第1話-13.質屋の店主、絡まれる
そっと近付いて行くと、三人組はごそごそと裏口の扉を弄っていた。
「もしもし、お客さん」
と、トワルは丁寧な口調で声を掛けた。「お店の入り口はそっちじゃありませんが」
三人組が振り返る。
眼鏡を掛けた細目の男に、スキンヘッドで筋肉質な男に、長身で猫背の男。
三人のそれぞれの特徴はそんな感じだった。
声を掛ける前のやり取りを見たところでは眼鏡の男がリーダーだろうか。
いずれにせよ、顔つきや雰囲気から察するに三人ともまともな職業の人間ではなさそうだ。
三人組は突然声を掛けられて慌てた様子だったが、やって来たのがトワルが一人だけなのを見て余裕と思ったらしい。
スキンヘッドがにやにやしながらトワルに近付いて来て、
「すまねえな兄ちゃん。俺たちは客じゃねえんだわ」
「では、どういったご用件で?」
と、トワルは尋ねた。
トワルがスキンヘッドとやり取りをしている間に猫背の男がトワルの背後に回り込んだ。
トワルに逃げられないようにするためだろう。
眼鏡の男が、
「ちょっと譲って欲しいものがあってね。昨日よそ者がここへ来て売って行ったものがあるだろう。それを渡してくれないか」
「……昨日ですか? さて、そんなお客さんいましたかねえ……」
トワルはとぼけた振りをしたが、内心驚いていた。
昨日来たよそ者、というのは間違いなく例の浮浪者の男のことだろう。
つまり、この連中が狙っているのは『災いを呼ぶ死神の石』。
今朝のベルカークに続いて二組目である。
ただのゴロツキか何かだと思ったがどうやらそうではないらしい。
さっさと追い払うつもりだったが、トワルはもう少し粘って情報を聞き出すことにした。
「昨日はいろいろなお客様がいらっしゃいましたからねえ。よそ者とだけ言われてもどなたの事なのか……。その方の容姿やご職業はわかりますか?」
するとスキンヘッドが苛立った様子で、
「ごちゃごちゃ抜かすな。珍しいもん売りに来た奴がいただろうよ。覚えてねえわけがねえだろ」
「……ひょっとして、身なりのあまり宜しくない中年の男性のお客様ですか?」
と、トワルが探りを入れてみると、眼鏡が反応する。
「そうだ、そいつだ。やっぱりここに来てたのか。なんなら金を払ってもいい。あいつが置いて行ったものを譲ってくれ」
「そう言われましても」
トワルは困り顔で言った。「こちらも商売ですので質入れされたものを勝手にお渡しすることはできません。あのお客様とあなた方がどういった関係か、それと私が預かっているあの品をどんな理由でお求めになっているのかお話頂けませんか? 納得できる理由が頂ければお譲りできるかもしれません」
すると、首筋に冷たいものが当てられた。
何かの刃物だ。
「答えてやってもいいが、知っちまったらお前もただじゃ済まねえぞ」
背後から猫背の声がする。
脅しか? と思ったが、眼鏡が本当に焦った様子で、
「おい、よせ」
どうやら猫背は単純に手が早いタイプらしい。
さすがに首を切られるのは御免だ。
話を続けられるのはここまでか。
「はてさて。困りましたね」
トワルは溜め息をつくと、腕を軽く上げてパチンと指を鳴らした。
すると、
パプ~~~~~ッ!!
