第2話-7.質屋と宝石、情報屋に会う
「あなたが情報屋さんなんですか?」
フィオナは戸惑いながら尋ねた。
「ええ。失せ物から浮気調査、近所の気になる噂話まで。相応の対価さえ頂ければなんなりと調べ尽くしてご覧に入れます。初回はお試しも兼ねてお安くしておきますからご用の際はお気軽にお声掛け下さい、宝石のお嬢さん」
「―――!」
フィオナは顔を強張らせた。
何故知っているのか。フィオナの正体は一部の人間しか知らないはずなのに……。
「大丈夫だ、心配しなくていい。本人はただのジョークのつもりだから」
トワルが言った。
それからシルマリを咎めるように睨む。
「怖がらせるようなことしないでくれ」
「おっとそいつは失礼したねえ。しかしお付き合いしていけるかどうかを確かめるには軽口叩いてみるのが一番だからね。経験上、この程度で怒りだすような奴は金払いも宜しくないんだわ。そういうのを客にすると本当に面倒臭くて嫌になるんですよ、これが」
シルマリは過去の嫌な事でも思い出したように捲くし立てながら大袈裟に首を振った。
どう言えばいいのだろう。
なんというか……変な人だ、とフィオナは思った。
道化師みたい、とでも表現すればいいのだろうか。わざとらしい演技ばかりで本心が全く分からない。
フィオナの正体を知っているくらいなのだから情報屋を名乗るだけの能力はあるのだろう。
でも、ちょっと苦手かもしれない……。
フィオナの警戒を察したのか、シルマリは困ったように苦笑した。
「おやおやそんなに引かないで下さいな。怖がらせたお詫びにタダで良いこと教えてあげるからさ」
「い、いえお構いなく……」
「あらそうかい? そりゃ残念だなあ」
シルマリはずいっとフィオナに顔を寄せてきた。
そしてわざとらしくトワルから自分の口元を隠すように手を当ててこっそりと囁いた。
「トワルが小さい頃の恥ずかしいエピソードとか興味あったりしない? 可愛らしいものからちょっとエッチなものまで幅広く取り揃えてますぜ?」
「………!!」
フィオナは僅かに心が動いた。
だが、フィオナが返事をする前にトワルがうんざりしたように割って入った。
「いい加減にしろ。さっさと依頼の話をさせてくれ」
「へーへー。本当にノリの悪い奴だなあ」
シルマリはぶつぶつ言いながらトワルの隣の席にドカッと腰かけた。
「で? 今回のご依頼は一体なんでござんしょ」
「最近街の広場で霊感詐欺をやってる女がいるらしいんだが知ってるか?」
ここへ来る途中で自警団の詰め所へ立ち寄ったのだが、そこで聞いた話によると壺売り女はヴァンデ以外にも何人かに声を掛けていたらしく、自警団には既にいくらか目撃情報が寄せられていたらしい。
そのため自警団でも調査しているとのことだった。
シルマリは天井を見上げながら腕組みして顎に手を当てた。
「霊感詐欺ねえ。そういやなんか聞いた気がするな」
「その詐欺師の女について調べて欲しいんだ。厳密にはそいつが売ってる壺の出処が知りたい」
シルマリが意外そうな顔をする。
「詐欺じゃなくて壺のほう?」
「ああ。詐欺ついては必要ならベルカークさんがどうにかするだろうし」
トワルがそう言うとシルマリは顔色を変えた。
「は? この件ベルカークさん絡んでんの?」
「絡んでるかは知らないが壺をうちの店に投げてきたのはあの人だよ」
トワルは壺を持ち込んできたヴァンデのことを話して聞かせた。
話が進むにつれてシルマリの顔がみるみる青ざめて行き、やがて頭を抱える。
「よりによってヴァンデ坊ちゃんかよ。じゃあその内ベルカークさんからも依頼来るってことじゃねえか」
「知り合いだったのか?」
