第2話-10.質屋の店主、接客をする
「……どういったご用件ですかね」
トワルは緊張した面持ちでフィオナを庇うように立ち、女に声を掛けた。
何しろ詐欺事件の犯人と思われる女がどういう訳か店にやって来たのだ。
目的はわからないが警戒するに越したことはない。
ところが女はそんなトワルたちの様子を見て戸惑うような顔をした。
「なんか歓迎されてないみたいだけど、ひょっとしてここ一見さんお断りのお店だった?」
「いいえ、そんなことはないですが…」
すると女はニコリと笑って壺を差し出した。
「そう、よかった。この壺を買い取って欲しいんだけど」
「買い取り……? 要件はそれだけですか?」
トワルが思わず尋ねると女はきょとんとする。
「そうよ。だってここ、質屋でしょ?」
「………」
トワルは壺を受け取ったが、頭の中はクエスチョンマークだらけになっていた。
女は物珍し気に店内を見回している。
客としては不自然なところは見られない。
何の前知識も無ければただの質入れ客の一人として気に掛けることも無かっただろう。
ひょっとして、たまたま容姿が似ているだけで詐欺師とは別の女なのだろうか、という考えがトワルの脳裏をよぎった。
だが、質入れにと渡された壺は紛れもなく古代文明由来の軽くて丈夫な例の壺。
しかも壺の内側にはヴァンデの時と同様に布で張り付けられた豆粒型の何か――恐らく発信器――が仕掛けられている。
さすがにこれを持ち込んでおいて無関係とは考え辛い。
「……この壺をどこで手に入れられたか窺ってもよろしいですか?」
「それは答えないとダメ?」
「駄目ではないですが、答えて頂けないならかなり査定が下がります」
「そう。じゃあ安くなっていいからノーコメントで」
女は迷う素振りも無くそう答えた。
迷いがないところを見るに「査定が下がる」ではなく「買い取れない」と言っても返事は同じだったのだろう。答えるつもりはそもそも無いのだ。
何か隠しているのは間違いないが、今はあくまでも普通の客として対応しろということだろうか。
本当に目的がわからない。
「出処不明となると出せるのはこれくらいですね」
トワルは金貨五枚をカウンターに置いた。
この大きさの壺の標準価格と比べてかなり安い額である。
「もう少し高くならない?」
「盗品だった時のリスクを考えた場合これ以上は出せません」
「至極真っ当な品なんだけどなあ……。まあ仕方ないか」
女は不満そうに唇を尖らせながらも承諾した。
「それじゃまた何か良さげなものがあったら売りに来るわ。その時はよろしくね」
会計を済ませると、女はもう用は無いという感じでさっさと玄関へ歩いていく。
「………」
トワルはそれを見送りながらやや呆気に取られていた。
てっきり壺の買取の後で本題に入るのかと身構えていたのだが……。
この女、一体何しに来たんだ?
いや、壺を売りに来のだが、本当にそれだけだったのか?
そしてどうやらフィオナのほうも同じことを考えてたらしい。
「……え、もう帰るの?」
フィオナがポツリと呟いた。
女が立ち止まり、不思議そうな顔で振り返る。
「ん? どうかした?」
「あ、いえ、その……」
無意識に口から出してしまったものだったらしく、フィオナはオロオロと両手を口元に当てながら申し訳なさそうにトワルを見た。
トワルは大丈夫だと言うように軽く手を上げて合図した。
元々フィオナが喋らなければトワルが呼び止めるつもりだったのだ。
「いや、すみません。お客さんによく似た容姿の方がこれに似た壺を使った詐欺をしてるって噂を耳にしていたものでね。ひょっとしてその詐欺師が来たのかと思ったんですよ」
この状況では誤魔化しても仕方ないのでトワルは率直に言った。
すると女は納得したように肩をすくめた。
「なんだ、態度がおかしいと思ったらやっぱり気付かれてたのね」
「……その言いようじゃ、やはりあんたが例の詐欺師なのか?」
トワルが尋ねると女は不敵な笑みを浮かべた。
「悪いけど、こちらにも都合もあるからその辺はまだちょっと話せないわ。ま、私はあなたたちに危害を加えるつもりはないから安心して。……というか私、出来ればあなたたちとは仲良くしたいのよね」
「どういう意味だ」
「焦らなくても時が来れば話すわよ。近い内にまた会えると思うから、それまで待ってなさい」
そう言うと再び玄関へ歩いていく。
「ま、待て!」
さすがにこのまま黙って帰す訳にはいかない。
トワルは立ち上がり後を追おうとした。
しかし、女は玄関を開けながら肩越しにこう言った。
「あら、しつこい男は嫌われるわよ? トワル兄さん」
「……え?」
「それじゃあまたね」
女は楽しげに手を振り、そのまま店を出て行った。
トワルとフィオナはしばらく動かなかった。
「……どうしてトワルの名前を? どこかで会ったことがあるの?」
フィオナがトワルに聞く。
トワルはただ首を振った。
「いや、俺にも何が何だか……」
どうしてトワルの名前を知っているのか。
いや、名前くらいなら調べようと思えば調べらえるかもしれない。
だが兄さんとはどういう意味なのか。
どう見てもあっちのほうが年上に見えたんだが……。
どうやら想像していた以上に自分たちにも関係のある事件のようだ。
トワルとフィオナは茫然として店を離れて行く女を見送った。