第1話-20.呪いの宝石、突き止める
アンブレが気を取り直して、
「ヒッグの遺体はベルカーク殿の仰るような女神像は所持していませんでしたが、トワルがさらわれたことを考えるとまだドラウド国の者に回収された訳ではないのですね?」
「ああ。恐らくヒッグを捕まえたものの女神像のありかを聞き出す前に何かの弾みで殺してしまったのでしょう。お粗末にも程があるが、あの貴族も急なことで碌な手駒を用意できなかったようですからね。女神像を回収できたならさっさとこの街を抜け出しているはずだ」
フィオナが、
「それじゃあトワルは……」
「女神像のありかを知っていると思われているうちは無事なはずです。ヒッグが死んでしまった以上は数少ない手掛かりですからな。……逆に言えば、女神像と無関係だと気付かれたら即座に口を封じられてしまう可能性が高い」
「そんな……」
フィオナが青ざめて口元に手をやる。
アンブレが険しい顔で、
「できるだけ早く助け出さなければなりませんが……そういった事情では我々が動くのは確かに不味いようですね」
ベルカークは頷いた。
「そうです。君たちは自警団ですからね。君たちがあの連中を捕まえたら街の住民たちに犯人の身元を公表しなければならなくなります。君たちの活動資金の半分以上は住民たちからの寄付金なのですからね。しかしそうなればその事実は間違いなくドラウド国も知ることになります。今の緊迫した状況ではドラウド国民にはこのように歪められて伝えられるでしょうね。『サミエルで我が国の人間が冤罪を掛けられ不当に拘束された』と。そうなれば世論の矛先は完全にこちらへ向けられてしまいます。大義名分を得た上の連中はこれ幸いとばかりに宣戦布告をしてくるでしょう」
「そんな無茶苦茶な……」
「無茶苦茶だろうと恐らくそうなります。こちらが戦力的に劣っている以上、事実がどうであれ付け入る隙を与えた時点で負けなのですから」
フィオナがすがるように、
「少しの間だけでも犯人の身元を偽る……というか、隠すわけにはいかないんですか?」
するとアンブレが、
「無理だ。犯人を捕まえれば自警団員は犯人がドラウド国の人間だと知ることになる。そうなればどんなに口止めをしようが必ずどこかから漏れる。ドラウド国に対する噂が広まった現状で自警団の発表と人づてに広まった噂の内容が異なったりしたら却って大きな騒ぎに発展しかねない」
それからベルカークに、「先程私を怒らせようとしていたのはご自分が悪者になった上で私に事情を知らせず追い返すためだったのですね」
「あわよくば、という気持ちが無かったわけではありませんがね」
と、ベルカークは冗談を言ったが二人はもちろんベルカーク自身もニコリともしなかった。
フィオナが、
「それじゃあ、トワルを助けることは……」
「………」
重苦しい沈黙が広がった。
理不尽だ、とフィオナは思った。
事情を聞いた限りではトワルは巻き込まれただけだろう。
それなのに行方を捜すこともできないのか。
あのヒッグとかいう男がトワルに私を売ったりしなければこんなことにはならなかったのに。
屋敷に忍び込んできたあの男が換金用に選んだのが私でさえなければ……。
――あれ?