突如、屋根の上から大音響でラッパのような音が鳴り響いた。
三人組がギョッとして、
「な、なんだ!」
「屋根の上に何かいるぞ!」
「他にも誰かいやがったのか!」
気を取られている隙にトワルは素早く猫背から離れて、
「俺が合図したら警報を鳴らすように頼んでおいたんだ」
と、言った。「もうすぐ自警団が駆けつける。ここは袋小路の一番奥だから早く逃げないと捕まるぞ?」
自警団が来るというのはただの脅しである。
まあ、もし近場を見回りしている団員がいたら本当に駆け付けてくれるかもしれないが。
だがそんな事など知る由もない三人には効果てきめんだった。
眼鏡とスキンヘッドが露骨に狼狽える。
騒音で周辺の住民が家から顔を出し、何事かと通りがざわつき始めた。
猫背がナイフを強く握りしめて、
「このガキ……!」
と、トワルににじり寄ったが、
「構うな! さっさと行くぞ!」
眼鏡とスキンヘッドがさっさと駆け出して行く。
それを見て猫背も慌ててナイフを仕舞うと、
「てめえ、覚えてやがれ!」
捨て台詞を残し二人の後を追いかけて行った。
トワルはホッと息をつくと屋根を見上げて、
「ありがとな。もう大丈夫だ」
『了解しました』
返事とともにラッパが鳴り止んだ。
「トワル! 大丈夫? 怪我とかしなかった?」
店に入るなりフィオナが心配そうに駆け寄ってきた。
トワルはややくたびれた様子で、
「大丈夫だ。少々ヒヤッとしたが、ああいうガラの悪いのが来るのはよくあることだから」
「よくあることなの?」
「治安が良くなったから随分頻度も下がったがね。まあ対応の仕方さえ覚えたらあとは慣れだよ」
「えぇ……」
フィオナは何とも言えない顔をした。
「それよりもちょっと確認したいんだが」
トワルは今の三人組の狙いが『災いを呼ぶ死神の石』だったことを話した。
するとフィオナは困惑して、
「……それ、どういうこと?」
「心当たりはないか?」
「無いわ。だって、つい先日まで私ずっと屋敷に隠されていたんだもの。それ以前だって宝石を狙う人達なんていなかったし」
そこまで言ってからフィオナはふと思い出したように、「そういえば、今朝訪ねてきたベルカークさんは? あの人も随分『災いを呼ぶ死神の石』にご執心なようだったけど」
「いや、さすがにあの人もこんなに早く手出しはしてこないだろう」
と、トワルは言った。「それにあの人ならやるにしてももっと確実な手段を使うよ。少なくともあんな雑な手口の連中を雇ったりはしない」
「そう……それなら私には何も思い当たる節はないわ」
「ふむ……」
どうもよくわからない。
ベルカークに続いて謎の連中まで『災いを呼ぶ死霊の石』を狙っている。
しかし、フィオナには心当たりはないという。
あの連中、それに顔には出していなかったが恐らくベルカークも、宝石を手に入れるのをかなり急いでいる様子だった。
何の目的で?
どちらも同じ目的なのだろうか。
今のところ、疑問が増えるばかりでわからないことだらけだった。
あの三人の狙いが宝石だと予めわかっていたら捕まえるという手も取れたのだが……。
「とりあえず、明日は店は休みにしてお前さんがいたという屋敷へ行ってみよう」
と、トワルは言った。「あいつらもお前さんを売りに来た男のことを知っていたみたいだし、あの人から話が聞ければ何かわかるかもしれない」
フィオナは頷いた。
「わかったわ。……でも今夜は大丈夫なの? さっきの人達がまた戻ってきたりしない?」
「ああ、それなら――」
と、トワルは言いかけてから、「そういや紹介の途中だったな」
フィオナも思い出した。
「そういえば紹介って何のこと?」
するとトワルは天井を見上げて、
「ミューニア、出て来れるか」
『はい、マスター代理』
先程の抑揚のない声が聞こえたかと思うと、天井全体が淡く輝いた。
その光が一ヶ所に集まり、そのままポトリと雫のようにカウンターの机の上に落ちてくる。
「お待たせしました」
そこにいたのは手の平サイズの小さな女の子だった。
白い髪に白い服、赤い瞳。どこか兎を連想させる容姿である。
「かわいい……」
フィオナが目を輝かせながら呟いた。