第1話-15.質屋と宝石、外出をする
「よし、こんなもんか」
トワルは店の玄関に貼った紙を確認しながら頷いた。
『本日臨時休業』
朝。
支度を済ませたトワルとフィオナは戸締りを済ませて店の前にいた。
客向けの貼り紙も済んだのでもういつでも出発できる状態である。
フィオナが、
「まっすぐ屋敷に向かうの?」
「途中で自警団の詰め所に立ち寄ろうかと思ってる。アンブレさんか誰か知り合いに昨日来た連中のことは伝えておいた方がよさそうだからな。それと一応、これから屋敷の様子を見に行くって事も」
と、トワルは言った。「それより本当に歩くのか? ここから屋敷までは結構な距離があるし、なんなら宝石に入って休んでてくれてもいいんだぞ?」
トワルは『災いを呼ぶ死神の石』を上着の内ポケットに入れていた。
必要ないとは思ったのだが、あの浮浪者がトワルの顔を覚えていない可能性もある。
やり取りを円滑にするために念のため持って行くことにしたのだ。
「平気よ。あなたに歩かせて私だけ楽をするわけにもいかないでしょう。それに、これでも体力には自信があるんだから」
「それならいいが」
と、トワルは言ってから、店に振り返って、「それじゃミューニア、留守中のことは頼んだぞ」
『はい。お二人ともいってらっしゃいませ』
フィオナが店に手を振り、それから二人は出掛けて行った。
それからしばらくして、オーエン質店に一人の訪問客がやって来た。
トワルが途中で声を掛けるつもりでいた自警団の副団長、アンブレである。
アンブレは玄関の張り紙を見て、
「臨時休業か……」
『アンブレ、おはようございます』
アンブレは屋根を見上げた。
「ミューニアか。おはよう」
この店とは先代の頃からの付き合いなので当然ミューニアの事も知っているのだ。
『マスター代理とフィオナでしたら今朝早くに出掛けて行きました』
と、ミューニアは言った。
アンブレは意外そうな顔をして、
「二人で出掛けた? もうデートするような間柄になったのか」
『いえ、デートではありません。マスター代理はアンブレの所へ立ち寄ると言っていましたが、会いませんでしたか?』
「私の所に?」
アンブレは微かに眉を寄せた。「行き違いになったようだな。トワルたちは私に何の用だったんだ?」
『アンブレへの連絡事項は以下の二点になります』
ミューニアは昨日やって来た三人組の強盗のこと、そしてトワルとフィオナは『災いを呼ぶ死神の石』を売りに来た浮浪者の男の行方を探すため幽霊屋敷へ出掛けたことを説明した。
アンブレは黙ってミューニアの説明を聞いていたが、次第に顔が険しくなっていく。
ミューニアは説明を終わらせると、
『アンブレ、どうかしたのですか?』
「実は今朝、西区で身元不明の男の遺体が発見されてな」
と、アンブレは言った。「男は恐らく複数名に殴る蹴るの暴行を加えられたあと、背後から短い刃物で内蔵を刺されて殺されていた。近隣住民からの聞き込みによると昨晩遅くに争うような物音を聞いたらしい」
『そうなのですか。しかし、それがマスター代理とどういう関係なのですか』
「現在身元を確認中なのだが、その遺体の特徴はトワルが話していた『災いを呼ぶ死神の石』を売りに来たという男のものとほぼ一致しているんだ。だから私はトワルに遺体の確認を頼むためにここへ来たんだよ」
『なるほど』
トワルとフィオナが探しに行った男が、全く別の場所で遺体で発見されていたのである。
二人が屋敷へ向かったのは言わば無駄足になってしまったわけだが、問題になるのはそこではない。
最近この街へやって来た男の遺体と、その男が売った物を奪おうとしていた三人組。
男を殺した凶器は短い刃物で、三人組はといえばナイフを持ち歩いていた。
事件と関係があると考えたほうが自然だろう。
仮に事件自体とは無関係だったとしても何か事情は知っているはずだ。
「私は念のためトワルたちの後を追う。もしまた行き違いで二人が帰ってきたら店の中で待っているよう伝えてくれ。その三人組とやらがまたこの店へやって来ても対応できるよう、部下を何名かここへ向かわせる」
『かしこまりました』
ミューニアが返事をする。
アンブレは足早にその場を後にした。