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異世界質屋と呪宝の少女  作者: 鈴木空論
第1話:災いを呼ぶ死神の石
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第1話-22.質屋の店主、救出される

「うう……」

と、トワルは呻いた。

 街の下の地下水道。水路に沿って伸びる管理用通路。

 トワルは後ろ手に縛られ、壁に背を付けて転がされていた。

 左目は痣になって大きく腫れ、体のあちこちも痣や出血跡ができている。

 逃げようと抵抗して殴る蹴るの暴行を受けたのだ。

 幸い骨は折れていないようだったがしばらくは満足に動けそうにない。

「手間取らせやがって」

 トワルを取り囲んでいる男の一人が吐き捨てるように言った。

 三人組からボスと呼ばれていた男で、どうやらダイソンという名前らしい。

 ダイソンの両脇には猫背とスキンヘッドが控え、手に持ったランタンで周囲を照らしていた。

 照明など備えられていない場所なので、この二つのランタンだけがこの場を照らす唯一の明かりである。

 三人組の残る一人である眼鏡の姿はない。地下水路の入り口で見張りをしているようだ。

 ダイソンはトワルの襟を掴んで引き寄せると、

「ヒッグから受け取ったものがあるだろう。あれは今どこにある」

 トワルは片目の腫れた顔で無理やり笑みを作って、

「宝石なら渡さないぞ」

 男はトワルの顔を思い切り殴りつけた。

「ぐがっ……!」

 トワルが声を上げる。

「……金目のものを寄こせなんて誰も言ってねえ。奴から受け取ったものはどこだって聞いているんだ」

と、男は言った。「こっちは急いでいるんだ。早く言え。お前もこれ以上痛い思いはしたくないだろう。素直に答えればすぐ解放してやる」

 解放? 口を封じるの間違いだろう、とトワルは心の中で呟いた。

 しかし今のやり取りでようやく確信できた。

 この連中が探している物はどうやら『災いを呼ぶ死神の石』ではないらしい。

 どうもおかしいとは思っていたがそう考えれば色々と辻褄も合う。


 しかし確信が持てたのは良かったが、それはそれで不味い状況だとトワルは思った。

 トワルが生かされているのはその何かの場所を知っていると思われているからだろう。

 全くの無関係だと気付かれたらまず間違いなく殺される。

 とりあえずはその何かを知っているふりをしながら時間稼ぎをするとして……問題はこの場からどうやって逃げ出すか。


 トワルは自分の状況を改めて確認した。

 腕は縛られているが、足は縛られていない。ぐったりした振りをしながらじっとしていたので痛みも多少は引いてきた。

 目下の敵はダイソンと猫背とスキンヘッドの三人。明かりとなるランタンは二つ。

 まずは一人くらい数を減らしたい。

 となればするべきことは……。

「本当にあれの場所を教えたら助けてくれるのか」

と、トワルは躊躇いがちに言った。

 するとダイソンは口端を吊り上げた。

「もちろんだとも。どこにあるんだ?」

「俺の店にあるんだ。取りに行かせてくれ」

「駄目だ。どこにあるか教えろ。人をやって取りに行かせる」

「いや、俺が行かないと無理なんだって。面倒な仕掛けを解除しないと取り出せないようになっているんだ」

「そんなもの壊せばいい」

「いや、無理やり持って行こうとしたら盗難防止の仕掛けが作動して騒音が鳴り響くようになっているんだ。持ち出す前にご近所さん集まってきて大騒ぎになる」

「………」

 実際はそんな仕掛けはない。

 だがスキンヘッドと猫背は似たような手で一度撃退されている。恐らく信じるだろう。

 トワルが期待した通り三人は小声で相談を始めた。

 本当にそんな仕掛けがありそうな店なのか確認しているようだ。

 話がまとまったのか、やがて三人は再びトワルの方へ向いた。

 そしてダイソンが、

「その仕掛けの解き方を教えろ」

「手順が多いから口で言っても覚えられないと思うけど……」

「いいからさっさと話せ」

 トワルは不満そうな顔をしたが、やがて諦めたように手順を説明し始めた。

 もちろん即興の出鱈目である。

「じゃあ話すけど……まずは店の前で屋根に向かって『トワルの代理で来た』って伝えてくれ。そうすればいきなり警報を鳴らされることはない。そうしたら玄関から店に入って、カウンターの右側、上から三番目の引き出しを開けるんだ。そこの引き出しだけ二重底になっているから引き出しごと全部取り出し、中身を全部除けてから底板を外す。ただし底板はそのままじゃ外れないようになっている。外すためには奥に二回、右に一回、奥に一回、手前に三回、左に一回の順番でカチリという手応えがあるまでスライドさせる。そうするとバネが作動して底板が外れる。スライドの順番を間違えるとロックされて二度と外せなくなるから注意ね。無事に底板を外せたら一つ目の金庫の鍵が手に入る。そしたら次に――」

