第2話-12.質屋と宝石、訓練に励む
これで今回の用件は終わったので、トワルはアンブレに別れを告げると訓練場の出口へ向かって行った。
フィオナもそれに続いたのだが――ふと立ち止まり、周囲を見回しながらおずおずと尋ねた。
「あの……この人たち、大丈夫なんですか?」
相変わらず訓練場内はあちこちに自警団員が倒れたままで、死屍累々の様相を呈していた。
トワルたちが話している間も誰一人起き上がっていない。
アンブレは腕組をして軽く肩をすくめた。
「この連中なら問題ない。いつものことでな、ちょっと休憩の仕方が大袈裟なだけだ」
「そうですか……」
そういうものなのだろうか。
まあアンブレが言うなら多分そうなのだろう。半分死体のように見えるが、効率良く回復できる姿勢とかなのかもしれない。
フィオナがそんな事を考えながら再び周りの兵士たちに目を向けていると、アンブレが思い付いたように言った。
「そうだトワル、久々にお前も稽古を受けて行かないか」
トワルが足を止め、サッと振り返る。
「いいんですか?」
「見ての通り団員たちは休憩中だからな。休憩が終わるまでの短い間だけで良ければだが」
「それだけでも十分です。実を言うと、今回の件が落ち着いたら本格的に鍛え直してもらおうと思っていたんですよ」
「ほう。それはなかなか良い心掛けだな」
トワルの顔を見ると随分やる気のようだった。
そういえば、とフィオナは思い出した。
トワルは以前の『女神像事件』のとき犯人の暴漢たちに拉致されたことがあった。そして事件後しばらく、自分がさらわれたせいでフィオナや自警団などに迷惑を掛けてしまったと随分気にしていた様子だった。
多勢に無勢だったのだから仕方なかったと思うのだが、本人はそう感じていないらしい。
「フィオナ、悪いけど少しの間だけ待っててもらっていいかな」
「ええ、構わないけれど……」
トワルは準備体操をしながらフィオナに声を掛けてくる。
フィオナは少し考えてからアンブレに言った。
「私もその訓練、受けさせてもらってもいいですか?」
するとトワルとアンブレが目を丸くする。
「え?」
「ほう、フィオナも参加するか」
「ええ。ただ待っているのも退屈ですし、この体のままでも少しは動けるようになりたいですから」
フィオナは霊体化すればその辺の暴漢くらいなら撃退できる。
しかし単純な力の強さでいえば一般的な女性程度しかない。もしもブレスレットを外す前に両手を押さえられたら何もできなくなってしまう。
もしもの時にトワルの足手まといになるのは嫌だった。
トワルが頑張るのなら自分だって頑張るのだ。
ところがそのトワルが何故かおろおろし始めた。
「いや、気持ちはわからなくもないが、無理はしないほうがいいぞ」
「別に無理なんかしてないわよ? これでも私、体力には自信あるんだから」
フィオナはふんすと胸を張る。
「しかし……」
「いいじゃないか。意欲のある人間が多い方が私もやりがいがある」
「でもフィオナは初心者ですからね?」
「わかっている。私だって加減くらい心得ているさ」
アンブレは安心させるようにトワルの肩をぽんぽん叩く。
トワルは尚も不安そうな顔をしていたが、当のフィオナがやる気のためかそれ以上は何も言わなかった。
「それではトワルとは実践的な近接格闘の訓練、フィオナには基礎的なトレーニングと簡単な護身術をいくつか覚えてもらおう。それで構わないか?」
「はい。よろしくお願いします」
フィオナは丁寧に礼をした。
フィオナはこの時、トワルがどうしてそこまで止めようとしたのか深く考えようとしなかった。
また、周囲に転がる団員たちが訓練によってこうなったという意味も考えてもいなかった。
いくら何でも、日常的に鍛えている自警団員が多少の訓練で動けなくなるほど疲弊することなどあり得ないのだ。
一刻後。
「――よし、では今日はこれくらいにしておこう。フィオナもなかなか筋が良かったぞ。機会があったらトワルとまたここへ来るといい」
アンブレが上機嫌で言った。
「ありがとうございました……」
「………」
トワルは膝に両手を付き、肩を大きく上下させながら返事をする。
フィオナは地面に倒れたまま必死に口をパクパクさせて肺に酸素を送っていた。
「さて、そろそろ連中の休憩も終わりだな」
アンブレはケロリとした顔で歩いていくと、未だに倒れたままの団員たちを叱咤しながら一人ずつ強引に立たせていく。
トワルとフィオナ両方のメニューを一緒にこなしていたはずなのに息一つ乱していない。
どれだけ体力があるのだろう。
女性の身で副団長を任されているだけのことはあるらしい。
フィオナはトワルに肩を貸してもらってどうにか立ち上がると、その場を後にした。
指導の内容は初めてのフィオナでもわかりやすかったし、的確だったと思う。
が、要求してくる内容の量と密度が尋常ではなかった。
この先数年分の運動をこの短時間で一気にやらされた。そんな感覚だった。
アンブレが部下の自警団員たちから『鬼教官』と恐れられている、とトワルから聞かされたのは帰り道でのことだった。