第2話-3.質屋の店主、壺を預かる
その若い男の客はヴァンデと名乗った。
年齢は二十代半ばといったところだろうか。長身で髪はしっかり整えられ、着ている服や装飾品もかなり高価なもののようだ。それらを自然に着こなしているところを見るに裕福な家柄の人間なのだろう。
そんな人間が何故か壺を抱えてうちへやって来た。
およそオーエン質店を訪ねて来るような客層ではない。何かの都合で質入れをしなければならなくなったとしても、ここのような庶民向けの店は選ばないというか存在自体知らないだろう。
トワルは相手を観察しながら内心首を傾げていた。
「それでヴァンデさん、ご用件は何でしょう」
ヴァンデは壺を抱えたまま言い辛そうに顎をポリポリ掻いた。
「実はこの壺なんだけど、ちょっと相談があってさ」
「と、いいますと?」
「まずはこの壺を手に入れた時のことを聞いてもらっていいかな」
「はあ……」
トワルは怪訝な顔をしながらも頷いた。
するとヴァンデは壺を手に入れた経緯を話し始めた。
数日前にヴァンデが公園で遭遇した謎の壺売り女の話である。
「……というわけなんだが、なあ、この話どう思う?」
話し終えるとヴァンデはトワルに聞いた。
トワルは思案顔で少しの間考えていたが、やがて言った。
「申し上げにくいですが……恐らく詐欺じゃありませんかね」
聞いた限りでは、いわゆる霊感商法詐欺という奴だろう。
話術や演出で冷静さや判断力を失わせ、大して価値もない物を高額で売りつけるという詐欺の手法である。
霊感と名は付いているが不安を煽ることができるなら恐怖の対象は心霊関係である必要はない。
要は味方は自分だけで他は全て敵だ、と思い込ませてしまえればいいのだ。
周囲にいた何人かがヴァンデを監視していたという話だったが、恐らく実際はヴァンデを監視していたのではなく壺を売ろうとしていた女を怪しいと思って眺めていただけだろう。
しかしあらかじめ「監視されている」と忠告されていればそう見えても不思議ではない。
冗談みたいな手口だが、実際にやられると意外に引っかかる人間は多いのだ。
「やっぱりそうか……。今んとこ、話した奴全員にそう言われてるんだよねえ……」
ヴァンデはがっくりと肩を落として溜め息をついた。
頭ではわかっていても騙されたと認めたくはないのだろう。
しかし、申し訳ないがうちは質屋であって相談所ではない。
気の毒だとは思うものの、このままここでずっとへこまれても困る。
「事情はわかりましたが、そうすると今日こちらへいらしたのはその壺の買い取りということで宜しいのでしょうか」
壺一つのためにこれ以上時間を掛けられないのでトワルは用件を尋ねた。
するとヴァンデはおかしなことを言い始めた。
「いや、この壺から持ち主の手掛かりが掴めないか調べて欲しいんだ」
トワルは眉を寄せた。
「……犯人探しでしたらうちよりも自警団へ相談することをお勧めしますが」
「違う。捕まえたいわけじゃないんだよ」
「というと?」
トワルが意図を飲み込めずに尋ねると、ヴァンデはあっけらかんとして言った。
「いやあ、可愛い子だったからもう一度会いたくてさ」
これにはトワルも唖然とした。
「……ええと、ご自身が詐欺に遭われたことは理解していますか?」
ヴァンデはうんうんと頷く。
「そりゃもちろん十中八九詐欺だったんだろうけどさ。ひょとしたら本当に助けてくれたって可能性もあるだろ? だから直接会って聞いてみたいんだ。それに、金に困っての行動だったのなら金を積めば脈があるかもしれないし」
「………」
トワルには少々理解しかねる思考回路だった。
「あの、元々はデートの待ち合わせで公園にいたんですよね? その方はどうしたんです?」
するとヴァンデは大袈裟に肩をすくめて首を振った。
