双子の思惑(2)
「お姉ちゃんはホントに真っ直ぐだよね〜。一度決めたことは必ず有言実行! って感じ」
桔梗の意見には激しく同感だ。
ひしひしと伝わる芯の強さが菫にはある。
でもせっかく修復された関係に亀裂を入れかねない動きは、正直疑問しか浮かばない。
何を考え、どこへ導こうとしているのか。
その答えは、すぐに本人の口から語られた。
「桔梗は愛情深い……わ。大切な人の為に……頑張れる。でも……悲しまれるのが、すごく苦手……よね。自分だけで、背負ってしまう……でしょ? ちゃんと伝えて……ほしいの」
「考え過ぎだよ〜。二人に謝れてスッキリしてるし、やっぱりみんな一緒だと楽しいよー」
「じゃあ、なんで私に、告白させ……たの?」
姉からの問いかけに対し、呆気に取られた様子の妹。
日頃からおどけた態度が多く見られる桔梗だけど、今の反射的な仕草は素に近い気がする。
しかしすぐに笑顔を浮かべて釈明を始めた。
「違くて、あれは結果的にってだけだよー。でもまぁ、お姉ちゃんの恋路は応援したいし、こうやってみんな幸せになれるっしょ?」
桔梗から漂う声の違和感には覚えがある。
この胸糞悪さ、俺の親だった男と同じだ。
母さんを裏切って外で女を作ってた糞野郎。
子供まで拵えて俺達家族を捨てた糞親父。
あいつの飄々とした声が不気味だった。
だけど幼かった俺は奴を信じてしまった。
どんな悩みにも的確なアドバイスをくれる。
何でも知っていて、何でも解決してしまう。
そんな親父こそ絶対的な正義だと思った。
やる事成す事全てが正解だと思っていた。
仕事だと言いなかなか帰ってこなくても、母さんが大丈夫だと言ってくれたから。
とても悲しそうな声なのに、包み込むような優しい笑顔で。
母さんは嘘つきだった。
子供の前ではいつでもあったかかった。
声も心もとっくに冷えきっていたのに。
言葉と声の違いに俺も気付いていたのに。
ずっとあたたかい嘘に騙され続けていた。
でも親父にも帰れない理由があるはず。
あの親父が間違いを犯すはずがない。
そう信じて疑わなかった自分が嫌になる。
最後に親父を見たのは中一の春だった。
突然母さんを泣かせたかと思えば、他の子供の親になるとぬかしやがった。
慰謝料だの養育費だのは折り合いがついたらしい。
だけど別れ際の奴のことは忘れられない。
とても悲しそうな姿に見えた。
俺達に深く頭を下げて謝罪を述べた。
でも声は違う。
明らかに幸せそうだった。
本当に大嘘つきだったのはあいつの心だ。
ヘラヘラした耳障りな声だけが正直だった。
いつでも愛に満ちた母さんの声も正直だ。
安心する言葉を悲鳴のように聞かせてくる。
俺はあの日から声だけを信じることにした。
表情やセリフなら取り繕える。
上辺だけのそれらは声によって丸裸にされる。
善悪も真偽も声だけで判別すればいい。
過去のトラウマが走馬灯のように蘇り、現在の状況に関するヒントをくれた。
時折見え隠れする重みのない桔梗の声は、母さんではなく親父によく似ている。
つまり謀る人間の声色が滲んでいたらしい。
普段は爽やかで愛嬌のある響きなのに、ごく稀に雲を掴まされるような感覚に陥る。
今の声もそう。
菫の為というのは方便だ。
かなり口が重いけど、指摘せねばなるまい。
決意を固めて息を吸い込んだ途端、誤差みたいなタイミングで菫が先に声を発した。
「嘘で、嘘は隠せない……わ。桔梗は本心から幸せと……思えてない。今もすごく辛いのに、仕方なくここに……いる。そう……見えるわ」
的確に急所を狙うようなセリフだった。
聞いてただけの俺まで言葉を失ってしまう。
思っていたことは同じ。
心にもない発言をしていないかと追及するつもりだった。
まさか菫から桔梗に直球を投げるとは。
いや、本来ならこの構図こそ正しいのか。
他人なら誤魔化せても、肉親は騙しにくい。
特にこの姉妹なら愛情は本物だろうからな。
追い詰められた桔梗は、みるみる顔色を変化させていく。
蒼く——ではなく、その真逆に。
焦り出すかと思えばとんだ勘違いだった。
カラになった弁当箱を粛々と片付ける桔梗に、付け入る隙はない。
見てるだけで胸が締め付けられる。
片付け終えてガバッと腰を上げた彼女は、俺達には目もくれずに立ち去ろうとした。
だが姉はそれを許さなかった。
「また……逃げるの? それが……答え?」
「……ごめん、あたし先行く。気付いてたならもっと早く言ってよ……」
投げやりになったのか、独り言のようにブツブツ言い残して一組から出て行く桔梗。
和解したその日に溝が深まってしまった。
うちの姉弟喧嘩よりギスギスしていて怖い。
しかし菫の方は意外と冷静だった。
むしろ安心させようと気遣ってるのか、俺を眺めながら優しく微笑んでいる。
勝ち誇ってるとかではないんだよな?
この現状で彼女の余裕はどう解釈すればいい?
まずは最優先事項を擦り合わせねば。
「桔梗のこと、放置したままでいいのか?」
「大丈夫……よ。あの子はまだ、自分との向き合い方が足りなかった……みたいね」
「そうなのか……。あいつが言ってた気付いてたって、どれについてなんだろうな?」
「あぁ……んー、全部……かな」
「辛くなると分かってるなら、なんで誘ったんだよ——ってところか?」
「それもそう……だけど、私は……確認したかった。他にもそう……ね、桔梗はあなたに、何を望んでいると……思う?」
「それも菫は気付いてるってことか。そうだなぁ……自惚れ込みで考えると、付き合ってくれとか?」
「それだと……赤点、かな。あの子の心はもっと……女なの。複雑で……純粋……ね」
詳しい意味合いはさっぱりだが、菫が桔梗を大切に想ってることだけは再確認できた。
この難問を解くには、恋愛初心者で恋心のこの字しか知らない俺には時間が必要だろう。
もちろんこの部分は安栗さんだけど。
教室内に伝染中のピリピリした空気は、菫の穏やかさによって徐々に薄められていく。
大きな宿題を含めて一応進展はあった。
昼休み終了に伴い菫と別れたけど、桔梗のいる三組に戻る足取りが軽いはずもなく……