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異世界質屋と呪宝の少女  作者: 鈴木空論
第1話:災いを呼ぶ死神の石
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第1話-18.呪いの宝石、壁の中にいる

「……いやはや。約束もなくいきなりいらっしゃるとはいささか不躾が過ぎませんかアンブレさん。お美しい貴女でなければ門前払いをしていたところですよ」

 ベルカークはにこやかな表情で言った。

 アンブレは頭を下げて、

「申し訳ありません、火急の要件でしたので」


 ベルカークの屋敷の書斎。

 アンブレとベルカークは接客用のテーブルに向かい合って座っていた。

 約束もなくとベルカークは言ったが、アンブレたちがベルカークの屋敷を訪ねると警備の門番はあっさり中へ通してくれた。

 どうやらここへ来ることを事前にわかっていたようだ。

 おそらく自警団に密偵でも付けていたのだろう。


 書斎に入ってきたメイドがベルカークとアンブレに紅茶を出し、頭を下げて部屋を出ていく。

 ベルカークは湯気の立つカップを手に取りながら、

「それで、ご用件は何ですかな。ようやく私からのデートの誘いを受けてくれる気になったというなら嬉しいですが、その様子では違いそうですね」

 冗談には取り合わずアンブレは言った。

「他でもありません。今朝、西区でよそ者が殺害された件についてです」

 事件と無関係な人間はこれだけでは何の事かわからないだろう。事件が起きたのは今朝のことで今はまだ日暮れ前。話題になるような内容でもないしせいぜい西区周辺までしか事件の話は広まっていないのだ。

 しかしベルカークであれば既に把握しているだろうと考えて、アンブレは細かい説明は省略した。

 そしてやはりベルカークは知っていたらしい。

 とぼけるような事もなく頷いた。

「ふむ、まあその件でしょうな」

 やはりこの男の情報収集能力は相当なものだ、とアンブレは思った。

 そして同時に、あのよそ者はベルカークが把握しておく必要があるほどの重要人物だったらしい、とも考えた。

 身なりからはただの浮浪者にしか見えなかったが一体どういう人物だったのだろう。

「ところで」

と、ベルカークが言った。「変なことをお尋ねしますが……今回いらしたのはアンブレさんだけですかね?」

 何やら落ち着かない様子で室内を見回している。

 アンブレが、

「そうですが、どうかしましたか」

「いや、すまない。どうも二人だけで話している気がしなくてね。他の誰に聞かれている気がしてならないのですよ。誰もいないのだから気のせいだとは思うのだが」

「気のせいでしょう。部下たちはこの屋敷の外に待機させています。私は話をするだけのために無駄な兵を傍に置くようなことはしません」

「そうですな、貴女はそういう方だ。申し訳ない、忘れてくれ。最近気を張る機会が多かったから神経質になっていたようだ」

 ベルカークはバツ悪そうに笑った。

 だが実は、ベルカークの感は当たっていた。


 ――危なかった! 

 壁の中に隠れていたフィオナは、両手で口を塞いで必死に気配を消していた。

 実はアンブレが書斎へやってくる前から壁の中にいたのである。

 片耳だけ壁の外に出し、こっそり二人の話を聞いていたのだ。


 フィオナに隠れているように勧めたのはアンブレだった。

 今回の件に関してはフィオナはアンブレよりも多くの事象を見聞きしている。

 ベルカークの話をフィオナも聞いておけば何か気付けることもあるかもしれない、と考えたのだ。

 だが今の半透明な姿でベルカークの屋敷を訪ねたら間違いなく騒動になるし、話がややこしくなる。

 ややこしくなればそれだけトワルの救出が遅れてしまう。

 そんな訳でフィオナは空からこっそり屋敷へ忍び込み、アンブレ一人だけでここを訪ねたという形を取ることにしたのだった。


 アンブレが誤魔化してくれたお陰でベルカークは多少警戒を解いたらしい。

 フィオナは慎重に様子を窺ったあと、再び壁から耳を出した。


「あのよそ者を殺害したと思われる一団が、今度はトワルを襲いました。トワルは連れ去られたらしく現在私の部下たちが行方を捜しています」

と、アンブレは言った。「ベルカーク殿はあのよそ者がトワルの所へ持ち込んだものを買い取ろうとしたそうですね。何か事情を御存じなのでしょう。知っていることを教えて頂けませんか」

 ベルカークはカップを置いた。

「ああ、あの連中やはりトワルの所へ行きましたか。だから私に任せろと言ったのに」

「やはり、何か知っているのですね」

「まあ立場上ね」

と、ベルカークは言った。「私から言えることがあるとすれば……まあ、トワルの捜索は今すぐ打ち切るべきですな」

 アンブレは顔色を変えた。

「どういうことです」

「残念ですが、こうなった以上トワルのことは諦めるしかありません。じきに領主様からも間もなく命令が下ることでしょう。今回の件について少なくとも自警団は手を引くようにとね。だから時間の無駄ですよ」

