第1話-12.呪いの宝石、看板娘になる
「……っていうわけだからね、私も凄く心配してたのよ。それにトワルったらこんな感じで愛想も良くないでしょう。それが突然女の子雇ったなんて聞いたから悪い女にでもコロッと騙されたんじゃないかって。でもまさかあなたみたいな可愛くて礼儀正しい子だったなんてねえ。トワルなんかには勿体ないくらいさ」
「ははは……ありがとうございます」
フィオナは少し困ったように笑いながら相槌を打った。
もう何度目の相槌かわからない。
トワルが、
「おばさん、鞄の修理終わったよ」
すると近所のおばさんは思い出したようにトワルに向き直り、
「あらそうかい。相変わらず仕事が早いね。……それじゃトワル、こんな機会二度と無いかもしれないんだから絶対に逃がすんじゃないよ。こんないい子泣かせたらあたしが承知しないからね!」
「だからそういうのじゃないってのに。ご来店ありがとうございました」
……カランカラン、と玄関の扉が閉まる。
「ようやく終わった……」
トワルは精魂尽き果てたといった感じでカウンターに突っ伏した。
懸念していた通りだった。
普段ならば日に三十人も来客があれば多い方だというのに、今日は開店直後からほとんど客足が途絶えなかった。
お陰でトワルもフィオナも食事を交代で取らなければいけないほどの働き詰め状態。
最後の客である先程のおばさんを捌き終わり、窓の外を見てみれば既に日が傾きかけている。
フィオナも意外そうに、
「昨日は全然お客さん来なかったのに今日は随分多かったわね」
「……まあ、こういう日もあるんだよ」
と、トワルは曖昧に答えたが、原因はわかっていた。
酒場『ウェーランド亭』の店主。あの人がフィオナのことを言いふらしたのだろう。
トワルがうっかり漏らしたのが原因だが、まさかここまで酷いことになるとは思わなかった。
もちろん本人もついさっき店に来ていた。
素知らぬ顔で、皿を割ってしまったから補修して欲しいとか言ってきた。
普段なら割れた皿などさっさと捨てているだろうに、白々しい。
……とは言っても、不服ではあるが感謝もしなければいけないかもしれない。
「あの、トワル。私の接客どうだったかしら。変なこととかしてなかった?」
フィオナがおずおずと尋ねてきた。
トワルは起き上がりながら、
「何も問題なかったよ。むしろ初めてであれだけ上手くやり取りできれば上出来だ」
「そ、そう? ならいいんだけど……」
フィオナは今朝と比べて随分元気になったようだった。
やって来た客と話をしたり、目の回るような忙しさだったりしたお陰でいくらか気も紛れたのだろう。
あの様子であれば明日は幽霊屋敷――フィオナの言う『ランスターさんの屋敷』に行っても問題なさそうだ。
それに、接客の合間に左腕を色んな角度からコソコソ眺めているのを見た限りでは、トワルが渡したブレスレットのこともそれなりに気に入ってくれたようだ。
トワルはそれについても内心ホッとしていた。
フィオナがお茶を出しながら、
「それにしても、今日持ち込まれたものって普通の鞄とか皿とかばかりだったわね。それに質屋以外の仕事のほうが多かったし。この店はてっきり私とかあの御札みたいな特殊な物ばかり扱っているのかと思っていたわ」
するとトワルは、
「質入れなんて普通に生活してたら頻繁にやるもんじゃないからな。それに、この街にはうち以外にも質屋はいくらでもある。質屋の看板を掲げてはいるが、それ以外のこともやっていかないと食べていけないのさ」
この街は商業都市と称されるだけあって他の街や村、国などとの交易が盛んに行われている。
だから各地から様々なものが運ばれてくるのだが、『オーエン質店』は立地も悪く店自体も小さいためそういったものの恩恵を受けられることはほとんどない。
そのため、質屋を名乗ってはいるもののこの店の実質的な収益源は修理業務である。
主に近所の住民の壊れた家財を修理して手間賃を得ているのだ。
棚にぎっちりと並べられているものも大半は修理待ちか受け取り待ちの品。
もちろんフィオナの時のように質屋としての商いもしてはいるのだが。
「ふーん、難しいものなのね、商売って」
「俺の場合は先代から引き継いだものをそのまま続けてるだけだから恵まれている方だよ」
トワルはお茶を啜りながら、「それに、いわゆる呪いや奇跡を起こすって言われる品の九分九厘はインチキ……とまでは言わないが、種が分かってしまえば単純な仕組みの物ばかりだからな。お前さんみたいな本物にお目に掛かることなんて滅多にないのさ」
「そうなの?」
「ああ」
トワルは頷くと簡単な説明を始めた。
