第1話-16.質屋と宝石、探検をする
目当ての屋敷は森の中の細い小道を抜けた先にあった。
元は見事な外観だったのだろうが、今はもう見る影もない。
石造りの屋根や壁は劣化して所々剥がれたりひび割れたりしており、日の当たらない場所にはびっしりと苔が生えている。
周囲の木々が好き放題に茂っているせいで昼間なのに暗く重い空気が漂っていて、まさに幽霊屋敷といった感じだった。
トワルが屋敷を見上げながら、
「ここ、青い幽霊が出るって噂があって地元の人間は近寄らない場所になってたんだが、ひょっとしなくても幽霊の正体はお前さんだったのかな」
フィオナは首を傾げ、曖昧に微笑んだ。
「多分そうなんでしょうね。最後に宝石の外に出たのは相当昔のはずだけれど、噂だけ独り歩きしたのかしら。でも防犯の役に立っていたのなら喜ぶべきかもしれないわね」
それから二人は屋敷の裏手に回った。
裏口の扉は簡単に開く状態になっていた。鍵の部分が石か何か硬いもので強引に打ち壊されている。
あの浮浪者の男はここから侵入したらしい。
「おじゃましまーす……」
と、一応声を掛けてからトワルたちは屋敷の中へ入っていった。
ずっと換気をしていないせいだろう。屋敷の中は湿気はそれほど感じないもののカビの匂いがかなり強い。天井には所々蜘蛛の巣が張られている。
「それでどうするの? 一通り歩きながらあの人を探す?」
フィオナが尋ねた。
トワルは屋内を見回しながら、
「そうだな……まずは隠し部屋に案内してくれないか。そこの様子を見ればあの浮浪者がまだここにいるかわかるかもしれない」
「わかったわ」
フィオナが案内する形で二人は屋敷の奥へ進んでいった。
ホールへ出て二階への階段を上り、また廊下を進む。
トワルは歩きながら途中に置かれた棚や備品に目をやっていたが、
「へえ……」
と、呟いた。
フィオナが、
「どうしたの? ひょっとして高いものでもあった?」
「いや、どれも相当な高級品ではあるようだが、それ以上に感心してさ。見たところどれも手入れがしっかりされている。使われなくなるまで相当大事に扱っていたんだろうな」
「もう随分ボロボロなものばかりに見えるけとそんなことわかるの?」
「その辺は商売柄な。使っている物の扱い方を見ればその人の人となりも大体わかる。ランスターさんて方は随分出来た人だったんだろうな」
トワルがそう言うと、フィオナは少しだけ悲しそうな顔をしたあと、
「……そうね。素敵な人だったわ」
小さく頷いた。
――と、その時突然トワルはすぐ傍の部屋の扉を開けた。
フィオナはきょとんとして、
「その部屋は違うわよ?」
だがトワルは答えず、フィオナの腕を掴んで室内へ引っ張り込む。
フィオナは目を白黒させて、
「え、なに? どうしたの?」
トワルは静かに扉を閉めながら、
「声が聞こえた。俺たち以外に誰かいるみたいだ」
「探してるあの人じゃないの?」
「いや、複数だ」
トワルがそう答えて間もなく、フィオナの耳にも話し声が聞こえてきた。
どうやら言い争いをしているらしい。
「おい、全然見付からねえじゃねえか。本当にここにあるのかよ。やっぱり昨日の質屋のガキのところにあるんじゃねえのか」
「だがヒッグの奴は確かにここに隠したって吐いたんだ。お前も聞いただろ」
「あんなもんその場しのぎのデタラメだったのかもしれねえだろ。……ったく、散々苦労して探し出してようやく捕まえたってのに。やっぱり回収する前に殺したのは間違いだったんだ」
「仕方ねえだろうが。てめえだって見てただろ。あいつがいきなり逃げようとしたのが悪いんだ。あの時仕留めてなきゃ逃げられてもっと厄介なことに――」
「二人とも喧嘩してる場合じゃないだろう。とりあえずヒッグがここを根城にしていた痕跡はあったんだ。ここを徹底的に探してみて、見つからないならまたあの質屋に行ってみればいい」
