第1話-14.質屋の店主、紹介をする
「この子は何? ねえ、何なのこの子」
フィオナがそわそわしながらトワルに尋ねる。
「ダンジョンコアという物なんだそうだ」
「ダンジョンコア?」
トワルは頷いた。
「古代遺跡の仕掛けを管理する制御装置で、元はどこかの遺跡で使われていたものらしい。大昔に師匠が持ち帰ってきてこの店の天井裏に設置したんだ」
するとミューニアが口を挟んだ。
「マスター代理、その説明は適当ではありません。訂正を求めます。私は『ユメス古代図書館』の予備のダンジョンコアです。メインのコアであるマザーユメスは現在も古代図書館で正常に稼働しています」
抗議の意思を示しているのか、ぶんぶんと両手を振り回す。
「そうだったか」
と、トワルは言った。
ミューニアの背後ではフィオナがそーっと両手をミューニアに近付けている。
ちゃんと話は聞いているようだが、それはそれとしてミューニアに触ってみたいらしい。
トワルは続けた。
「ミューニアは今はこの店の警備をしてくれている。直接的にはさっきのように警報を鳴らすくらいしかできないが、侵入者を察知して知らせたり店の壁に障壁を張って強度を高めたりもできるんだ。フィオナが最初のとき壁をすり抜けられなかったのもミューニアがそういった類の障壁を展開していたからさ」
「へえ。あなたこんなに小さいのにとても賢いのね。偉いわ」
いつの間にかミューニアを抱き上げたフィオナが頬ずりしながら言った。
ミューニアはされるがままになりながら、
「フィオナ、訂正を求めます。この体は意思疎通を円滑にするための仮の個体です。私の本体は小さくありません」
「そうなのね。ごめんなさい」
フィオナはそう言って微笑んでからトワルに、「あなたがマスター代理って呼ばれてるんはどうして?」
「師匠がマスターなんだよ」
「なるほど、そういうこと」
ミューニアは自分をここに設置したトワルの師匠、オーエンを主人と認定しているらしい。
その主人が行方不明で、トワルがここを引き継いだからマスター代理ということだ。
「ひょっとして、あなたが行きたがっているラニウス遺跡にもこういう子がいるのかしら」
「どうだろう。俺は見た覚えはないが、同じ文明に作られた物だし似たようなのはいるかもしれないな」
フィオナは意外そうに、
「同じ人たちが作ったの?」
「ああ。詳しく話すとかなり長くなるからざっくりした話になるが、今から千年ほど前までこの地上のほぼ全域を支配していた古代文明があったんだ。現代よりも遥かに優れた技術を持った文明で、呪いとか魔法とか、奇跡を起こすって代物のほとんどはその文明の遺跡からの出土品なんだよ」
と、トワルは言った。「ちなみにその文明の人間たちは大体千年前に突然滅んでしまったらしく、以降の歴史では影も形もない。一体何があったんだろうな。この世界の考古学の大きな謎の一つだよ」
フィオナが、
「じゃあ、私の宝石もその文明の人たちに作られたのかしら」
トワルは少し間を置いてから、
「……恐らくな。ミューニアの障壁をすり抜けられなかったことを考えても同じ技術由来の可能性が高い」
なるほど、とフィオナは思った。
だとすれば、宝石の呪いの謎を解き明かせれば遺跡探索許可の実績になるどころかトワルがこちらへ召喚された原因解明の直接的な手掛かりになる可能性さえあるのだ。
トワルがフィオナのことを手放そうとしなかったわけである。
「ねえ、ミューニアは何か知ってる? その古代図書館っていう遺跡の管理をしてたんでしょ?」
フィオナが尋ねると、ミューニアは首をぶんぶん振った。
「黙秘します。その件に関しては発言の許可が下りていません」
「え」
フィオナがきょとんとする。
トワルが、
「聞いても無駄だよ。そいつが悪い訳じゃなくそういう命令を仕込まれているみたいなんだ。まあ古代文明の方々も突然地上から消えたっていうなら何かしら言いたくない都合とかがあるんだろう」
「そうなのね」
フィオナはそう言いながらミューニアの頭を撫でた。
ミューニアはしばらくそのまま撫でられていたが、
「マスター代理、そろそろお時間のようです」
「そうか、もうそんなに経ったか。今日はありがとうな」
「はい。フィオナも今後よろしくお願いします」
ミューニアの体が光り始める。
「え? 時間ってなに?」
フィオナが困惑してトワルを見た。
だが、トワルが答える前にミューニアの体は弾けて消えてしまった。
フィオナが絶句する。
「……ひょっとして、強く抱き過ぎて潰しちゃったの?」
みるみる青ざめていくフィオナにトワルは慌てて、
「違う違う、大丈夫だ。ミューニアが今の姿になれるの短時間だけなんだよ」
と、言った。「師匠が強引に設置したせいか万年エネルギー不足な状態でね。店の警備や短い会話だけなら問題ないんだが、顕現するとすぐにガス欠になっちまう。だから面と向かってのやり取りは時々しかできないんだ」
「そうなのね……」
フィオナは残念そうに言ったが、すぐに気を取り直すと天井を見上げて、「よろしくねミューニア。次に会えるのを楽しみにしてるわ」
『はい、フィオナ』
天井から返事が返ってきた。
トワルが、
「まあそういう訳だから、さっきの連中が来てもすぐにわかる。今夜は備えだけしておけば大丈夫だ」
「わかったわ」
「じゃあ今日はさっさと飯を済ませて寝てしまおう。簡単なものでいいか?」
「ええ」
と、フィオナは頷いたが、少し迷ってからおずおずと、「あの、トワル。頼みがあるのだけど」
トワルは怪訝な顔で、
「なんだ?」
「夕食作るところ横で見ててもいいかしら」
「構わないがどうかしたのか?」
トワルが不思議そうに尋ねると、フィオナは目を逸らしながら、
「いえ……あのほら、今日の朝食失敗したでしょ。だからリベンジがしたいというか……」
ずっと気にしていたのである。
トワルは納得した様子で、
「そういうことか。ただ俺のやり方見ても参考になるかわからんぞ。ずっと一人だったから食えればいいって感じの飯しか作ってこなかったし」
「大丈夫よ。基本さえわかれば後はこちらでどうにかするわ」
フィオナは腕組みしてふふんと笑った。「今度こそ私の凄さを思い知らせてやるわ。絶対に美味しいって言わせてやるから覚悟しなさい!」
素直にありがとうと言えばいい話だったのだが、妙に照れ臭かったせいでおかしなテンションになってしまった。
案の定トワルにはそれが伝わらず、不思議そうな顔をされてしまった。
「なんか初対面の時みたいな話し方だな」
フィオナは赤くなって、
「し、仕方ないでしょ! ずっとこういう風に脅かしてきたから今更すぐには変えられないのよ!」
「そういうもんなのか」
と、トワルは言った。「というか、言われてみれば言ってなかったっけ。悪い」
フィオナは首を傾げて、
「何を?」
「朝作ってくれたあれ、十分美味しかったぞ」
フィオナは耳の先まで真っ赤になった。
「~~~~~ッ!!」
「おい、何で押すんだよ」
「うるさい! 早く台所行くわよ!」
二人はそんな言い合いをしながら店の奥へ消えていった。
天井から生暖かい視線を送られていた気がしたが、多分気のせいだろう。