「……領主様が市民を見捨てる命令を出すというのですか?」

「今回の件に関しては領主様と何度も意見を交わしたのです。私とあの方の意見は一致しています。自警団の皆さんには本当によくやってくれていますが、今回に関しては何もしないほうがいい」

「袂を分かったとはいえ、トワルはあなたの弟弟子でしょう。それを見捨てるのですか」

「だからこそですよ。私はトワルに偶然抱える事になった厄介事を引き受けてやろうと言いましたが、あいつは自分で責任を取ると言った。あいつは確かに弟弟子ですが、それ以前にもう私と同じプロの商人です。自分で何とかすると言うならそれ以上こちらからは手助けはできないし、またする筋合いもない。トワルもそれはわかっているはずですよ。……それに、事情が分かれば貴女も納得してくれるでしょう。これ以上事を荒立てる訳にはいかないのです」

 ベルカークの顔には普段の愛想笑いは一切浮かんでいない。何の感情もうかがい知れない、仮面のような顔だった。

 何の思いもなくトワルを切り捨てようとしている訳ではないのだろう。


 フィオナは戸惑っていた。

 トワルを助けるどころか切り捨てるような事を言われたのもあったが、ベルカークの話ぶりから考えるに、トワルやあの浮浪者が襲われた原因はやはりフィオナの宝石――『災いを呼ぶ死神の石』にあるようなのだ。

 トワルから聞かれてからずっと思い返しているが、やはりあの宝石を狙う集団などフィオナには覚えがなかった。

 大体、あの浮浪者が持ち出すまであの宝石は長い間表舞台から姿を消していたのだ。

 仮にそんな集団がいたとしてもいくら何でも行動が早すぎる。


 アンブレは納得できないらしく、

「事情があるというならその事情をお聞かせ下さい。でなければ私も部下たちへ捜査を打ち切れなどと言うことはできません」

「私が話さずともいずれわかりますよ。ですが、今この場ではまだ話すことはできないのです」

と、ベルカークは言った。それから思い付いたように、「第一、私にはこの場で貴女に話すメリットがありませんしね」

「メリット?」

「そうです」

 ベルカークは口元に薄笑いを浮かべた。「私も商人ですからね。一方的な施しなどするつもりはありません。こちらからの提供を求めるならアンブレさんからも何かそれ相応のものを頂けませんと。言っておきますが、デートのお誘いを受けて下さる程度では全く釣り合いませんよ? そうですな、例えば……貴女に一晩お付き合いでもして頂けたら考えてもいいかもしれませんな」

「……人の命が掛かっている状況で、あなたは一体何を言っているのですか?」

「何を言うもなにも、こんな機会は二度とあるかわかりませんからな。あなたもトワルを助けたいのでしょう?」

 ベルカークはさらに煽り立てる。

 フィオナは壁の中でハラハラしていた。

 アンブレは表面上は平静を保っているがはらわたが煮えくり返っているのが傍目にも感じ取れる。

 だが、アンブレが怒ってくれたお陰で……と言うとおかしな言い方になるが、フィオナは対照的に多少冷静になることができた。

 そして、違和感を覚えていた。

 ベルカークさん、わざとアンブレさんを怒らせているような……。

 一度少し話をしたことがあるだけだったがベルカークの話術は相当に巧みなものだった。

 あれだけ口の上手い人なら今だってアンブレを怒らせることなく理詰めで追い返すことだってできるだろう。

 アンブレの性格を考えればあんな言い方が逆効果なのはフィオナですらわかる。

 どうしてわざわざそんな手段を取っているのか。

 フィオナは気になったが、それよりまずはこの場をどうにかしなければならない。

 メリットがない、とベルカークは言った。

 逆に言えば、メリットさえあれば情報をくれるのだ。

 何かないだろうか。

 メリット。

 ベルカークが欲しがっている物。

 ………。

 フィオナは不意に思い至った。


 あるじゃないの。この場で一番の交渉材料が。


 悩むことはなかった。トワルを助けるためなのだから。

 フィオナは壁から飛び出し、ベルカークに言った。

「釣り合うだけのものをお渡しすればその事情というのを話してくれるんですね?」

 突如現れたフィオナにベルカークはギョッとして、

「あ、貴女は……フィオナさん!? その姿は……?」

 アンブレも目を見張って、

「フィオナ、どうして出てきた!」

 フィオナはうつむいて一度深呼吸した。それから真っ直ぐベルカークを見つめた。

「この私を差し上げます。だから知っていることを教えて下さい」

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