれに気付くのかとか、どうやって連絡するつもりなのかはわからないけどね。
まああの人のことだから何か手段があるんでしょう。
まあどちらにせよ、私の立場じゃ師匠がそう言うなら従うより他になかったからね。
ん、なあに、情報屋さん。
……ええそうよ。私はドワルド国に潜入するまではこんなスパイの真似事なんてしたこと無かったわ。
師匠が紹介してくれた人から一応手ほどきは受けたけど、ほとんどは我流。
まあ師匠からは遺産の知識は一通り叩き込まれたし、時止め石とか便利グッズもいくつか分けてもらえたからあんたやドワルド国の奴らともどうにかやり合えてただけ。
あんたとはもう争うこともないだろうから本音を言うけど、あんたの前では強がってただけで正直死に物狂いだったんだから。
今思い返しても我ながらよく生きて来れたなって思うわ。
とてもそうは見えなかったって? ありがと。お世辞でも嬉しいわ。
ほんと、スパイや怪盗なんて私にとっては物語の世界のお話で、それこそ映画で見た程度の知識しかなかったしねえ。私自身がこんなことやる羽目になるなんて考えてもいなかったわ。
あ、映画って言うのはこっちで言う所の紙芝居とか本みたいなものよ。
架空の物語を楽しむための娯楽のことね。私の世界にはそういうのがあったの。
そういえばもう四年も経ってるのよね。
楽しみにしてたタイトルもあったんだけどな。もう映画館じゃ見れないんだろうなあ。はあ……。
……ああ、ごめんなさい。話を戻すわね。
それから数年間、私はどうにかこうにかドワルド国内に散らばった遺産を探しては盗んで、それを秘密のルートで国外の指定された場所へ送って、というのを繰り返していた。
そして残り数個という所まではいったんだけどね。
あなたたちも知っての通り、ドワルド国は軍事力で他国を圧倒するようになっていたけれど、調子に乗り過ぎた結果自滅しちゃったでしょう。
あれの影響で国中大混乱になってさ、遺産を持ったまま国外へ逃亡する奴とか出てきちゃって、気が付けば国内に残る発信器の反応はなくなってしまった。
私の任務も事実上終了ということになったんだけど、しばらく待っても師匠からの連絡は無かった。
だからとりあえず別の用事を済ませようと思ってこの街――商業都市サミエルにやって来たの。
用事の一つはさっきも話したけれど、『イリストヘルの霊石』探し。
師匠から余裕があったら探しておけって言われていたから。
情報を辿っていって、この街で隠居生活をしていた元貴族のお爺さんの手に渡ったというところまでは掴んだんだけど、その人もう何十年も前に亡くなってるらしくてね。
その後の石の行方がさっぱり掴めないの。
トワル、聞いたこと無い? ああそう。あなたの所にも情報が行ってないとなると本当にどこにあるのかしらねえ。
私としては兵器よりもあの石のほうが余程重要なんだけど。
なんであの宝石に拘るのかって?
そりゃあ当り前でしょう。
あの石さえあれば、私やあなたが元の世界へ戻ることができるんだから。
『イリストヘルの霊石』は、異世界召喚の装置を動かすための燃料になるらしいのよ。
ラニウスの召喚装置はあの爆発事故で壊れて使えなくなったけど、師匠によると他の地方にある同じ規模の遺跡になら同様の装置があるそうなの。
ただし、実際に動いたのはサミエルにあった装置だけ。
他の遺跡の物はエネルギー切れで起動できなかったらしいのよ。
師匠はイリストヘルの霊石があれば起動できると言っていた。
だから私はあの石が欲しいの。
私はどんなことをしてでも元の世界へ帰らないといけないから。
……って、フィオナさん大丈夫? 顔、真っ青よ?
え、元から体調悪かったの? そういえば何だか隈が酷いと思ってはいたけど……ごめんなさい気付かなくて。
じゃあ必要な事も話したし今日はこれでお開きにしましょうか。
明日からよろしくね、二人とも。