第1話-25.呪いの宝石、呪いにかかる(第一話 終)
それからしばらくしてフィオナはようやく落ち着いた。
泣き腫らした目を拭って恥ずかしそうに顔を逸らしながら、
「ごめんなさい、見苦しいところを見せたわね」
トワルは首を振った。
「いや、無理もないさ」
「でもようやく納得できたわ」
と、フィオナは言った。
トワルは首を傾げて、
「何をだ?」
「あなたが私を頑なに手放そうとしなかったのは、自分が破滅なんてしないって予想できていたからだったのね」
「………」
トワルは答えなかった。
するとフィオナは慌てたように、
「あ、別に責めるとかそういうつもりじゃないの。いくら目的があるといっても身を滅ぼすような危険なものを手元に置きたがるっていうのがちょっと理解し辛かったのよね。でもそういうことなら納得だなって」
すると、トワルは何故か目を逸らして、
「あー……うん、そうだよ」
明らかに何か歯切れが悪い。
フィオナは不審に思って、
「? ひょっとして、まだ何かあるの?」
「いや、何もないよ」
トワルは平静を装っているつもりのようだが、露骨にフィオナと目を合わせようとしない。
――フィオナは両手でガシッとトワルの頭を挟み、強引に自分のほうへ向けた。
「話して」
「いや、本当に関係ないんだ。言ってもきっと迷惑になるだけというか……」
トワルはしどろもどろになって言った。
フィオナはトワルはここまで取り乱すのを初めて見た。
どうやら余程重要な内容らしい。
「いいから話して」
フィオナはもう一度言った。「その様子じゃ私に関係することなんでしょう? これ以上知らないままでいるのは怖いのよ。だから私のためって思うなら隠したりせずちゃんと話して。お願い」
フィオナはすがるような表情で哀願した。
先程まで話していた内容が内容だったのだ。まだ何かありそうだとなれば無理もない反応だった。
ところが、トワルは何故か汗をだらだら流し始めた。
そしてやがて根負けした様子でぽつりと言った。
「いや、あの、その……一目惚れだったんだ」
「……へ?」
フィオナは言葉の意味が分からず目をぱちくりさせた。
「だから、一目惚れだったんだよ」
「どういう意味?」
フィオナは怪訝な顔で首を傾げた。
トワルの顔がみるみる赤くなった。
そして、覚悟を決めたという感じで怒ったように言った。
「だから、お前さんの……フィオナの姿を一目見て綺麗だなって思ったんだよ! お前さんに一目惚れしたんだ。だからできる事なら助けてやりたいと思って、それまでは手元に置いておきたかった。……ここまで言えば理解できるか?」
「………」
フィオナはトワルに負けないくらい真っ赤になった。
そこまで言ったのでようやく理解できたらしい。
フィオナはトワル以上にあたふたしながら、
「ななな、何で今いきなりそんなこと言い出すのよ!」
「言えって言ったのはそっちだろ!」
と、トワルは言った。「こうなりゃヤケだ。最後まで言うぞ。――フィオナ、お前のことが好きだ。だからお前さんに掛かった呪い、俺に任せてくれないか。何年掛かるかわからないがいつか絶対に解いてみせるから」
「………」
フィオナは固まったまま動かなくなった。
トワルは緊張した面持ちでしばらく待っていたが、いつまで経っても動く気配がない。
さすがに心配になってきて、
「お、おい……フィオナ?」
その声にフィオナはハッとした様子で、
「は、はい」
どうやらちょっとした失神状態だったらしい。
トワルが、
「返事を聞いてもいいか?」
するとフィオナはおろおろしながら、
「え、ええと……。ああ、もう!」
フィオナはトワルに抱きついた。
トワルが目を白黒させながら、
「おい、何を……」
「……全く。宝石の呪いだけで一杯一杯だというのに、さらに酷い呪いを掛けられてしまったわ」
フィオナはトワルに抱きついたまま耳元で囁いた。「だからこれはお返し。あなたにも呪いを掛けてあげる。そこまで言ったんだから責任取ってこれからずっと一緒にいなさい。私の呪いが持ち主を不幸にする呪いじゃないってこと、あなたに身をもって証明してもらう。そして私の宝石の呪いもあなたが解いて。もし途中で放り出そうとしても絶対に逃がしてなんかあげないんだから、覚悟しておきなさい」
「………」
「な、何か言いなさいよ」
「……いいのか? 俺で」
「うるさい黙れ。黙ってハイとだけ言いなさい」
「……はい」
「よろしい。……ごめんなさい。でも、ありがとう」
フィオナは微笑み、そして目を閉じた。
フィオナの宝石の呪いを解けば、恐らくフィオナはこの世から消滅することになる。
言葉には出さなかったが二人ともそれはわかっていた。
それに、どれだけの歳月を掛けたとしても必ずしも宝石の解呪に成功するという保証はない。
トワルが呪いを解けないまま一生を終えるか、それとも呪いが解けてフィオナが消え去るか。
どちらにせよ悲しい結末になるのは目に見えている。
だが、この時の二人はそんなことは気にしなかった。
とにかく今はただ、何も言わずこのまま抱き合っていたかった。
しかし、そんな時間は長くは続かなかった。
「あらあら、まあまあ」
と、不意に声が聞こえた。
トワルとフィオナはビクッとして反射的に離れた。
いつからそこにいたのか、病室の入り口に白衣の女性が立っていた。
ここへ担ぎ込まれた時にトワルの怪我を診てくれた医師だ。
女医は嬉しそうに笑みを浮かべながら、
「若いっていいわねえ。包帯を取り換えに来たんだけど、出直した方がいいかしら」
そういうの大好物です、という顔をしている。
トワルは慌てながら、
「いえ大丈夫です。お願いします」
「そう? ごめんなさいね邪魔しちゃって。すぐ済ませるから続きはちょっと待っててね」
女医はフィオナに笑いかけた。
ぽひゅう、とフィオナの口から音が漏れた。
もはや顔は爆発しそうなほど真っ赤になり、頭の上からは湯気が噴き出している。
「~~~ッ!」
フィオナの右手が素早く動いて左手首のブレスレットを握りしめた。
「ちょ、待てお前こんな所で――」
トワルが慌てて止めようとしたが間に合わなかった。
フィオナは女医の目の前で霊体に変化すると、両手で顔を覆いながら宝石の中に引っ込んでしまった。
「え? い、今の、幽霊……?」
事情を知らない女医はみるみる青ざめていき、病院中に響き渡るほどの悲鳴を上げた。
これを発端とした幽霊騒ぎを鎮静化するため、トワルは杖を突きながら病院内を駆け回ることになるのだが――それはまた別のお話。
なにはともあれ、ようやくこれで今回の騒動は本当に終わりを告げた。
異世界からやってきた少年と、本来ならば一千年以上前の時代を生きていたはずの少女。
本来なら決して出会うことのなかった二人の一風変わった質屋経営生活はこうして始まったのだった。
以上で『異世界質屋と呪宝の少女』第一話は終わりです。
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