「ああ。坊ちゃん自体はただの女好きの放蕩息子だからどうでもいいんだが、その親がこの街の重要なポジションにいるお方だからねえ。……はぁ。ドラウド国の件で散々こき使われたからしばらくのんびりしようと思ってたのに」
大きな溜め息をつく。
そこへ他の客の対応を終えた店主が戻ってきた。
「そういやシルマリ、おめえドワルド国行ってたんだろ? 最近じゃ戦争の噂も聞こえなくなったがどうなったんだ?」
「んー? あの国は色々あって上の連中がほとんど失脚したからもう戦争の心配はないよ。戦争どころじゃなくなったって言った方が正しいかな。国内の混乱のどさくさに紛れてベルカーク商会がライフラインと主要産業の八割がた握っちゃったし、今後はもはやサミエルの傀儡国家みたいなもんだねえ。あ、マスター酒おかわりね」
「難しいことはよくわからねえが、とんでもねえ事になってそうだな」
「そうだねえ。混乱による混乱のせいでさらに大混乱って感じだったな。まあ上がマトモになるぶん落ち着いたら昔よりも暮らし易くなるはずだし、それまでの辛抱だろうよ」
シルマリは出された酒を口へ運んだ。
ドワルド国。つい先日までこの街に戦争を仕掛けようとしていた国。
トワルとフィオナの二人もその絡みでトラブルに巻き込まれ、トワルに至っては危うく殺されかけた。
どうも大変な事になっているようだが、あまり同情する気にはなれない。
「他人事みたいに言ってるが、そのお偉いさん方の失脚ってやつにはお前も一枚噛んでんだろ? 相変わらずやる事がえげつねえな」
店主がそう言うと、シルマリは二ッと口元を曲げた。
「そりゃ、こっちに何の落ち度も無いのにうちを攻めようとしてるなんて聞いちゃったらねえ。でも俺は指示通りに動いただけだからね。俺のことをえげつないって言われるのはちょっと心外だな。こんなに誠実で心が綺麗な人間滅多にいないよ?」
「よく言うぜ」
店主とシルマリはゲラゲラと笑った。
顔には出ていないがどちらもそこそこ酔っているようだ。
尚も耳を傾けていると情報や証拠品を盗み出したとか相手方のスパイと格闘したとか、どこまで本当かわからないが他にも色々やってきたらしい。
酔ってはいても線引きはちゃんとしているのか、具体的な名前や手法などは一切口にしていない。
傍目には酔っ払いが妄言を吐いているようにしか見えないだろう。
――でもこれ、私たちが聞いても大丈夫な話なのかしら。
フィオナはどういう顔をすればよいのかわからなかったので黙っていた。
トワルも同様らしい。我関せずといった顔でグラスを口に運んでいる。
談笑を続けるシルマリと店主を横目にフィオナはトワルにこっそりと言った。
「情報屋って、思っていたより大変そうなお仕事なのね」
フィオナは情報屋と聞いててっきり人を雇って情報を集めて売るだけの人、みたいなものを想像していた。
だが他国へ潜入して要人を失脚させるとかスパイと戦うとか、かなり危険な事もやらないといけないらしい。
「いや、この人が例外なだけだよ。普通の情報屋はあそこまでしない」
「そうなの?」
「あのベルカークさんが重用してるだけあって化け物みたいに優秀な人なのさ。この街で絶対敵に回したくない人間の一人だな」
「へえ……」
フィオナは改めてシルマリを見た。
トワルがここまで言うからには相当なのだろう。
見た目からはとてもそうは思えないが、そういう印象を受けるのも意図的なものなのかもしれない。
やがてトワルとフィオナは食事を食べ終えたが、シルマリと店主はまだグラス片手に冗談を言い合っていた。
「じゃあ壺の件頼んだよ」
トワルが依頼料の金貨を置きながら声を掛けるとシルマリはべろんべろんに酔った笑顔で手を振る。
「ああ、ああ。任せとけ。何かわかったら連絡するわ」
本当に大丈夫だろうか。
トワルとフィオナは顔を見合わせたが、とりあえずこの日はそれで家路に就いたのだった。