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異世界質屋と呪宝の少女  作者: 鈴木空論
第1話:災いを呼ぶ死神の石
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第1話-24.呪いの宝石、呪いが解ける

「私が『災いを呼ぶ死神の石』じゃないって……それ、どういう事?」

 フィオナは困惑の表情を浮かべていた。

 トワルは言った。

「繰り返すが、はっきりとした確証がある訳じゃない。あくまでも俺の考えだから鵜呑みにはしないでくれ」


 もう一度そう念を押してから、トワルは『災いを呼ぶ死神の石』についてのおとぎ話や逸話をフィオナに話して聞かせた。

 そして、そういった『災いを呼ぶ死神の石』にまつわるエピソードに宝石の中から少女などが出てくるようなパターンがが一つもないことを説明した。


「それが私が『災いを呼ぶ死神の石』ではないという根拠? でもそんなのおかしいわ。おとぎ話のことは確かに妙だとは思うけど、私を手にした人たちが破滅していったのは事実なのよ? それはどう説明するの?」

 フィオナは反論した。

 反論というより戸惑っているだけにも見える。

 トワルは言った。

「以前の持ち主のランスターさんは老衰で亡くなったんだろう?」

「え? ええ、そうだけど……」

「ミューニアなんかを思い出してもらえばわかると思うが、古代文明の遺産は俺たちの知識なんか遥かに超えた技術で作られた代物なんだ。……こういう言い方をして気を悪くしたら謝るが、あの文明が持ち主を破滅させる目的で生み出した道具を手にしながら老衰なんていう真っ当な死に方ができたってのは違和感しかないんだよ。しかもお前さんの話じゃランスターさんが亡くなったのはお前さんを手に入れて何年も経ってからなんだろ? お前さんの宝石は本当に災いなんて呼んだのか?」

「それは……」

「ひょっとしてさ、逆だったんじゃないかって思うんだ」

「逆?」

「呪いの宝石のせいで人が破滅したのではなく、破滅した人がたまたまその宝石を持っていただけだったんじゃないか、ということさ」

と、トワルは言った。「あくまでも破滅したのは本人の自業自得だった。ところがその破滅した人は偶然にも女の子が飛び出してくる怪しい宝石を手に入れたばかりだった。だから破滅した人は自分の不幸の原因を怪しい宝石のせいだと決めつけた。何もかも失った人間ってのは心にも余裕が無くなってとにかく責任転嫁しがちだからな。そしてそんな感じで何度も理不尽に責め続けられた怪しい宝石の少女は、いつしか本当に自分に責任があるのかもしれないと思い込むようになった。自分のことを『災いを呼ぶ死神の石』だと思ったのもそう呼んで罵る持ち主が多かったからなんじゃないかな。同じ青い宝石だから関連付けて考える奴もきっと多かっただろう」

「そんな……そんなはずないわ」

 フィオナは首を振った。

 その顔には明らかに狼狽の色が浮かんでいた。 

「それなら……それなら、どうして私の持ち主がことごとく不幸になっていったの? ただの偶然だとでも言うつもり?」

 するとトワルはあっさり言った。

「ああ。偶然だったんだろう」

「……ふざけているのなら怒るわよ」

「ふざけてなんかいないさ」

と、トワルは言った。「質屋なんてものを商っているとつくづく思い知らされるんだけどな、順風満帆だった人間がある日突然坂道を転がり落ちるなんてことは珍しくも何ともないんだよ。そこから再び這い上がって元の位置まで戻れるかどうかは人によるがね。……思い出してみて欲しいんだが、本当に今までの持ち主全員が一人残らず破滅して死んでいったのかい? 宝石を手に入れた本人は特に不幸な目に遭うこともなく大往生して、宝石を引き継いだ子孫なり親戚なりが破滅したみたいなことはなかったか? もしあったのなら、それは宝石の呪いが原因ではないってことなるんじゃないか?」

