第2話-16.質屋の店主、面接をする
トワルが我に返ると疑わしげにリンを見た。
「どういう意味だ?」
「そのままよ。私はオーエン質店で働きたいの」
「急にそんな事を言われても困る。大体うちはそんなに儲かってもいないし、余分な人員を雇うような余裕はない」
「給金のことなら気にしなくていいわ。別にお金が欲しくて働きたいわけじゃないから、そちらの言い値で構わないし……」
それからふと思い当たった様子でポンと手を叩く。
「ああ、もちろん働くって言っても外から通うわよ? あなたたち二人の同棲の邪魔なんてするつもりはないから安心して」
「ふぇ!?」
フィオナが思わず声を漏らした。
トワルも露骨に挙動不審になる。
「い、いや、別にそれを気にして雇うの渋ってる訳じゃなくてな……」
「あれ違った? あなたたち、てっきりそういう関係なのかと思っていたんだけど」
「………」
トワルは返事に困った。
だが、リンは二人の様子など構わずこう言った。
「ねえ、硬いこと言わずにさ。良いでしょ? 同郷同門のよしみってことでさ」
「……え?」
トワルはリンの言葉に体を硬直させた。
真顔になり、じっとリンを見つめる。
「同郷同門ってどういう意味だ?」
「さあ、どういう意味だと思う?」
「……それじゃあやっぱり、あなたはトワルの弟弟子なんですか?」
フィオナが言った。
トワルがその言葉に目を見張る。
リンは感心したようにフィオナを見た。
「あら、フィオナさん気付いてたのね。残念。交渉材料を兼ねたちょっとした謎掛けのつもりだったのに」
「なんだって? 弟弟子ってどういうことだ。というかフィオナ、知ってたのか?」
「知ってた訳じゃないわ。何となくそうなのかなって思ってただけよ。本当は相談したかったんだけど……ほら、その、色々あったし、落ち着いて話をする余裕なかったでしょう?」
フィオナが困り顔で目を逸らしながら頬を赤らめる。
風呂場での事を言っているのだ。
「あ、うん、すまない」
トワルは咳込んだ。
リンはそんなやり取りを不思議そうに眺めていたが、やがて言った。
「折角だからここでちゃんと自己紹介しましょうか。――私はリン。四年前、異世界からこちらの世界に召喚されてきたの。そしてオーエン師匠に助けられて弟子になった。だから私にとってあなたは同じ境遇の人間で、さらに兄弟子に当たるのよ」
シルマリがそれを聞いて酒を噴き出した。
「い、異世界だと!? それも四年前って言ったら……」
「信じてくれる? トワル兄さん」
シルマリには構わずリンはトワルを探るように見つめる。
「………」
トワルはすぐには返事をしなかった。
混乱していた。
異世界から来た? 同じ境遇?
いや、それは今は後回しでいい。
オーエン師匠に四年前に助けられたというのはどういうことだ?
四年前って言ったら……。
「……詳しい話を聞きたいんだが。いきなりそんな事を言われても信じられない」
「知りたい? それなら私をあなたのお店で雇ってくれないかしら。そうしたら詳しい事情を話すわ。オーエン師匠がどうしているかとか、四年前のラニウス遺跡の爆発事故の真相とか、ずっと気になっていたんでしょう?」
そう。
四年前にラニウス遺跡が大爆発を起こし、オーエンは行方不明になった。
トワルがオーエン質店を守り続けていた理由の一つは、その真相をいつか自分で調べるためだった。
どうやらリンはそれについて知っているらしい。
トワルはどう答えるべきか迷った。
するとシルマリがトワルの首に腕を掛けて引き寄せた。
そしてリンに背を向けてコソコソと言う。
「トワル、とりあえず奴の提案受けてくれ」
「……本気か?」
「怪しいのはわかってる。だがここまで怪しいなら逆に嘘まみれって事はねえだろうし、ここで断って雲隠れでもされたらもっと厄介なことになりかねねえ。何を企んでいるのかはっきりしない以上、目の届く場所に置いておきたい」
シルマリの言うことはトワルにも理解は出来た。
それにトワルだってリンの話はどうあっても聞き出したいし、陰でこそこそ動き回られるよりは堂々と店に置いた方が安心できるだろうとも思う。
だが、実際に受け入れられるかと言えば、リスクが高すぎる。
そもそもどうしてここまで情報を出してうちで働きたいのかがわからない。
狙いは一体何なんだ?
するとリンは何か察した様子で言った。
「あ、働きたい理由ならちゃんとこれから言うわよ? さすがにそれがわからないとそっちも不安だろうし」
「本当かどうか怪しいけどな」
シルマリが口を挟む。
するとリンがむっとして頬を膨らませる。
「なによ、せっかく情報あげようとしてるのに」
トワルはシルマリを押しとどめた。
「とりあえず話してみてくれ。それを聞いてから雇うかどうかを決める」
「さすがは兄さん。話が分かるわ」
リンは嬉しそうに言った。
「私がオーエン質店で働きたい理由は二つ。まずは単純にあの師匠が開いてたお店がどんな所なのか興味があるから。そしてもう一つは、この街へ来た目的の一つを果たすために都合がいいからよ」
「その目的とは?」
「宝石を探しているのよ。古代文明によって生み出された青く光る宝石でね、それの現存するうちの一個がこの街に流れたらしいって噂を耳にしたの。ただ、あと一歩ってところで手詰まりしててさ。オーエン質店ならきっとそういう物に関わる情報も集まりやすいでしょ?」
「……それは『災いを呼ぶ死神の石』のことか?」
災いを呼ぶ死神の石。
手にした者にあらゆる不幸をもたらし、数多くの所有者を破滅させたという伝説の呪いの宝石。
おとぎ話の題材などにもなっていて、この世界では子供でも知っているくらいに有名な石だ。
青い宝石と聞いてトワルの脳裏には別の石が思い浮かんでいたが、素知らぬ振りをして尋ねた。
しかしリンは大袈裟に手を振って否定する。
「違う違う。あんな縁起でもない物いらないわよ。そもそも実在するかどうかもわからないし」
「じゃあ青い石ってのは一体……」
「私が探しているのは『イリストヘルの霊石』。人間の魂を込めて作られたと言われる宝石のことよ」
「イリストヘルの霊石……」
トワルには初めて聞く名前だった。
しかしそれが何なのかはすぐに分かった。
人間の魂を込めて作られた青い宝石。
間違いなくフィオナの本体のあの宝石のことだ。
思いがけない方向からの情報にトワルは驚きが隠せなくなった。
後ろにいたフィオナがぎゅっと肩を握ってきたので振り返ると、さすがに不安そうな顔をしている。
「そこまで怖がらなくても大丈夫よ。人間の魂を込めたって言っても本当に人間を素材にした訳じゃなくて、多分それくらいのエネルギーを秘めているっていう例えなだけだろうから」
フィオナの様子を見てリンがなだめるように言った。
どうやらフィオナの正体を知った上で近付いてきた訳ではないらしい。
しかしこれで、この女が師匠や事故に関することだけでなく、フィオナの宝石についても何か知っていることがわかった。
情報は聞き出す必要があるし、宝石を狙っているなら野放しにするわけにはいかない。
「それでどうかしら。雇ってもらえる?」
リンが尋ねてきた。
ここで断ったら変に疑いを持たれる可能性もある。
トワルにはもはや頷く以外に選択肢は無かった。