難儀な恋愛脳(2)
恋人と同じ大学に行くのが幸せな理由。
それを考察する上でなぜ安栗さんが出る?
大木さんの発言の真意が理解できない。
そもそも浮かれてる理由も分からない。
俺は藤之宮姉妹との大学生活を想像した。
確かに楽しそうだとは思う。
しかしこんなに浮き足立つようなことでもなさそう。
では前提を変えて、現在に当てはめてみた。
一緒に勉強、同じ目標。
そこに向かって協力し合えたなら、モチベーションは上がる。
だが病的なまでにふにゃふにゃするか?
いやするはずがない。
してる場合ではない。
相手の為を思うのなら、進学先を検討し直す。
それ以上、俺には考えようがなかった。
悔しいが降参するしかない。
別に悔しくないか。
ここまで考えた流れを大木さんに説明すると、軽いため息と同時に呆れたように笑われた。
「なるほどねぇ。緑くんってさ、ホントに愚直で真面目で馬鹿正直なんだねー」
「それ全部同じ意味じゃないですか。つーか本当に真面目なら、仕事中にこんな会話しませんよ」
「その思考がもう真面目だよ残念イケメンくん。俺今日早めに帰りたいからさ、退勤後に安栗さんに聞いてみー? きっと分かるよ」
再浮上する安栗さんの名前。
大木さんにとって、彼女はどんな位置付けなんだろう?
単に俺が好感を持ってる女性だからなのか。
それにしては、あまりリアリティがない。
俺と彼女が同級生だったらと仮定するのも、恋愛観について語る彼女の姿も。
裏事情を知り、距離感に変化が起きたことで、遠い存在ではなくなったからだろうか。
その後二十二時を迎え、大木さんは宣言通り早々と帰り支度を済ませた。
そして退勤登録中の俺らに挨拶をする。
「お先に失礼しまーす! 安栗さん、お任せしてすみませんが、あとのことはお願いします」
「あ、はい! お疲れ様です大木さん」
安栗さんには何をどう伝えたのか。
詳しくは知らないけど、仕事の合間にちょいちょい会話していたのは目撃した。
他の夕勤メンバーが散って行き、夜勤担当も売り場に出たことで、休憩室には二人きり。
先に話題に触れたのは安栗さんだった。
「話は聞いてます。若苗さんは大木さんの気持ちが気になるんですよね?」
「その言い方だと誤解されそうですが、間違ってはいません。浮かれるほどのことだと思います?」
「大木さんの真意までは分かりませんが、大まかな察しはつきますよ。私も想像するだけで心があったかくなりましたから」
本当に彼女にも共感できたのか。
急に置いていかれた気分になり、そう感じた理由を確認してみる。
「仮にですけど、進学先の影響で好きな人が道を見失ってしまったら、元も子もありませんよね。そこまで考えても喜べますか?」
「それだとあくまで起こり得る結果から想定してますよね。きっと大木さんは、今がこんなに幸せだという結論から、そこに至る経緯を想像してほしかったんだと思います」
「行き着く結果は無視でいいってことですか?」
「将来なんて誰にも分かりません。二人が結婚して幸せになるのか、はたまた悲しい別れを迎えるのか。でも、今を幸福と結論付けた要因って、未来図ではありませんよね?」
「そう考えるとそうですね。俺も好きな声を聴いただけで、幸福感に包まれます」
「恋ってそのぐらい単純なんだと思います。好きな人が自分と一緒にいたいと言ってくれた。それを叶える為に頑張ってくれている。ここに恋心の大きさが比例するので、想いが強いほど溢れ出しちゃいますよね♪」
頬を軽く染めながら笑顔で語る安栗さん。
恋愛経験は無さそうだったけど、憧れの中森さんにでも置き換えたのかな?
内容を反芻してる頃、突然鼓動がざわめき出す。
その際思い返していたのは菫の言葉だった。
俺と電話したい——声を聞くと元気が出る。
友人との駄弁りを楽しむ感覚じゃなくて、あいつ的には大きな意味を含んでいたのかも。
自分の要求を飲んでくれた。
好きな人との約束ができた。
休みの日でも声が聞ける。
菫は気持ちを言葉にして伝えてくれるから、喜んで笑顔になる姿までもが目に浮かぶ。
浮かんだと同時に、俺がドキドキしていた。
「これって……俺も好きってことなのか?」
「ん? 若苗さんにも想像できましたか?」
「ど、どうですかねぇ。大木さんみたいにはならないので、ちょっと違うかもです」
「大木さんの愛の深さまでは測れませんからね」
「点数化したら、満点以外なさそうですもんね。そう言えば安栗さん、今朝、妹の桃花さんが訪ねてきましたよ」
「えっ……な、何かご迷惑をおかけしませんでしたか!?」
あからさまに取り乱した彼女だが、妹はあの性格だし、こうなるのも無理はない。
話題を切り替えるにはうってつけのネタだ。
心を鎮め、声のトーンも和らげよう。
「明るくて茶目っ気たっぷりな子でしたね。クラスでも人気者だろうなって思いました」
「あはは……。決して悪い子ではないんですが、良い顔をするのが上手いんですよ。もし目立つ行為がありましたら、すぐに言ってください。私からも注意しますので……」
その辺りは目に映った通りの印象か。
だが安栗さんの様子はずいぶんと重苦しい。
彼女らしくないし、手に余る問題児には見えなかったけど、まだ闇があるのだろうか。
桃花のことで悩んでるなら、力になれる。
学校の様子を窺えるのは俺なのだから。
一歩踏み出してみるのも悪くないはず。
「分かりました。桃花には俺も気を配っておきますよ。問題が起こりそうならその場で釘を刺しておきます。だから安心してください」
「で、でも、大丈夫ですよ。却って悪化する恐れがあるので、干渉しない手もあります」
「悪化? 前に何かやらかしたんですか?」
「い、いえ、なんと言いますか……桃花は目立ちたがりな気質があるので……」
「あー、それは感じました。自己主張激しいタイプですよね」
「特に若苗さんだと……」
「俺では役不足ですかね」
「そうではないんです!」
力強く否定されたものの続きはなく、曖昧さを残した状態で今回の論議は幕を閉じた。