「それは……」

 フィオナは何かを言いかけて口をつぐんだ。

 何か思い当たる節があったらしい。必死に何かを考えている様子だった。

 トワルはフィオナが頭の中を整理できるまで待った。

 今まで疑うことすらなかった自分の存在が足元から崩れているのだ。混乱するのも無理はない。

 やがてフィオナは言った。


「それじゃあ、私が『災いを呼ぶ死神の石』じゃないのだとしたら……私は一体何なの?」


 どうやらフィオナは自分が『災いを呼ぶ死神の石』ではないというトワルの仮定を受け入れてくれたようだった。

 トワルとしてはここで話を終わりにしたかった。

 だが、そんな訳にはいかない。

 話を切り出したのはトワルだ。トワルには最後まで話す責任がある。


「その質問に答える前に、ちょっと思い出してみて欲しいんだが」

 トワルは躊躇いがちに言った。「うちへ来た最初の日にパンケーキ食べたこと、覚えてるか?」

 予想外の質問をされてフィオナは戸惑いながらも頷いた。

「もちろん覚えているわ。でも、それがなんなの?」

「じゃあパンケーキを食べたとき、『お菓子なんて最後に食べたのはいつ以来になるか』って言ったのも覚えてるか?」

「あ……」


 ――だってお菓子なんて最後に食べたのはいつ以来になるか。

 ――昔はこんなにふわふわでとろけるようなもの無かったもの。


 フィオナは言われて初めて気付いたようだった。

「確かに言ったわ。でも……あれ? 私どうしてあんなことを……?」

 みるみる顔色が悪くなっていき、口元を押さえて椅子に腰を下ろした。

 トワルは心配そうに、

「大丈夫か?」

「………」

 フィオナはうつむいて目を見開いたまま何度も頷いていた。

 トワルへというより、自分の記憶を必死に確認しているようだった。

 やはりあれは無意識に出た言葉だったのか、とトワルは思った。

 しかしもうフィオナも自覚してしまったのだろう。

 最初から宝石の化身だったのなら過去に菓子を食べた経験などあるはずがない。

 それなのにどうしてそんな記憶があるのか。

 考えられる可能性は……。

「私、何も覚えてない。何も思い出せない。でも、ひょっとして……」

 フィオナは独り言のように呟いた。

 それからゆっくりと顔を上げ、トワルに尋ねた。


「ひょっとして、私……元は人間なの?」


 トワルはフィオナから目を逸らさずに答えた。

「俺も同じ意見だよ。恐らくこの宝石に仕掛けられた呪いは『人間の魂を封じ込める呪い』とかそういったものなんじゃないかって考えている」

「………」

 フィオナは茫然としてトワルを見つめた。

 どんな感情を抱いているのか、その顔からはまるで読み取れなかった。


 パンケーキの件に限らず、フィオナの言動には違和感を覚えるものが多かった。

 妙に人間臭いというか、まるで本物の人間のようだというか。

 最初はそのように振る舞うよう作られているのかと思ったが、接してみればみるほど違和感は大きくなった。

 何しろ、相当な手間を掛けて作られたであろうダンジョンコアのミューニアよりも余程人間っぽいのだ。

 ひょっとして人間を再現したのではなく、宝石の中に人間を閉じ込めたのではないか。

 異世界への扉を開けるような技術を持った文明なのだ。そういったものがあっても不思議ではない。

 トワルがそういう考えに辿り着くまでにはそこまで時間は掛からなかった。


 もちろんてんで的外れな推論である可能性は十分あった。

 解決策も無いのにこんなことを言われても戸惑うだけで何も良いことはないし、どう考えても第三者が無責任に軽々しく口にして良い内容では無い。

 少なくともトワルが同じ立場でこんな話をされたら絶望するだろうし、話した人間を恨むだろう。

 だからちゃんとした確証が得られるまで、トワルはこのことをフィオナに伝えるつもりはなかった。

 だが、フィオナはトワルの想像以上に罪の意識を抱えている様子だった。

 フィオナの望みの通りにトワルがフィオナを手放したところで何も解決しない。

 トワルの知らないどこかで永遠に罪の意識を膨らませ続けるだけなのだ。


 それならいっそ、未確定でも現状の推測を伝えたほうがいい。

 トワルはそう思った。だから言った。

 フィオナのためというよりは、トワル自身の自己満足のためなのも自覚していた。

『災いを呼ぶ死神の石』と思い込んだままでいるか、それとも自分が人間だったと気が付くか。

 どちらがマシかなんて決める権利はフィオナ自身にしかないのだ。


 これを聞いたフィオナがどう考えるかはトワルにはわからなかった。

 だがフィオナがどんな行動に出ようとそれを受け入れるつもりだった。

 トワルは何をされても仕方ないようなことをしてしまったのだから。



 トワルはじっとフィオナが口を開くのを待った。

 やがて、フィオナはぽつりと言った。

「それじゃあ……本当に私は『災いを呼ぶ死神の石』ではないの? ランスターさんや他の人たちが破滅したのは、私のせいではなかったの……?」

 フィオナの顔はトワルのほうを向いていたが、その目にはトワルは映っていないようだった。

「ああ。それについては間違いないと思う」

 トワルは頷いた。

 するとフィオナは天井を見上げた。

「私ね、ずっと思っていたの」

 フィオナは独り言のように言った。「どうして私なんかが存在しているんだろう、って。私を手に入れていなければ……私さえいなかったらあの人たちはあんな悲しい最期を迎えなくて済んだんじゃないかって」

「………」

「でも、そうじゃなかったのね? 本当に信じてもいいのよね? ……私があの人たちを不幸にした訳じゃなかったのよね?」

「それは俺が必ず証明してみせる。約束する」

と、トワルは言った。

 フィオナは笑顔を作ろうとしたようだったが、堪えきれなくなったようにその目から涙が零れ堕ちた。

 膝をついてベッドに伏せると、体を震わせて嗚咽を漏らした。

「良かった。本当に良かった……。私、ずっと苦しかった……」

 フィオナからはトワルが心配していたような絶望や怒りなどは感じられなかった。

 ただただ抱え込んでいたものから解放されて安堵している。それだけだった。

 考えてみれば、初めて姿を見せたときにいきなり「私を手放せ」なんて言ってくるような少女だったのだ。

 こういう反応をするであろうことはわかっていたはずなのに。

「ごめん。もっと早く伝えるべきだったかもしれない」

 トワルはそう言ってフィオナの頭を撫でた。

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