例えば、この街の領主の館の倉庫には『精霊の鎧』呼ばれる鎧が代々保管されていた。
着用すると精霊の加護により身体能力が強化され、普段より素早く動けるようになるという不思議な鎧だったが、当代の領主が職人に調べさせたところ、内部にカラクリめいた工夫が施されており、着用者の体型に合わせて鎧がある程度変形するようになっていた。
その機構によって体にフィットするため、サイズの合わない量産品の鎧と比べると格段に動きやすく、また疲れ難くなっていたのである。
現在ではこの街の兵士や自警団は全員その機構が組み込まれた鎧を着用して任務に当たるようになっている。
また、オーエン質店に実際に持ち込まれたものだと『狂者の鏡』というのがあった。
鏡面を覗いた者の精神を狂わせるという触れ込みの鏡だったが、こちらはもっと単純だった。
鏡を作った人間の腕が悪く、鏡面が歪んでいただけの話だったのだ。
運が悪かったのは、その歪みがはっきりしたものではなく、ごくごく微妙なレベルの歪みだったこと。
普通に見ただけでは何も気づかないが、そこに映る自分の像はどこか僅かに違っている。そんな微妙な違和感が本人も知らぬ内にストレスとなって積み上がり、何かの弾みで精神に異常をきたす原因に繋がる。
そんな暗示めいた絶妙な歪み方だったのだそうだ。
その鏡はいつの間にか店から無くなっていたが、師匠の話ではオカルトマニアの金持ちが高額で買い取っていったらしい。
狂者の鏡の話を聞くとフィオナが、
「ひょっとして、私の宝石にもそういった仕掛けがあったりするのかしら」
だがトワルは首を振った。
「いや。俺が見た限りでは『災いを呼ぶ死神の石』にはそういった外見的な仕掛けは施されていなかったよ」
師匠から聞いた話では、カットの模様や光沢で宝石を見続けた者に暗示や催眠をかける方法もあるらしいが、昨晩確認したところそういった形跡は無かった。
「そうなのね」
フィオナは溜め息をつき、なんとも微妙な顔をした。「わかってはいたけれど、呪いを解くのは大変そうね」
「そうだな」
「あれ?」
フィオナはふと思い出したように、「私やお札が希少な物なのなら、私がすり抜けられなかったこの店も何か特殊なものなのかしら」
するとトワルは思い出したように、
「そういやまだ言ってなかったな。今のうちに紹介しておくか」
フィオナはポカンとして、
「紹介?」
トワルは天井を指差して、
「実はこの店には――」
と、言いかけたが、不意に真顔になって口をつぐんだ。
フィオナは怪訝な顔で、
「どうしたの?」
トワルは返事をせず、人差し指を口元に当てる。
静かに、という意味だ。
何かあったらしい。
フィオナも口をつぐんで耳を澄ませていると、
「おい、本当にここなのか?」
「うるせえ喋るな。見つかったら面倒だろうが」
窓の外、店の裏手のほうで何やら声と物音がする。
トワルとフィオナが窓からこっそり様子を窺うと、裏口の辺りで三人組の男が何かやっている。
フィオナが小声で、
「なにあれ」
「盗みか何かだろう。時々ああいう連中が出るんだよ。明るい内からあんな堂々とやって来た奴は初めてだが」
「どうするの?」
フィオナは左腕のブレスレットに手を掛けて、「私が驚かしましょうか?」
霊体状態でのフィオナに出来ることは実はあまり多くない。
空を飛び、壁をすり抜け、手で持てる程度の小物を自在に動かす。
トワルと出会った時に見せたものが全てだった。
それでも何も知らない人間を驚かして追い払うことくらいはできるだろう。
だがトワルは首を振った。
「まだ日も出ているし幽霊を見せても効果は薄いかもしれない。俺が行ってくるよ。無いとは思うがただのお客の可能性もあるし」
それに、とトワルは思った。
意図した訳ではなかったがせっかくフィオナが近所の人たちに受け入れられたのだ。
騒ぎを起こしてフィオナの霊体の姿を晒したくない。
「でも……」
フィオナは心配そうな顔をする。
「大丈夫だ。こういうのは初めてじゃないしな」
と、トワルは言った。「それに、紹介するのには丁度いい」
「紹介? そういえばさっきも言っていたけど何のこと?」
フィオナが首を傾げていると、トワルは天井を見上げて、
「ミューニア、動けるか?」
『はい、マスター代理』
天井から返事が返ってきた。
何だか異様に抑揚が無いというか、感情の掴めない声だった。
「え、誰?」
フィオナは目を丸くした。
この建物にはトワルと自分以外が住んでいるような気配はは無かったはずだが……。
「これから外の連中の相手をしてくる。危なそうなら援護を頼む」
『わかりました』
状況を飲み込めないフィオナを残し、トワルは玄関から出て行った。