声は三つ。
三人目が諫めようとしたようだが最初の二人はなおも口論を続けている。
聞き覚えのある声だった。
「昨日店に来た三人組みたいだ」
と、トワルは言った。
言い争いをしているのが猫背とスキンヘッドで、諫めたのが眼鏡だろうか。
不安げだったフィオナの顔がさらに強張る。
しかしどうしてあの三人がここにいるのか。
会話の流れから考えて、ヒッグというのはあの浮浪者の男の名前だろうか。
ここに隠したと吐いたとか、逃げようとしたから殺したとか聞こえたが……。
トワルとフィオナが耳をそばだてていると、三人の足音は二人が隠れている部屋の前を通り過ぎていく。
「これであれの行方を完全に見失ったら、今度は俺たちがボスに消されるかもな」
「……いい加減しつけえな。何ならてめえだけ先にここで消してやろうか?」
「いい加減にしろ。今は――」
唐突に眼鏡の言葉が途切れた。
同時に足音が一つ聞こえなくなる。
間もなく他の二つの足音も止まった。
「おい、どうしたんだ?」
「……この部屋、誰か入ったか?」
「いや」
「俺も知らねえ」
「扉に張られてた蜘蛛の巣が千切れて垂れてる。さっき通った時はこうじゃなかったはずだ。……どうやら誰かがここを開けたらしい」
――気付かれた!
トワルとフィオナは顔を見合わせた。
それからそれぞれ室内に視線を走らせる。
隠れられそうな場所はない。それにここは二階。飛び降りられる高さではないし、そもそもずっと放置されていた窓がすんなり開くかわからない。
廊下に出るしか逃げ道は無いようだ。
三人組はかなり近い。迷っている暇はない。
フィオナが、
「どうするの?」
「大丈夫だ。あの三人に出くわすとは思わなかったが、万が一に備えて色々用意はしてきたんだ。気休め程度だから使わずに済ませたかったんだが……」
そう言いながらトワルは懐からハンカチを取り出してフィオナに渡した。
さらにもう一枚ハンカチを出して自分の口元に当てながら、
「それで自分の鼻と口を押さえてくれ。これから扉を開けるから、全力であの三人とは反対の方向に走るんだ」
「どういうこと?」
「悪いが時間がない。説明はあとだ。行くぞ」
言うが早いかトワルは扉を開けて廊下に飛び出した。
フィオナが慌てて駆け出して行くのを横目で見ながらその場に留まる。
三人組は目を丸くした。
「お前、昨日の質屋のガキじゃねえか!」
「なんでこんなとこにいるんだ?」
「そりゃあこっちの台詞だよっと!」
トワルは懐から握り拳くらいの袋を取り出すと、三人ではなく天井に向かって投げつけた。
袋が破け、入っていた粉が辺りに散乱する。
思い切り粉を吸い込んでしまったスキンヘッドが咳き込みながら、
「な、なんだこの粉。目くらましのつもりか」
トワルが踵を返して駆け出していく。
「待ちやがれ!」
猫背が後を追いかけようとしたが、
「待て、早まるな」
眼鏡が呼び止めた。
「なんでだよ。逃げちまうぞ」
「あの小僧、布を当ててただろ。ひょっとしたらこの粉、毒か何かかもしれない」
眼鏡は口元に手を当てながら言った。
それを聞いてスキンヘッドが顔色を変え、吸ったものを吐き出そうとさらに激しく咳き込む。
猫背も慌てて後ずさりしながら、
「でもどうするんだよ。追わないと不味いだろ」
「俺はここで見張っておく。お前らは別の通路から回り込んで追いかけてくれ。挟み撃ちにして捕まえるんだ」
「お、おう」
「わかった」
眼鏡がその場に留まり、他の二人は駆け出して行った。
トワルは先を走るフィオナに追いついた。
「もうハンカチ外しても大丈夫だ」
フィオナが、
「あの粉は何?」
「ただの小麦粉さ」
と、トワルは言った。「それより、この近くでどこか隠れられる場所はあるかな」
「こっちよ」
フィオナは少し考えてから走る方向を変えた。




