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異世界質屋と呪宝の少女  作者: 鈴木空論
第2話 幸せを呼ぶ祝福の壺
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第2話-4.質屋の店主、壺を調べる

 フィオナは息を飲んだ。


「古代文明って、あなたが調べたがっているラニウス遺跡とかのあの古代文明?」

「ああ」


 トワルは頷いた。


 大昔にフィオナの魂を宝石に閉じ込めた古代文明だが、この文明はトワルとも浅からぬ因縁があった。


 トワルはこの世界の人間ではない。

 古代文明の遺跡の一つである『ラニウス遺跡』に遺された装置の誤作動により、十年前にこの世界とは別の世界――いわば異世界から召喚されてきた異世界人なのだ。


 といってもトワルは幼い頃に召喚されてからずっとこの店でこの世界の人間として生きてきた。元の世界のことはもうほとんど覚えておらず、望郷の念などは既にない。


 ただ、何故自分がどんな理由で、またどんな技術によってこちらの世界へ連れて来られたのか。

 巻き込まれた身としてそれだけは知っておきたかったため、トワルはフィオナと出会う前からずっと古代文明のことを調べていた。


 もっとも、トワルが知りたがっている情報は古代文明の中でも技術的・重要性ともに最上位に分類されるもののため、今のところ答えに辿り着く道筋すら見付けられていない状態だったが。


「んー……私にはどう見ても普通の壺にしか見えないんだど……本当にあの文明の物なの?」


 フィオナが目を細め、壺をじっと見つめながら唸る。

 するとトワルは無言で壺をフィオナに差し出した。

 意図がわからず戸惑いながらもフィオナはそれを受け取って――目を丸くした。


「なにこれ、軽っ……」


 見た目は普通の壺だが、驚くほど軽かった。

 それなりの大きさの壺にもかかわらず、フィオナの力でも片手どころか二本指で摘まむだけで軽々持ち上げられる。


「師匠が昔どこかの遺跡から拾ってきた壺が店の倉庫に何個か転がってるんだが、多分それと同じものだ。持ってみてわかる通り異様なほど軽い上、信じられないくらい頑丈なんだ。いや、この壺も倉庫の奴らみたいに頑丈かどうかは後でちゃんと確認する必要があるが」

「頑丈ってどれくらい?」

「以前に師匠と試したときは金槌で叩いたり火薬を詰めて爆破したり薬品に漬けてみたり、思いつく限りの方法を試してみたが傷一つ付けられなかったよ。当時どんな用途で使われていたのかわからないが、いくら雑に扱っても壊れないんだから容器としては理想形の一つなんじゃないかな」

「へえ……」


 ひたすら軽く、ひたすら丈夫。

 これまでフィオナが見たことのある古代文明の遺産に比べると少々地味に感じるが、それでも当然ながら今の技術では作れないようなとんでもない代物だ。


 うちの台所の食器が全部これになったら便利そうだなあ……とフィオナは割とどうでもいいことを考えた。


「ただ、今はその壺自体は後回しでいい」

「え?」

「問題はその壺の中身のほうだ」


 トワルが引き出しから防護用の手袋を取り出しながら言った。

 フィオナは壺の中を覗き込んでキョトンとした。


「中には何も入ってないわよ?」

「いや、見えるか見えないかの位置になんかくっ付いてるだろ?」


 トワルに言われてからフィオナが改めて確認すると、壺の内側の死角ぎりぎりのカーブのところに小さな何かが貼り付いていた。

 布か何かに見えるが、妙に厚みがある。

 ゴミがたまたま付いたという感じではなく、糊か何かでしっかりくっ付けられているようだ。


「本当だわ。よく気付いたわねこんな小さい物」

「まあこれで飯食ってるからな。……もっと奥に貼れば気付かれないだろうに、わざわざこんなぎりぎり見える位置に貼るってことは気付かれるのを前提に――いや、気付かせるのが目的で仕掛けているとしか思えない。ひょっとするとこれを調べれば問題の壺売り女の手掛かりになるかもしれない」

「それじゃあ、ただの霊感詐欺じゃないってこと?」

「その答え合わせはこいつが何なのかを確認してからだな」


 ヴァンデから事情を聞いていた時よりもトワルは犯人探しに随分とやる気を出していた。

 まあただの詐欺ではなく古代文明絡みとなれば当然だろう。

 これを所持していた女に会って話を聞くことができれば、有力な情報を得られる可能性もあるのだから。


 トワルはフィオナから壺を受け取り、へら等を使って慎重に壺に貼られた何かを剥がしにかかる。

 粘着が思いのほか強かったようだが、しばらくの格闘の末ようやくトワルはそれを剥がし取った。


 果たして何が仕掛けられていたのかと取り出してみると、手の中にあるのは糊まみれの小さな布と、その中央にくっ付いた大豆のような形の小さな白い石。

 どうやらこの大豆の石を固定するために布と糊で貼り付けていたらしい。


 布や糊も調べれば何かわかるかもしれないが、やはり一番気になるのはこの大豆だ。


「何かしら、この大豆みたいなの」


 フィオナは不思議そうに首を傾げるが、トワルはそれを見た途端表情を険しくした。


「まさかこれは……」

「知っているの?」


 フィオナは尋ねるが、トワルは答えず天井に向かって声を掛けた。


「ミューニア、信号は?」


 すると天井から抑揚のない声が返ってくる。


『店内への侵入時点で信号は遮断済みです、マスター代理』

「そうか、さすがだ。……しかしそうするとこれ、やっぱりそうなのか」

『はい』

「エネルギーが足りるようなら直接確認してもらいたいんだが、いけるか?」

『わかりました』


 天井が淡く光り始めた。

 その光は一ヶ所に集まると、雫のようなひと塊になってポトッとカウンターに落ちてくる。


 落ちた雫が弾け、そこに現れたのは白い服に白い髪、赤い目をした手の平サイズの小人。


 ダンジョンコア、ミューニア。

 元はとある古代遺跡の予備の管理システムだったのだが、先代店主でありトワルの師匠であるオーエンが持ち帰ってこの店の天井裏に無理やり設置した。現在はこの店の警備機能として稼働している。


 この小人の姿は莫大なエネルギーを消費することにより短時間だけ顕現させられる仮の姿。

 使用者との意思疎通が円滑になる効果の他、センサーではなく直接物を観察することができるようになるため解析等の際はこの姿のほうが適している。

 


「師匠が使っていたのと同じ物に見えるんだがどうかな」


 トワルが尋ねながら大豆を差し出すと、ミューニアはトテトテと駆け寄ってトワルの手をよじ登り、大豆を両手で持ち上げた。


「型は同じものですが信号の番号が異なります。マスターが所持していたものとは別の物です」

「そうか……」


 トワルが大豆を返してもらいながら複雑な顔をする。

 フィオナがミューニアをひょいっと抱きかかえた。


「それは一体何なの? ミューニアまで呼び出すなんて相当な物みたいだけど」

「これも古代文明の遺産だよ。しかも俺には少々馴染みが深い代物でね。発信器だ」

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