「ちょっと待て。まだ続くのかそれは」

 トワルは頷いて、

「まだ五分の一も行ってないよ。だから俺が自分で行かないと難しいって言ったんだ」

 ダイソンはスキンヘッドに、

「覚えられるか?」

 スキンヘッドは困惑顔で首を振った。

「す、すみません無理です……」

 その返事にダイソンは眉を寄せたが、すぐに猫背へ顔を向けた。

「ドイカの奴なら何か書く物でも持ってるだろう。受け取って来い」

「わかりました」

 猫背は頷くとその場を離れ出口の方へ向かっていく。

 ドイカというのは恐らく眼鏡のことだろう。

 ダイソンはトワルを見下ろして、

「少し待っていろ」

「………」

 トワルは黙って頷いた。

 猫背が角を曲がり、さらに足音が遠のいていく。

 やがてランタンの明かりも足音も完全にわからなくなった。

 これで残るはダイソンとスキンヘッドの二人だけ。

 光源となるランタンは一つ。

 意図した狙いとは少し違うが、これなら……。

 トワルはしばらく大人しくしていたが、二人の気を逸らすために突然ハッとした様子で頭を上げ、奥の通路に目を向けて叫んだ。

「足音だ。ひょっとして誰か助けに来てくれたのか!?」

「なに!?」

 ダイソンと猫背がそちらを向く。

 その隙にトワルは素早く壁を蹴って体を滑らせた。両足で猫背の足を挟み、ぐるんと身体をねじる。

「う、うわぁ!」

 猫背はバランスを崩し悲鳴を上げながら頭から水路に落ちた。

 手に持っていたランタンも水の中へ。

 光源が無くなり辺りは闇に包まれた。

 ダイソンがまだ残っているがこれで互いに姿は見えない。逃げるだけでいいこちらのほうが有利。

 トワルは物音を立てないよう立ち上がり、そっとその場から立ち去ることができる――はずだった。


 事はトワルの期待通りには運ばなかった。


 猫背が水路に落ちるまでは狙い通りだった。

 だが意図的か偶然か、猫背は落ちる瞬間にランタンを手放した。

 ランタンは放物線を描き、床に落ちてガシャンと割れる。

 明かりは消えることなく、漏れ出した燃料で弱々しいながら燃え続けた。

 その光は床に転がったトワルと、怒りの色を浮かべてトワルを睨みつけるダイソンを照らすのに十分すぎる明るさだった。

「た、たすけ、助けて!」

 水路にに落ちた猫背がもがきながら流れていくが、ダイソンはまるで気にせずトワルに近付いた。

 トワルは顔を強張らせてダイソンを見返していたが、やがて一か八か再び体を滑らせてダイソンを同じように落とそうと試みた。

 だがその直後トワルは右足に鋭い痛みを感じた。

 いつの間に取り出していたのか、ダイソンはトワルの足に刃物を突き立てていた。

 思わず悲鳴を上げようとしたトワルの頭を男は片手で押し潰すように押さえつける。

「ガキだと思って手加減してりゃふざけたことしてくれるじゃねえか」

と、ダイソンは言った。「こりゃ、もう少し痛めつけてから話を聞いた方がよさそうだな」

 そう言いながら足に刺した刃物をぐりぐりと捻る。

 トワルは目を見張り、呻きながら必死に逃れようともがいた。だがダイソンにがっしり押さえつけられていて身動きが取れない。

 激痛に襲われながらトワルは必死に考えた。

 どうすればここから逆転できるか。

 考えるのを止めたら終わりだ。

 死にたくなければ考えろ。

 トワルは歯を食い縛りダイソンを睨みつけた。

 それに対してダイソンは残忍な笑みを返した。

「まだそんな目をしやがるのか。気に入らねえ。その目から先に潰してやる」

 男は足からナイフを抜き、そのままトワルの顔に振りかざした。

 その時だった。


「トワル!」


 突然真上から声がした。それと同時に天井から青白い発光体が――フィオナが飛び出してきた。

 ダイソンがギョッとしてそれに釘付けになる。

「な、なんだ!?」

 トワルはその隙に体を縮めると、渾身の力でダイソンの腹部を両足で押した。

 完全に不意を突かれたダイソンはバランスを崩してよろめき、足を滑らせて水路に落ちた。

「くっ、この、ガキ……!」

 猫背と同じように何事か叫び必死にもがきながら流されていく。

 フィオナはダイソンが流れていくのを茫然と見送っていたが、すぐに我に返るとぐったりと倒れているトワルに傍に飛んだ。

 抱き起こそうとするが霊体なので手がすり抜ける。

 涙目になっておろおろしたあと、念動力で強引にトワルの上半身を持ち上げ、そこへ自分の足を滑り込ませた。

 エア膝枕である。

「酷い怪我……。ごめんなさい遅くなって」

 トワルはふう、と一息付いてから笑った。

「いや、助かったよ。来てくれなかったらそれこそどうなっていたことか。しかし、どうやってここを――」

 そこまで言いかけて、トワルは言葉を切った。


 フィオナの額は陶器のようにひび割れて穴が空き、青い気体のようなものが漏れ出し続けていた。


 それを見てトワルはフィオナがどうやって自分を探し出したのか理解した。

 トワルは狼狽えて、

「なんて無茶をしたんだ」

「無茶をしたのはどっちよ! こんな事になるなら絶対置いて行ったりしなかったのに!」

 フィオナは目からポタポタと光の雫が落ちた。「良かった。助けられて本当に良かった……」

 自分のことなどまるで気に掛ける様子はない。

 本気でトワルの事を心配してくれていたのだろう。

「……ごめん。悪かった」

 トワルは素直に謝ると目を閉じた。


 その後、ドラウド国の四人組は駆け付けたアンブレたち自警団に残らず逮捕された。

 四人組の身柄はベルカークが預かることになった。ドラウド国との交渉材料として使うのだろう。

 そしてトワルのほうは病院へと担ぎ込まれた。


 後に『女神像文書事件』として記録されることになったこの事件はこうして幕を閉じたのだった。

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