第2話-17.質屋の店主、詐欺について聞く
「ちょっと待った。もうちょっと情報寄越せ」
トワルがリンを雇うことを承知しようとしたとき、シルマリが口を挟んだ。
リンは迷惑そうな顔をした。
「なによ。今大事な所なんだから後にして」
「そうはいかねえ。黙って消えるのなら見逃してやろうと思ってたが、一般人巻き込んで堂々と表を歩こうってんなら話は別だ。もう少し何か話してもらうぞ」
「……それ、こっちに何かメリットがあるの?」
「わからねえか? ただでさえドワルド国とのゴタゴタが終わったばかりでこの街のお偉いさん方は神経ピリピリさせてんだよ。ドワルド国を牛耳ってた連中の中には国の崩壊のどさくさに紛れて雲隠れしやがった奴も何人かいて、その残党狩りも済んでねえ。そんな時にお前さんのようなドワルド国と関りがあった怪しさ大爆発な奴が大手を振って目立つ行動してみろ。お前、風呂入ろうが便所に籠ろうが俺みたいな商売の奴やこの街の兵隊どもに付きっ切りで監視されることになるぜ? それでも構わねえんなら俺もこれ以上は何も言わないがな」
「むう……」
そう言われてリンは少し尻ごみした。
シルマリ自身がもっと情報を引き出したいという意図もあるのだろうが、実際そうなりそうではあるし、真っ当な忠告に聞こえる。
やっぱりこの二人結構仲良いんじゃないのか、とトワルは思った。
というか、トワルに提案を受けろと言ったのはこの駆け引きをするためもあったのかもしれない。
リンは不満顔だったが、やがて折れたように肩をすくめた。
「じゃあ一つだけ質問に答えてあげる。その代わりお偉いさんの方々に話を付けて頂戴。あんたならできるでしょ?」
「一つじゃ少なすぎる。二つにしてくれ」
「嫌よ。後ろ盾もない状態で丸裸になるような露出狂の趣味はないの。それが飲めないなら働くのは諦めてこのまま消えるわ」
「じゃあこの街に発信器をばら撒いた目的が聞きたい」
するとリンは呆れたようにカウンターに肘を付いた。
「それは内緒だから言えないってさっき言ったでしょ。質問変えて」
「なんだよそりゃ。さっき何でも答えるって言ったじゃねえか」
「何でもなんて誰も言ってないわよ。……悪いけど、本当にそれは今は答える訳にはいかないのよ」
リンは頑として拒否の態度を取る。
答えたくないというより答えられないのだ、とでも言いたげな返事だった。
どうやら事情があるらしい。
シルマリは尚更気になった様子だったが、この場は大人しく引き下がった。
「なら別の質問だ。宝石を探すのがトワルの店で働きたい理由の一つって言ってたが、それ以外の理由は何だ?」
「それも答えられないわ」
「じゃあ、お前の他にドワルド国からこっちへ流れてきた仲間はいるのか?」
「ごめんそれも無理」
シルマリは髪を掻き毟った。
「いい加減にしろよお前。何聞いても回答拒否じゃねえか!」
「そっちが答えられない質問ばかりするのが悪いんでしょ。もっと当り障りのないこと聞いてきなさいよ!」
「それじゃお偉いさん説得できねえんだよ!」
「それをするのがあんたの役目でしょうが!」
二人がギャアギャアと喚きあい始めた。
フィオナはそれを眺めながらポツリと呟いた。
「あの人たち、どこまでが演技なのかしら」
「さあ……」
トワルは曖昧に首を傾げた。
シルマリは意図的にリンが答えられなさそうな質問を選んでいるように感じられた。
リンのほうも無難な返答をしようと思えば出来そうなのに、わざわざ「答えられない」と言っている。
答えられないと答えるのはある意味では答えているのと同じだ。
探られたくない所を突かれている、と言っているのも同然なのだから。
リンの事情はさっぱりわからないが、質問は一つと口では言いながらそれ以上の情報を提供するつもりらしい。
そこまでしてオーエン質店で働く機会を逃したくないのか、それとも別の狙いがあるのか。
リンとシルマリはしばらくそんなやり取りを続けていたが、やがてシルマリが一息ついてから言った。
「じゃあヴァンデ――お前が壺を売るときに高額吹っ掛けた男のことならどうだ。他の奴には格安で売ったのに、どうしてあいつの時だけ騙して有り金全部奪ったりしたんだ。これなら答えられるだろ?」
するとリンは怪訝な顔をした。
「ヴァンデ? ……ああ、あの人ヴァンデって名前なの」
「ん? 元から奴を狙ってた訳じゃなかったのか?」
「違うわよ。あれはたまたま。他の人よりちょっと多めに払ってもらったのは確かだけど、ちゃんと助けてあげたんだから謝礼みたいなもんでしょ。騙したなんて言われるのは心外だわ」
「するとヴァンデが狙われてたのも気付いてたのか」
「当然でしょう。まあ、事情もわからず他人の諍い事に手を出すべきなのかは正直迷ったんだけどね。あの人を狙ってた連中みんな思い詰めた顔してて、どう考えても上手く行きそうになかったから邪魔させてもらうことにしたのよ。失敗するのは勝手だけどそれで騒ぎになってこっちまで動きにくくなったら迷惑だったから」
「じゃあ財布の中身全部奪ったのは?」
「それはこっちの都合。あの時ちょっと手持ちが心許なくてね。あの男、不相応に高価なものばかり身に着けていたし、どこかのボンボンか何かなんでしょ? だから多少多めにお代を頂いてもそれほど痛手にもならないだろうなって」
「なるほど」
「じゃあ質問はもういいのかしら」
「ああ、今日のところはな。約束通りお偉いさん方の説得もしてやるよ」
「お願いね」
それからリンはトワルのほうへ顔を向けた。
「それじゃ、雇ってもらえるという事でいいのかしら?」
「わかった。ただ、その前に師匠や遺跡でのことを聞かせてくれないか」
「そう来るわよね。わかったわ。私もあなたには話しておきたかったし。ただし少し長い話になるから覚悟してね」
リンはグラスを手にすると足を組みなおした。