「あー、あの子ね。壺のせいで待ち合わせはすっぽかしちゃったから顔合わせにくいんだよね。それに冷静に考えたらそこまで好みでも無かったし別にもういいかなって」
「……そうですか」
詐欺に遭ったのもデートが台無しになったのもそこまで気にしていないらしい。
同情して損したかな……とトワルは思った。
白眼視し始めたトワルに気付く様子もなくヴァンデは話を続けた。
「それでどうかな。この壺の持ち主を探す件、引き受けてくれないか。親父からはこれ以上家の恥を晒すなって雷を落とされちまったから自分じゃ動けなくってさ。正直もうここしか頼みの綱がないんだ。頼むよ」
「そう言われましてもうちは質屋です。そういったことはお受けしていませんので」
トワルはにべもなく断ったが、ヴァンデは意外そうな顔でこう言った。
「そうなのか? ベルカークさんからはここはこういう事も引き受けてくれる店だと聞いていたんだが」
思いがけない名前が出てきてトワルは目を丸くした。
「ベルカークさんとお知り合いなんですか?」
ヴァンデは頷いた。
「詳しくは知らないが親父の友人なんだ。親父とこの壺のことで口論しているところを見られちゃってさ。そうしたらこの店に依頼を出せばいいって紹介されてね。ただ、ここの店が引き受けたら自分では一切動くなと念を押されたけれど」
「……なるほど、そうでしたか」
トワルは頷いた。
どうしてうちのような店を選んだのか疑問だったがようやく納得できた。
ベルカーク。
この街の豪商の一人で、この街の政治運営にも関わり、領主とさえ比肩しうると囁かれる強権の持ち主。
彼の不興を買えばこの街ではパン一つ買えなくなる、などという冗談話がまことしやかに噂されているのを聞けばどれほどの影響力があるかは想像できるだろう。
若い頃にオーエン質店で働いていたことがあり、トワルにとっては同じ師を持つ兄弟子にあたる。
そのためかベルカークはトワルやこの店のことを普段から何かと気に掛けてくれていた。
そのベルカークがわざわざ寄越したということは何か意味があるのだろう。
トワルは言った。
「ベルカークさんからの紹介であれば断るわけにはいきませんね。ご希望に添えるかはわかりませんが、とりあえずその壺を拝見させて頂けますか?」
「お、受けてくれるのか。じゃあ頼む」
ヴァンデはホッとした様子で壺を差し出した。
トワルはそれを受け取ろうと手を伸ばす。
そして壺に触って――途端に表情を変えた。
真剣というか、余裕のなさそうな顔でじっと壺を睨む。
ヴァンデは早速手掛かりを見つけたのかと思ったらしく期待のこもった声で言った。
「お? 早速何かわかったのか?」
トワルは壺からヴァンデに視線を移した。
「ええ、まあ……。ただ確認しなければならないことがあるので、この壺を少しの間だけ預からせて頂きたいのですがよろしいですか? 大体一週間もあれば片付くと思うのですが」
「別に構わないよ。じゃあ来週またここへ来るからその時結果を教えてくれ」
ヴァンデはそう言うと上機嫌で帰っていった。
カランカラン、と玄関が閉まるとトワルは熱心に壺を調べ始めた。
「もう持ち主の手掛かりが掴めたの?」
フィオナが住居エリアへの扉からひょこっと顔を出してきて尋ねた。
出てくるタイミングを逃してずっと物陰から様子を窺っていたらしい。
トワルは壺に目を向けたまま首を振った。
「いや。持ち主の女とやらについてはさっぱりだよ。ただ、ベルカークさんが話をこっちに振ってきた理由はわかった」
フィオナはまじまじと壺を見つめたが、何も分からなかったらしく首を傾げた。
「私には何の変哲もないただの壺にしか見えないけれど、そんなに重要なものなの?」
するとトワルは言った。
「どうやらこの壺、古代文明に絡んだ代物のようだ」