第2話-14.質屋の店主、報告を聞く
翌日、情報屋のシルマリから呼び出されてトワルとフィオナは酒場へ出掛けた。
「お、ようやく来たか……って、どうしたお前ら。何かあったのか?」
シルマリはまだ昼間だというのに酒を飲み始めているようだったが、二人の顔を見るなりギョッとした。
トワルもフィオナも目がくぼむほどの酷い隈ができていた。
結局、二人とも一睡もできなかったのだ。
トワルは店主に銀貨を渡すとシルマリの隣に座った。
「……俺たちのことは気にしなくていいよ。それより何かわかったのか?」
「いや、まだ調査は途中なんだがな。例の女、お前たちの所に現れたんだろ?」
「ああ」
さすが情報屋だけあってもう知っていたらしい。
店主がトワルとフィオナの前にジュースのグラスを置き、そのまま静かに引き下がる。
客が仕事の話をしている時は必要以上に絡んでこない。なんだかんだ言ってその辺の割り切りはちゃんとしているのである。
「あの女、かなり厄介だからな。狙いははっきりしないがまたお前さん方のところに出ないとも限らんし、今わかってる事だけでも先に伝えとこうと思ってね」
「その言い方だと知ってるんですか? あの女の人のこと」
ジュースを口へ運びかけていたフィオナが驚いて尋ねる。
するとシルマリは何故か苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ああ、知ってるっつーか何つーか……まああの女については後回しだ。先に解決したほうを話そう」
「解決したほう?」
「ヴァンデ坊ちゃんの件さ。あれはもうベルカークさんに投げたから気にしなくていいぞ」
「というと?」
「あの一件なんだがな、調べてみたら詐欺じゃなかったんだ。いや、厳密には詐欺と言えなくもないが一番詐欺だった部分が詐欺じゃなかったというか、詐欺どころの話じゃなくなったというか」
「????」
謎掛けのような言い方にフィオナが困惑した顔で水平になるほど首を傾げる。
そこへ店主が料理の皿を運んでくる。
トワルは店主からフォークを受け取りながらシルマリに尋ねた。
「詐欺だけど詐欺じゃないってどういうことだ?」
「例の壺女がヴァンデの財布の中身を全て持ち逃げしたのは事実なんだが、それはそれとして『狙われてるから助けてやる』って言ったのはどうやら嘘じゃなかったみたいなんだよ。本当にそんな事あんのかって調べた俺自身もびっくりしたんだが」
「それって……ヴァンデさんが狙われていたのは本当だったってことですか?」
フィオナが目を丸くする。
シルマリは嬉しそうにうんうん頷いた。
「おーおー、フィオナちゃん飲み込みが早くて助かるぜ。あのヴァンデ坊ちゃんなんだがな、探ってみたら予想以上に女癖が悪くてさ。ご自分の恵まれた身の上を利用して、目に付いた女を取っ替え引っ替え食い散らかしてたらしいんだわ。そのせいで相当恨みを買っていてね。どうやらあの日のデートってのがそもそも坊ちゃんを嵌めるための罠だったらしい。ちょっと調べただけですぐに裏も取れたよ。あの時のデートの相手の子なんだが、なんと一年ほど前に坊ちゃんに捨てられて自殺未遂した子の幼馴染でな。他にも恨みを持った連中――大体はヴァンデにヤリ捨てられた子たちの身内とか友達とかだが――と結託して坊ちゃんを連れ去る計画だったらしいんだわ」
「………」
トワルは言葉が出なかった。
確かに女癖が悪そうな印象だったが、あいつそこまで酷かったのか……。
ただ、そういう事情ならば壺売りの女は本当にヴァンデを窮地から助け出したことになり、詐欺でも何でもなかったということになる。
有り金を全部巻き上げたのは詐欺と言えなくもないが、確かにシルマリの言う通り詐欺じゃなかったと言えなくもない。事情が事情だけにヴァンデ本人が詐欺で訴えるということもまず無いだろう。
シルマリは続ける。
「まああの坊ちゃんに関しちゃどうでもいいんだが、前も言った通りあれの父親は結構お偉いお方だ。ドワルド国の再建にも関わってるから今すぐ身内の醜聞が表沙汰になるのは色々と不味い。そんな訳で今後この件についてはベルカークさんが引き継ぐ事になった。だからもう俺たちは詐欺事件は気にせずあの女の目的と壺の出処を探るだけでいい」
