第2話-11.質屋の店主、報告をする
「……それで呆気に取られている内に女は立ち去ってしまい、追いかけようとした時には影も形もなくなっていた、ということか」
アンブレは話を聞きながら眉間に皺を寄せていた。
トワルとフィオナが頭を下げる。
「面目次第もありません」
「ごめんなさい……」
翌日、自警団詰め所の横にある訓練場。
二人は昨日質屋にやって来た詐欺師の女のことを報告していた。
「いや、別に二人を責めているのではない。むしろその対応で正解だ。下手に深追いして危ない目に遭っていたらそれこそ大変だったからな」
自分が厳しい表情をしていたのに気付いたのか、アンブレは安心させるようにやや表情を緩めた。
それでもそれなりに威圧感はあるが、この人は普段から強面気味なのである。
フィオナは怒っていないとわかってホッとした。
アンブレ。年齢は二十代半ば、長い金髪を後ろでまとめた目付きの鋭い長身の美人。
女性にも拘らずこの街の自警団の副団長を任されている人物。
いつも通り軍服に身を包んでいるが、訓練中との事で今は帯剣はしていない。
そう。訓練中らしかったのだが……。
フィオナはちらりと横目で周囲に目をやった。
訓練場のあちらこちらでは軍服姿の男たちが満身創痍な様子で倒れていた。
こうして話している間も時折呻き声が聞こえてくるので物凄く気になっていたのだが、トワルもアンブレもまるで気にしていないのでちょっと聞ける空気ではなかった。
アンブレが話を続ける。
「女が何の目的で現れたのかはわからないんだな?」
「そうですね。壺を売りに来ただけで他には何もせずすぐ帰ってしまいましたし……。また来るような事は言っていましたが」
「ふむ……そうなると、やはりただの詐欺ではないのかもしれんな」
アンブレが難しい顔をする。
そういえばこちらが話をする前から厳しい表情をしていたが、何かあるのだろうか。
フィオナは気になって尋ねた。
「その言い方だと、捜査のほうでも何かあったんですか?」
「ああ。実は女から壺を買ったという人たちから事情を聞いたんだが、ほとんどの人は詐欺に遭ったという認識をしていなくてな」
「どういうことです?」
「ヴァンデ以外の人たちも同じように広場で声を掛けられたそうなんだが、騙された訳ではなく、ただ在庫処分したいから壺を買ってくれないか、と言われただけらしいんだ。傍目には怪しく見えたようでうちにも目撃情報が寄せられたりもしたが、壺を買った当人たちは相手の女にそうおかしな印象は持たなかったらしい」
「と、言うことは……」
「ヴァンデの件以外は売り方には何ら違法性はない」
騙して売ったのでなければそれはただの路上販売とさして変わらない。
この街では路上販売は別に禁止されていないし、詐欺でも何でもない真っ当な商売ということになる。
まあ、広場で壺を抱えて売り歩く光景は確かに怪しくは見えるだろうが。
「ちなみに、その人たちはいくらで買ったんですか?」
「全員、壺一つに付き金貨五枚だったそうだ」
金貨五枚。
トワルが昨日支払ったのと同じ値だが、これは質屋側がかなり安く見積もって下取りする場合の値段だ。客に売る価格がそれであればかなり良心的と言える。
その価格であの性能の壺を買えたのなら買った方は文句など出ないだろう。
すると、やはり真っ当な商売としか言えなくなってしまうのだが……。
フィオナは納得いかないように首を傾げた。
「その人たちの買った壺には発信器は付いていなかったんですか?」
「いや、どの壺にもしっかり貼り付けられていたよ。だから何かしら企んでいるとは思うのだが……」
アンブレは眉尻を提げ、お手上げといった様子で首を振った。
トワルも腕組をして思案しながら空を見上げる。
「値段を安くしてでも壺を売ったということは、詐欺師の目的はその人たちに発信器を持たせたかったというのが一番に考えられることですが……」
「我々もそう思ったが、壺を買った人間は年齢や性別もバラバラで共通する点はない。それに至って普通の市民ばかりでね。特に裕福ということもないし、わざわざ発信器などを持たせる必要性がわからない」
壺を破格の値段で売ってまで持ち帰らせる理由として考えられるのは発信器で壺の買い手の住処を特定することだが、一般市民の家であれば発信器など使わなくとも調べる手段はいくらでもある。
発信器を使えば証拠が残るだけ逆にリスクが高いとさえ言えるだろう。
「というか、普通の人には安く壺を売ってるのにヴァンデさんだけには霊感商法で高額を吹っ掛けたというのもよくわからないですね」
「そうだな。そのヴァンデという男の件については自警団のほうに話が来ていないので何も言えんが、どちらにしろ犯人が何を狙っているのかまるでわからん」
一般市民には手頃な値段で壺を配ったかと思えば、金持ちの息子には霊感詐欺を仕掛けて有り金を全てふんだくる。
さらにはただの客になりすましてトワルの店に普通に壺を売りに来る。
いくら何でも行動に一貫性が無さすぎる。
何よりあの女、あの壺と発信器をどこで手に入れたのか。
「ちなみに、壺に取り付けられた発信器は回収したんですか?」
「いいや。再び女が購入者の前に現れる可能性があるし、その時に怪しまれたくないのでな。悪いと思うが今のところは当人たちには発信器のことは知らせず様子を見るという方針になった。必要ならすぐに回収なりの手段を取れるよう常に見張りを付けてはいるが」
自警団の活動資金の大半は一般市民からの寄付金で賄われている。
そのため自警団は基本的に市民を守ることを最優先として動いている。
それが市民に仕掛けられた発信器を放置するというのは相当に手詰まりな状態なのだろう。
とはいえ現状では発信器を回収しなかっただけで致命的な事が起きるとはトワルたちにも思えなかったし、そのままにして相手の出方を見るほうが将来の危険を回避できるかもしれないという考え方は理解できた。
「そういう訳だから、こちらとしては警戒を厳重にするくらいしか今のところ講じられる手段はない。壺売りの女の捜索も続けているが、そちらでも何かわかったらまた連絡して欲しい。念のためオーエン質店への見回りも頻度を上げるよう団員たちに伝えておく」
「お願いします」