双子の思惑(1)
何だったんだあいつ?
行動が完全に理解不能だ。
走り去る桃花を見送り、教室へと戻る為に振り返ると、そこには菫が立っていた。
基本的に無表情だが、今はなんとなく怖い。
作り笑いを浮かべながら軽く左手を挙げた。
「お、おう。時間内に済ませられなくて悪かったな。昼休みの件は桔梗に伝えておくよ」
「うん、お願い……ね。また後……で」
どうやら怒ってはいなさそう。
待たせたまま帰れなかったのに、責めもせず許してくれるのか。
やっぱりいい奴だな。
席に着くと、クラス中からチラチラと視線が刺さってくることに気が付いた。
今度はどんな妄想が広がるのか知らないけど、成り行きに任せるしかない。
実害がありそうなら対処法を考える。
一限が終わり、次の授業の準備時間になった瞬間、斜め前の桔梗の席まで歩み寄った。
「あのさ、今日の昼飯、菫を含めて三人で食わないか?」
「みどりん……うん、そうしよっか。誘ってくれてありがとね」
「いや、実は菫の提案なんだ。たまには一組まで迎えに行ってやろうぜ」
「そうだねー。あたしらいっつもここで食べてたもんねぇ〜」
こいつの笑顔を正面から見たのは、ずいぶん久しぶりな気がする。
頬杖をついてぼんやりしてたけど、特に心配する必要もなさそうだった。
拍子抜けするほどあっさり承諾されたのは、もしかすると天哉のおかげかもしれない。
とは思いつつ、奴に礼をする気は皆無だが。
昼休み開始と同時に背中を伸ばしていると、上機嫌の桔梗が弁当を持ってやって来た。
早く行こうとでも言いたげな表情だ。
こいつはこうでないと、俺も調子が狂う。
「んー? みどりん嬉しそうだねー」
「馬鹿言え、お前ほどじゃねーだろ」
「んふふー、そーかも♪」
「かもじゃない、確定だ。そうにしか見えない」
「えー、みどりん鏡見てみ? 目とかすごいよー?」
ポーチからコンパクトミラーを取り出すと、俺の正面に向ける桔梗。
そこに映った男の顔に、不覚にも絶句した。
頬がだるんだるんで目はニヤニヤ。
漫画でよくあるスケベ面じゃんこれ。
本当に喜んでるのか疑いたくなる。
慌てて鏡を振り払った。
「見せんな! てか早くしないと、菫がこっち来ちゃうだろ!?」
「みどりんのそゆとこカワイーよね♪ こどもみたい」
「うるせーうるせー! お前にだけは言われたくねぇ」
こいつの心理状態はどうなってるんだか。
昨日までとはまるで別人じゃないか。
これで良かったけど、なんか腑に落ちない。
二人で廊下を歩いていると、ちょうど一組の教室から出てきたばかりの菫が見えた。
手の合図だけで事情を察したのか、長い髪を翻してすぐに引き返していく。
俺達が到着した時には、三つの机を綺麗に並べて待ち構えていた。
口数が少ない分、空気を読むスキルが高い。
一組の生徒達が何やらヒソヒソやってるから、ここにも噂が届いているのだろうとすぐに分かる。
すでに学年中に広まってるのかも。
気にしていても仕方がないので、菫の案内に従って腰を下ろした。
「あんまり人数いないな。みんな食堂か?」
「そう……かも。うちのクラスは大体……このくらい」
「菫はいつもどうしてたんだ?」
「あの子達……と、一緒に食べてた……わ」
菫が顔を向けた先には四人の女子が集まっていて、にこやかに手を振っている。
これまで友達と食べてたのに、わざわざ三組まで来てくれてたのか。
嬉しさ半分、もう半分は申し訳なさだな。
物思いに耽っていると、急に桔梗が頭を下げ、泣きそうな声色で謝りだした。
「二人ともごめんね。ずっと心配させて、こんなに気遣わせて……本当にごめんなさい」
「どうしたんだ桔梗? 俺と菫はお前と飯食いたかっただけで、気遣いなんて無いぞ?」
「そう……よ。若苗くん……も、あなたも、私には大切……なの。一緒が……いいわ」
姉の声に顔を上げた桔梗は、涙ぐんでいた。
すかさず頭を撫で始めた菫を見ると、双子とはいえ、姉としての包容力を感じる。
この姉妹もずっと悩んでいたのだろう。
どうやって向き合えば正解なのかを。
ほんのちょっと踏み出すだけだったんだな。
話し合いなんかしなくても、キッカケを作るだけで解決できた。
これも姉妹の絆ってやつか。
場の空気に和やかさが舞い戻ってきた頃、俺はふと気になってたことを思い出す。
それについて尋ねると、桔梗は頭を掻いた。
「そう言えば桔梗、今朝は天哉と何を話してたんだ?」
「あー、あれねぇ〜……」
「歯切れが悪いな。言い難いならいいけど」
「えっと、天くんがね……『緑にムカついたら俺に言え。勝ち目はないけど一発ぶん殴ってやるから!』って、励ましてくれたんだよねぇ」
「なるほど。それであの野郎、あんなに活き活きくっちゃべってやがったのか」
「全部あたしが原因だって、ホントは理解してたんだと思う。みどりんのことも心配してたし」
「どうせ声にしか興味持てない可哀想な奴とか、声で選べないと優柔不断だとか、そんなんだろ?」
「えっ、聞こえてたの!?」
「天哉の思考なんて単純だから、聞かなくても分かるわ」
あのサッカー馬鹿、いつか絶対ぶん殴る。
道理で目も合わせずこっそり消えたわけだ。
本人と同じ部屋で陰口とは、いい度胸してんな。
などと鼻で笑っていたら、目の前では謎の展開を迎えていた。
「顔が怖い……よ?」
「すまん、気にしないでくれ。それよりこの唐揚げはなんだ?」
「美味しい……から、機嫌、直るかな……って、思っただけ……よ?」
「俺に食えと?」
箸で摘んだ唐揚げを、こちらの口元に寄せる菫。
無表情だが、そこはかとなく心配そうなご様子。
てゆーか、この場であーんってのはさすがにキツいだろ。
周りにはクラスメート、隣に妹もいる状況下で、よくこんな大胆な行動しようとしたな。
鋼のメンタルか、実は空気読めないとか?
俺が若干引き気味なのを悟ったのか、菫はこっちの弁当箱にそっとおかずを置いた。
そして真剣な眼差しで妹を見つめ始める。
「私はもう、隠さない……よ、自分の……気持ち。桔梗が、教えてくれた……よね?」