フィオナはふとある事が頭に浮かんだ。
勘違いかもしれない。
しかし駄目で元々。話してみる価値はある。
「ベルカークさん。その女神像さえ見つけられればトワルの捜索を許してもらえるんですか?」
「ああ。あれさえ手に入ればね。だが果たしてどこにあるのか……」
「ひょっとしたら女神像のありか、わかるかもしれません」
「なんだって?」
ベルカークとアンブレは驚いてフィオナを見た。
フィオナはアンブレの顔をじっと見つめた。
アンブレは怪訝な顔をしたが、やがてハッとすると立ち上がった。
どうやらアンブレも同じ事に思い当たったらしい。
「ベルカーク殿、すみませんが少し席を外します」
そう言うと足早に書斎を出ていく。
ベルカークは訳が分からないという様子で、
「フィオナさん、どういうことなんだね」
「トワルをさらった人たち、『ヒッグはランスターさんの屋敷に女神像を隠したと吐いた』って言っていたんです」
と、フィオナは言い、その時の言葉を思い返した。
――だがヒッグの奴は確かにここに隠したって吐いたんだ。お前も聞いただろ。
あの連中は屋敷内を調べていたようだったが、隠し部屋のことは知らなかったらしく、隠し部屋の中はフィオナが持ち去られた時の状態から全く変わっていなかった。
ヒッグがわざわざ『隠した』と言ったのなら、女神像は隠し部屋の中に置いたのだろう。
そして、隠し部屋にはヒッグの荷物がそのまま置きっ放しになっていた。
それを聞くとベルカークは顔色を変えた。
「それじゃあ、女神像はその荷物の中に……?」
フィオナは頷いた。
「アンブレさんが間もなく荷物を持って来てくれるはずです。確かめてみる価値はあるかと」
ベルカークの屋敷へ急いでいたため中身はまだ確認していなかったが、念のため証拠品としてアンブレの部下に持たせていたのだ。
アンブレは間もなく荷物を抱えて戻ってきた。
荷物の中を調べると、ベルカークが言っていた銀の女神像が出てきた。
ベルカークがその女神像の底を外すと中から四つ折りの紙が出てくる。
「これだ。間違いない……」
震える手でその紙の内容を確認してそう言うと、テーブルの隅に置いてあった呼び鈴を鳴らす。
すると側近らしい男が音もなく扉を開けて入ってきた。ベルカークが文書を渡しながら小声で何か伝えると、男は再び音を立てずに出て行った。
ベルカークはハンカチを取り出して汗を拭きながら、
「いやはや、これではフィオナさんを譲り受ける訳にはいかなくなってしまいましたな。むしろこちらから何か礼をせねば釣り合わなくなってしまった」
「ご冗談を。覚悟を試しただけで初めから手に入れるつもりなどなかったのでしょう」
と、アンブレが言った。
「はてさて、どうでしょうな。まあ、そういう事にしておいて頂けるならありがたいですが」
ベルカークは笑った。
だがすぐに真面目な顔になった。
「さて。それでは今度はこちらが協力する番でしょうな」
フィオナが意外そうに、
「助けてくれるんですか?」
「トワルにはこの件では協力しないと言いはしましたが、お二方へ恩を返す方が優先です。この街の市民を救って頂けたのですからな。私の持つものの全てを使ってでも報いさせて頂きます」
ベルカークは頭を下げた。「とりあえずトワルが拉致された経緯や現場の状況などを教えて頂けませんか。何か助言できることがあるかもしれない」
「わかりました」
トワルを助けられるかもしれない。
一時は最悪の事態が脳裏をよぎったが、フィオナの心にようやく希望が湧いた。
フィオナは今朝店を出てから屋敷であの三人に出くわして脱出するまでの出来事を掻い摘んで話した。
それに補足する形でアンブレが現場の状況を伝える。
ベルカークは二人の話を黙って聞いていたが、やがて口を開いた。
「それならまだやりようがあるな。トワルがどう扱われているかによりますが、恐らく探し出すことは可能でしょう」
フィオナが、
「本当ですか?」
ベルカークは頷いた。
「ええ。フィオナさんになら見つけられるはずです」
「え、私に……?」
予想外の返答にフィオナは困惑した。
だが、次の瞬間に思い出した。
そうだ。
どうして気付かなかったんだろう。
トワルを探す方法は最初から用意されていたのだ。
「つまりですな――」
と、ベルカークが説明をしようとしたが、
「ありがとうベルカークさん!」
フィオナはそれを遮ってふわりと浮かんだ。「アンブレさん、私、先に行きます!」
「おい、フィオナ! 行くって一体どこへ――」
アンブレが止める間もなくフィオナは窓をすり抜けて外へ飛んで行ってしまった。
ベルカークは愉快そうに笑った。
「あの言葉だけで気付いたか。素晴らしい。どうやら思っていた以上に賢い子のようだ」
アンブレが、
「私には見当も付きませんが、フィオナにならトワルを見つけられるというのは一体どういう意味なのですか?」
「つまり、こういう方法です」
――ベルカークがその方法を説明すると、アンブレも半信半疑ながら頷いた。
「なるほど。それなら確かに見つけられるかもしれませんね」
「あの様子ならきっと大丈夫ですよ。さあ、アンブレさんも追って下さい。……弟弟子のこと、どうか宜しくお願いします」
ベルカークは深々と頭を下げた。
「お任せください。必ず無事に助け出して見せます」
アンブレはそう言って立ち上がった。