平凡な助力者(1)
「おはよーございまーす」
「おはよう白浜さん」
「げぇっ、まーた若苗さんいた」
「人の顔見て不気味さを露骨に出すのやめてもらえる?」
「だって毎週土日いるし、平日も出てるんでしょ? 学校とジムにも通ってるのに、若苗さんの一週間って何日あるのさ?」
「よく口が回るな。時間を効率良く使えば七日で事足りる」
「よく頭が回っていいねー。羨ましー」
「白浜さんって俺のこと嫌いだろ」
「たまに癇に障る程度じゃ嫌わないって。これでも尊敬してる方」
朝九時から出勤の日曜日は多少眠気が残る。
先に来て準備していた俺を見るなり、失礼な態度を取った白浜杏璃も今日はバイトの日。
俺より二ヶ月遅れで雇われた彼女は、基本的に土日の日勤しか入らない。
学校は違うけど同学年ということで遠慮がなく、こんなやり取りも日常茶飯事だ。
個性が無いのを個性としてるような女子高生だから、声も俺の採点で平凡値の六十点。
互いに関心が薄い分、多少雑に扱っても傷跡が残らないどころか、完全にノーダメージなのだ。
どことなくボーイッシュな風貌もそれを助長させる。
無個性な同僚は荷物をロッカーにしまい、抑揚のない声で尋ねた。
「そうだ若苗さん、ウチの髪変わったの分かる?」
「元からそのくらいの長さかと思ったけど、また切ったの?」
「やっぱ見抜かれないかー。予想通り過ぎるー」
「ほーん……」
明るいボブヘアが昨日とどう変化したのか知らないが、解説もなく出勤時間を迎えた。
うちのコンビニは休日の方が暇なくらいで、店長が日曜に休むのもお決まりパターン。
夕方に副店長が来るまでバイト運営になるが、そんな時こそ白浜とは腕を組みやすい。
彼女は真面目さにこそ欠けるものの、どんな業務もそつなくこなすし手際も良い。
先輩スタッフ達を含め、阿吽の呼吸で回る。
発展はなくとも現状維持に務めるなら、アルバイトだけのこの時間が最も円滑なのだ。
あっという間に一時間半が経過し、昼過ぎのピークに向けて売り場の確認は怠れない。
急に気温が上がったせいで、飛ぶように売れた飲料コーナーなんてスカスカだった。
まず率先してやるべきはこれだな。
「白浜さん、俺ドリンク補充行ってくるわ」
「それならウチがやってくるよ。若苗さんのがレジ早いじゃん?」
「んー、じゃあ頼む」
ガラス扉の向こう側——つまりウォークイン冷蔵庫は、当たり前だが凍えるほど寒い。
荷物の積み下ろしもあるし、ドリンク出しを華奢な女子に任せるのは少々気が引けた。
だが白浜の主張も一理あると感じ、俺はレジ周辺の業務に専念するのであった。
十五分もした頃には冷蔵庫の飲み物も量感に満たされ、レジ打ちしながらひと安心する。
そんな矢先に忍び寄って来た人影は、なだらかだった俺の心をビシビシと毛羽立たせた。
「緑先輩見ーつけたっ♪」
「桃花っ!? お前、なんでここに……?」
「なんでって、先輩に会う為に決まってるじゃないですか♡」
同じ家から姉がチャリ通してんだから、妹が気まぐれで立ち寄ってもおかしくないか。
この事態を予測できなかった俺に落ち度がある。
面倒事を起こさなければいいけど……。
しかし火に油を注いだのは先輩だった。
「おー、若苗くんが店に彼女呼ぶとはなぁ。俺への当て付けかぁ?」
「山浦さんの恋愛事情とか知りませんよ! てかこの子は彼女じゃなくて、安栗さんの妹です!」
「へぇ、安栗さんのねぇ。それが恋人ではない理由だとでも?」
「ですよねー♪ 理由だとでもー?」
三十路過ぎのオッサンのイジり方うぜぇ。
横から余計な追い風を吹かせるから、小娘まで調子に乗り始めたじゃないか。
だがそこは大人。
山浦さんは俺達を見なかったことにして、仕事の続きへと戻っていった。
これはこれで八方塞がり……と言うか、落とし穴に嵌められただけなんだけど。
万事休すかと諦めかけたその時、業務を済ませた平凡な救世主が現れた。
「若苗さーん、ドリンク終わったんでフライヤー始めちゃってー……って、その人誰?」
「あぁ、お疲れ白浜さん。彼女は高校の後輩で、安栗桃花……って言えば分かるよな」
「あー、なるほど。でも安栗さんは夕方からだよ?」
「今日は緑先輩のバイト姿を見に来たんです♪」
「そっか、冷やかしねー。ウチも手伝おっか?」
「いえ、先輩を困らせるつもりはありません」
「ふーん。若苗さんって声しか興味ないから、可愛くアピっても効果ないよー?」
「そんなんじゃないですよぉ」
今、二人の声の温度が変わった。
白浜はやんわりと濃く、桃花ははっきりと淡く。
桃花に気付いて白浜から話しかけた瞬間は違った。
自然だった声が、どんどん歪になっていく。
そんな印象を受けた。
どういう状況なのか定かではない。
でも放っとくのも危険なのかもしれない。
ただならぬ胸騒ぎを覚えていた。
割って入ろうとしたのだが、無用な気遣いだと言わんばかりに後輩が明るい声を上げる。
「そーだ、桃花にはもう一つ重要なミッションがあったんです!」
「次から次へと……で、その心は?」
「新作のお菓子の調査です♪」
「せめて買ってけ。割に合わねぇ」
「先輩を慕って訪ねてきた後輩は、ご褒美を所望します♡」
「この期に及んでお前……さっさと選べ」
セリフと素行には煮え返る思いなのに、余韻を残す綺麗な響きに逆らえない。
こいつの声は反則だ。
点数では菫に一歩及ばないまでも、独特の芳醇さと艶めきがあって虜になる。
根負けした俺を嘲笑うかのように、はしゃいでお菓子コーナーへと向かった桃花。
一応様子を窺うべく、レジを白浜に託した。
「桃花、これ気になってたんです♪ どっちの味がオススメですか?」
「あぁ、それのシリーズは出る度に好評だから、食べ比べてみろ。白浜さん、ペイで支払うわ」
「ほーい」
桃花から商品を受け取って会計を始めると、先程とは打って変わってキョトンとされる。
「え、ホントに奢ってくれるんですか?」
「いいよ菓子くらい。その代わり、味についての感想文書いて提出な」
「わーい、ありがとうございます♪ じゃあ緑先輩、食べたら感想伝えるので、連絡先教えてください♡」
ご満悦となった後輩は素直に帰って行った。