第2話-5.質屋の店主、大豆を語る
「ハッシンキ?」
「位置を調べたい時に使う道具さ。この大豆のようなものからは絶えず信号――目に見えないエネルギーみたいなものが出続けていて、その信号を拾える機械があれば世界のどこにいようと居場所を特定できるんだ。使い方の例としては大事な物に付けておいてもし失くしてもすぐに見つけられるようにするとか、怪しいと思った奴にこっそり持たせて行き先を探ったりとかかな」
トワルは説明しながら大豆――発信器をフィオナに渡した。
フィオナはそれを摘まみ上げ、片目をつぶって覗き込む。
「あの文明って本当に色々な物を作ってたのね。私にはやっぱりただの大豆にしか見えないわ」
「まあ用途を考えると一目で怪しいものだとわかったら意味が無いからな」
「言われてみればそうか。でも質屋なのにそんなものがどうして馴染み深いの?」
フィオナは素朴な疑問を口にした。
するとトワルは言い辛そうに目を逸らす。
「これさ、師匠がよく使ってたんだよ」
「お師匠様が?」
「ああ。この街で興味を引いた出来事があるとよく関係者の服や持ち物にこいつを仕掛けて勝手に調べてたんだ。アンブレさんやベルカークさんもよく仕掛けられて怒ってたよ。あと俺も人体で信号が遮断されるかどうかの実験とかでこっそり食事に混ぜられて腹の中に仕込まれたことがあってさ。あの時はさすがに家出してやろうかと本気で悩んだな……」
トワルは懐かしそうに遠い目をしながら言った。
フィオナは純粋にドン引きしていた。
トワルの師匠、オーエン。
十年前に調査団の一人としてラニウス遺跡に入り、装置の暴走で異世界から召喚されてしまったトワルを保護した人物。
幼かったトワルにこちらの世界の言葉と生き方を教えてくれたいわば育ての親である。
トワルにとっては足を向けて寝られない恩人ではあるのだが、基本的に自分の知識欲に忠実な男で、一度興味を持てば他人の不利益など顧みずどんな事でも平気でやるという困った一面があった。
そのため彼を知る大体の関係者からは『迷惑な爺さん』という認識を持たれている。
そんなオーエン師匠だが、四年前のある日に突然『ラニウス遺跡に行ってくる』と置手紙を残してトワルの前から姿を消した。
それから数日後にラニウス遺跡はこの街サミエルにも甚大な被害を与えるほどの爆発事故を起こし、以降オーエンの消息は不明。
オーエンが不在の間、オーエン質店はトワルが代わりに切り盛りしている。
ちなみに、ミューニアがトワルのことをマスター代理と呼ぶのはオーエンをマスターと認識しているからだ。
「……あなたの師匠の話を聞くたびに私の中であなたの師匠のイメージがどんどん碌でもないものになっていくんだけど、どうしたらいいのかしら」
「多分間違ってないからそのままでいいと思うぞ」
頭を抱えるフィオナに対し、トワルは苦笑しながら発信器を受け取ろうとした。
しかし発振器はとても小さい。
さらにフィオナはオーエンのエピソードを聞いたことでやや動揺し、手元が狂った。
結果、ただ発信器を渡すだけのつもりだったのにフィオナはトワルの手に触れてしまった。
「あ……」
「え? ……あ、わ、悪い」
フィオナが思わず声を出したせいでトワルも必要以上に意識してしまったらしい。
慌てて発信器を受け取るとさっと手を引っ込めてしまった。
「………」
「………」
室内に気まずい沈黙が広がった。
あああああ……。
フィオナは心の中で呻いた。
せっかく仕事モードで普通に会話ができていたのに、何をしているのか。
こちらが原因なのだからこちらから話を再開させるべきだろう。
でも何を話せばいいのか、全く言葉が浮かばない……。
フィオナは焦燥に駆られながら口をぱくぱくさせた。
そんなフィオナを黙って見上げていたミューニアが唐突に口を開いた。
「マスター代理、フィオナ、今回はここまでのようです」
その声に二人はハッとした様子で顔を向ける。
「そ、そうか。ありがとうな」
「また会えるのを楽しみにしているわ」
フィオナはミューニアをカウンターの上に置いた。
ミューニアの体が白い光に包まれ、ポンッと砕け散って消滅した。
別に壊れたわけではない。エネルギーが切れるとこうなるのである。
消滅間際、呆れたような目で二人を眺めていたような気がするが、元々いつも無表情なので多分気のせいだろう。
とりあえずミューニアのお陰で少し気分も落ち着いた。
今は仕事中、今は仕事中……と頭の中で念じ続け、フィオナは仕事モードに切り替える。
「ただそうなると……ただの詐欺じゃないってことなのかしら」
「そうなるな」
トワルが頷く。
フォオナが元通りになったお陰かトワルも仕事中の顔に戻っていた。
騙して壺を売り付けるだけが目的なら発信器など仕掛ける理由はない。
そこからさらに何かを企んでいると考えるべきだろう。
例えば騙した人間の家を特定し、蓄えがありそうならさらに騙して金を搾り取るつもり、とか。
しかしそうだとすると、注意深く見れば気付くような位置に発信器を貼り付ける意図がわからないのだが……。
情報も少ないし、素人考えでこれ以上あれこれ頭を捻っていても仕方ない。
フィオナは頭を切り替えた。
「アンブレさんに話を通しておいた方がいいかしら」
するとトワルは思案顔で言った。
「自警団もそうだが、情報屋にも頼んだ方がいいかもな」
「情報屋?」
初めて聞く言葉にフィオナが首を傾げる。
するとトワルは初めて気付いたという顔をした。
「そういえばまだ会ったことなかったか。こういうのを調べるのが得意な知り合いがいるんだ。しばらく別件で街を離れていたんだがそろそろ戻っているはずだし、こういうのはあの人に頼むのが一番早い」
「そんな人がいるのね」
「いい機会だしフィオナにも紹介するよ。今の時間なら酒場にいるはずだし、自警団の所へ寄ってから向かえばちょうど夕食時だ。ついでに今夜の晩飯もそこで済ませてしまおうか」
「わかったわ」
フィオナは頷いた。
二人は手際よく戸締りを済ませると連れ立って中心街のほうへ歩いて行った。
手が触れただけで取り乱すのに食事に誘うのは自然にできる。
なんともちぐはぐな感じだが、当の二人は疑問にすら思わなかった。
トワルとフィオナが出掛けてからしばらく経った後、オーエン質店に女が一人やってきた。
女は玄関に掛かった札に目をやり、残念そうに肩をすくめた。
「……閉店か、残念。もう少し早く来るべきだったかしらね」
小柄で、赤みがかった黒髪の若い女。
ヴァンデに壺を売った女である。
「オーエン質店……。オーエンって、あのオーエンよね」
女は店の看板を見上げて呟く。
そして考えた。
発信器の信号が一つ途絶えたから様子を見に来てみれば、まさかのオーエン。
あの人はこの街で暮らしていたと言っていた。だからひょっとしたら関わることもあるかもしれないとは思っていたが、まさか本当に縁があるとは。
さすがにこれは運命的なものを感じてしまう。
信号を遮断されている時点で発信器の存在には気付かれたと考えるべきだろう。
だとすると、予定より早めに計画を進めなければならないかもしれない。
「ま、今日のところは準備も不十分だし出直すとしましょうか」
そう呟いて不敵に微笑むと女は来た道を帰って行った。