「ヴァンデさんに復讐しようとしていた人たちはどうなるんですか? やっぱり悪いことをしようとしたんだから捕まるとか……?」
フィオナが躊躇いがちに聞いた。
事情を聞けば復讐する側に同情したくなるのもわからなくはない。
「ああ、それについては心配いらないんじゃねえかな。未遂に終わったから実際に何かしたって訳でもないし、処分を決めるのはベルカークさんだからね。あの人も女好きで有名だが、あの人は気に入った女は全員囲ってしっかり養うってタイプだからな。ヴァンデ坊ちゃんには露骨に不快感示してたし悪いようにはしないだろうさ」
「………」
軽々しく乗り換えるのは不愉快だが、全員養うというのもそれはそれでちょっと理解が追い付かない。
トワルもフィオナもどう返事をすれば良いかわからず沈黙した。
余談になるが、ヴァンデはその後オーエン質店に壺を引き取りにやって来ることはなかった。
後日ベルカークからヴァンデが持ち込んだ壺は好きに処分していいと連絡があったのでシルマリにどうなったのか尋ねたが、シルマリはお前らは知らないほうがいいぞと笑うだけだった。
何はともあれ、ヴァンデの件はこれで終わりである。
残る問題は例の壺の女と古代文明の遺産の出処について。
「シルマリさん、さっきあの女の人のことを知ってるような言い方でしたよね」
フィオナが言った。
シルマリはグラスの残りの酒を一気に傾けてから、肩をすくめた。
「ああ、残念ながらね。容姿を聞いた時に嫌な予感はしていたんだが、まさか本当に奴だったとは。こっちへ帰ってきてまであの女に悩まされることになるとは思わなかったよ」
「というと、過去にこの街以外の場所で会ったことがあるってことか」
「ドワルド国さ」
「え?」
予想外の返事にトワルとフィオナが目を見張る。
シルマリは新しいグラスを手に取りながら、吐き捨てるように言った。
「あの女の名前は『リン』。詳しい経歴については俺にも一切わからない。わかってるのは数年前ドワルド国に突然現れて俺と同じような裏関係の仕事を始めたって事だけだ。この間のドワルド国絡みの騒動の時に俺も何度か顔を合わせる機会があったが、二度と関わりたくねえと思う程度には厄介な相手だったよ」
「ドワルド国側のスパイだったってことか?」
「いいや。あいつはむしろドワルド国とは敵対関係だった。例えるならそうだな……怪盗って言えばイメージしやすいかね」
フィオナが目を丸くする。
「怪盗?」
「一体何を盗んでいたのかまでは調べてないが、貴族や商人の屋敷に忍び込んでは騒ぎを起こしてたみたいでね。さすがに容姿なんかはバレないようにしていたみたいだが、俺なんかよりも余程あの国の連中から恨みを買ってたみたいだな。まあそれだけなら別に勝手にやっててくれればいいんだが、俺と仕事場が被った時はこっちの仕事の邪魔をするわ囮にされるわで散々な目に遭わされてね。ドワルド国での仕事はあいつが一番の障害だったよ。ただでさえすばしっこい上に妙な術まで使いやがるし」
話しているうちに当時の苦労を思い出してきたのか、シルマリの目がだんだん座ってくる。
シルマリが厄介だというなら相当な腕前なのだろう。
しかし、『妙な術』というのは一体何のことだろう。
トワルは尋ねようとしたが、シルマリは溜め息をついて話を続けた。
「噂じゃあ貴族だか商人だかに正体がバレて殺されたって話で、実際その噂を聞いてからは姿を見ることもなくなったんだがな。それが何でったって今頃うちの街に現れたんだか」
「あら、そんな邪見にしなくてもいいじゃない。可哀そうでしょう」
「なにが可哀そうだ。あいつのせいで何度死にそうな目に遭わされたことか」
「でも、協力し合った事だってあったじゃない。囮の件だってそれだけ信頼してたってことよ?」
「ハハハ、信頼だあ? ……って、ん?」
シルマリが違和感に気付き、言葉を切る。
いつの間にかシルマリの隣の席に女が座り、会話に加わっていた。
シルマリは顔を強張らせ、女のほうを向いた。
「お、お前は……」
「どうしたの? もっとお酒、楽しみましょうよ」
女はニコリと笑う。
赤みがかった黒髪の、小柄な女。
詐欺師の女――リンが何故かそこに座っていた。