第2話-6.質屋と宝石、外食をする
表通りから外れた先にある酒場、ウェーランド亭。
主にガラの悪い人間がメイン客層の店である。といっても、店内で暴れれば店主や他の客に袋叩きにされるのでわざわざ面倒事を起こそうとする輩は滅多にいない。
夕食時ということで店内は賑やかだった。あちこちのテーブルで時折歓声が上がったりしており、多少声を張って喋らないと近くの人間ともまともに会話ができない。
トワルに連れられて店に入ってきたフィオナは物珍し気に店内を見回していた。
店主はトワルとフィオナの姿を認めると意外そうな顔をした。
「おや、珍しい顔だな」
「開いてる席あるかな」
「おう、そこ座ってくれ」
店主はカウンター席を指差す。
二人は言われた席に腰かけた。
「ご注文は?」
トワルは十数枚の銀貨を取り出して渡した。
「これで適当に頼むよ。――あ、いつも通り酒は抜きで」
「へいへい。また儲からねえ注文しやがって。……と、フィオナの嬢ちゃんは来てくれたの初めてだな」
「はい。お久し振りです」
フィオナは店主に見覚えがあったので頭を下げた。
確か、一度だけオーエン質店に来てくれたことがある。
「おや、覚えててくれたのか。嬉しいねえ。そっちの酒も頼まねえ仏頂面とは偉い違いだ。たっぷりサービスするからゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます」
トワルは店内を見回した。
「情報屋は?」
「シルマリか? あいつならそこに――あれ、さっきまでいたんだがな。まあ飯食ってるうちに戻ってくるだろうから待っててくれ」
店主はそう言いながらトワルたちの前に料理を並べた。
バターロールに串焼き、サラダとシチュー。
フィオナが目を輝かせる。
「うわぁ、美味しそう。というか出来上がるの早いですね。さっき頼んだばかりなのに」
「大したもんじゃないさ。ある程度は作り置きしてるからな」
店主は何でもなさそうに答えるが、照れるような笑みを浮かべていた。
まあ、この店の客は料理のことなど気に掛けない人間が殆どなのだ。死んだ目をしながら黙って料理を掻き込むだけか、酔っぱらって料理の味などまるで気にしないような連中ばかり。
だからフィオナのような反応は嬉しいのだろう。
「しかし、安心したぞ」
店主がトワルに手を添えて囁いた。
と言っても声が大きいのでフィオナにも丸聞こえだが。
トワルが怪訝な顔をする。
「何が?」
「その様子じゃ上手くやれてるようじゃねえか。お前のことだから仕事に掛かりっ切りで気遣いせずにフラれちまうんじゃねえかって心配してたんだよ」
トワルは店主が何を言っているのかわからなかった。
「……何の話だ?」
「何の話って、お前らのことに決まってんじゃねえか。うちみたいな店でデートするようになったってことはもう随分進んでるんだろ? 応援してっからその調子で頑張りな」
店主はトワルの肩をパンパン叩くと他の客の対応に行ってしまった。
「……デート?」
トワルはポカンと口を開けた。
フィオナのほうへ首を回すと、フィオナも同じような顔をトワルに向けている。
「……これって、デートなのかしら」
「……どうなんだろう」
あいにく二人とも、この瞬間までそういう発想はまったくしていなかった。
あの壺の詐欺師の調査を依頼する『仕事』のつもりでここへ来ていたのだ。
だから二人でのやり取りも普通にできていたのである。
だが、今の状況が周りから見てデート認定なのだとすると……。
トワルとフィオナは真っ赤になり、同時にサッと料理のほうへ体を向けた。
「と、とりあえず、食べようか」
「そ、そそそ、そうね」
それまでの自然なやり取りはどこへやら、二人ともガッチガチで食事を始めた。
トワルは機械的に料理を口へ運んだ。味などまるでわからない。
というか……仮にデートだとすると、これが初デートということになるのでは……?
トワルは体中から変な汗が吹き出してくるのを感じた。
トワルはずっと一人で質屋を切り盛りしなければいけなかったため外の用事がない限りは基本的に店におり、外食や遊びで出掛けるという習慣が無かった。
性格的に一人で黙々と作業するのは苦でもなかったためトワル本人は不満などは感じていなかったのだが、そんな生活をずっと続けていたものだから、フィオナがやって来てからのこの一ヶ月も外食などには一切出掛けていなかった。
つまり、初デートでいきなり大衆酒場へ連れてきてしまったことになる。
色恋沙汰には詳しくないが、さすがにこれは駄目な気がする。
フィオナ、気分を悪くしていないだろうか。
最初に連れて行くならもっと女の子が喜びそうな店にするべきだったのではないだろうか。
まあトワルには具体的にどんな店を選べば良いのかはわからないのだが。
あれやこれやと様々な考えがトワルの頭の中をぐるぐる回る。
すると、フィオナがポツリと呟いた。
「ええと……おいしいわね、ごはん」
トワルに気を使ってくれたのかと思ったがそういう訳ではないらしい。
ぎこちないながらも、先程と変わらず食事を楽しんでいるように見えた。
「すまない。もう少し考えるべきだった」
トワルが言うとフィオナは首を振った。
「そんなことないわ。私、こういうところで食事するのって初めてだからすごく新鮮で楽しいの」
そう言いながら嬉しそうにスプーンを口へ運ぶ。
「………」
考えてみればそうだった。
フィオナはずっと宝石の化身として気の遠くなるような年月を過ごしてきた。
デートとか以前に、人間としての普通の生活を経験する機会がなかったのだ。
トワルは自分の料理をじっと見つめていたが、やがてそれらの残りを一気に掻き込んで飲み込むと意を決したように言った。
「あ、あのさ」
「なあに?」
「今回の壺の件が片付いたらレストランでもどこでも、フィオナが行ってみたいところへ連れて行くよ。だからどこへ行きたいか考えておいてくれないか」
フィオナは驚いた顔でトワルを見た。
それから前に向き直るとはにかみながら小さく俯いた。
「わかったわ、考えとく。楽しみにしてるから」
「ああ」
そこで会話は途切れ、二人は黙々と自分の食事を口に運び始めた。
トワルは完全に料理の味がわからなくなっていた。
と、その時唐突にトワルとフィオナは同時に肩を叩かれた。
「なになに、デートのお話? よかったらぴったりのお店紹介するよ?」
二人の間にぬっと顔が割り込んでくる。
「きゃあ!?」
フィオナが驚いて声を上げた。
トワルもギョッとしたが、すぐに顔をしかめた。
「……なんだ、あんたか」
「なんだは酷いなあ。探してるって言うから来てやったってのに」
そう言って笑っているのは一人の男だった。
背は高くも低くもなく、太っても痩せてもいない。服装も人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな当り障りのない普通の服。特徴的なものといえば、柔和な表情にもかかわらず目付きだけ妙に鋭いことくらいだろうか。
二十代にも見えるが四十代でも通用しそうな不思議な印象の男である。
「ええと……この人は?」
「この人が情報屋さ」
「シルマリと申します。以後お見知りおきを」
シルマリはそう言ってフィオナに恭しくお辞儀をした。