憧れの妹、襲来
朝のHR開始まで残り十五分。
五分くらい天哉達の様子を見てるけど、二人とも自然な雰囲気で会話を続けている。
俺の前では暗い顔ばかりの桔梗だが、他の友人には通常通りに振る舞えるらしい。
やっぱり放任的なのが気に入らないのか?
ここ最近の自分を振り返っていると、急に高めの声で名前を呼ばれた。
隣にいる菫ではなく、クラスの女子から。
「若苗くん、一年生が呼んでるよー」
「一年? どんな奴?」
「えっとね、明るい髪色の可愛い女の子だよ。知り合いかな?」
「いや知らん。一年とはほぼ関わりないし」
廊下で待っていた少女の髪は確かに明るい。
ほんのり赤みを帯びた茶髪を肩の上で二つ結びにした、いかにも女の子らしい女子だ。
藤之宮姉妹を放置して下級生の招きに応じるとか、また誤解を生む予感しかない。
できる限り手短に済ませよう。
「俺が若苗だけど、キミ誰?」
「噂以上のイケメンですね、若苗緑先輩♡」
ついぶっきらぼうに接してしまったが、なんだこの絵に描いたようなぶりっ子は。
名乗る前から相手のご機嫌取りとか、余裕あり過ぎだろ。
こちらの声に力が入ってしまう。
「何を聞いたのかは知らないけど、名前や用件を後回しにして言うべきセリフなのか?」
「怒らないでくださいよー。思わず本音が出ちゃっただけなんです」
「あっそ。んで、キミ誰さ?」
「一年一組の安栗桃花でーす♪ 紛らわしいので、気軽に桃花って呼んでください♡」
「……はぁあ!? 安栗ってまさか——」
「はい♪ 結梅は桃花のお姉ちゃんですよー♪」
想像の斜め上どころではない。
安栗さんの妹にしてこのキャラとか、藤之宮姉妹を超えるとてつもないギャップだろ。
愛想振り撒くおべっか使い、全く崩れない笑顔とくれば、腸は真っ黒だと相場が決まっている。
まぁ外見だけなら、有名アイドルグループでもセンターを勝ち取れそうだが。
小柄で華奢なのに出るとこ出てるスタイルも、男心を的確に突き刺す武器になり得る。
しかし俺的に何よりも許し難いのは、鈴の音のように美しい声質の持ち主という事実だ。
「そのCVなら微ロリ系ぶりっ子キャラより、正統派お嬢様キャラだろうが!!」
「…………はい?」
自分史上最悪の失言を盛大に漏らしてしまった。
目の前の少女はポカンと口を開いているけど、間違いなくドン引きしていることだろう。
こんな醜態が安栗さんに伝わってしまえば、バイト中も気まずくなってしまう。
どうしよう。
人生最大のピンチじゃないか。
声張ってたから周囲の視線も感じるし、穴があるなら今すぐ潜り込みたい気分。
むしろ俺を殺してくれ、誰でもいいから!
俯いて頭を抱えていると、視界に小さな上履きが映り込む。
正面にいた後輩だろうな。
とりあえず姿勢を元に戻そうと動いた矢先に、超至近距離で顔を覗き込まれた。
「大丈夫ですか先輩? 顔色が悪いですよ?」
「えっ? いや、あの……近くない?」
「鼻と鼻がぶつかっちゃいますね♪」
咄嗟に仰け反って緊急回避。
本気で当てる気だったぞこいつ。
吐息が唇を掠めてこそばゆかったし。
それにしても、ボリュームを下げるとちょっとだけハスキーになるのか。
イタズラ好きな雰囲気とはマッチする。
悪くない。
いやむしろ好ましい。
どことなくお姉さんに似た儚げな印象だ。
改めて見ると、顔の作りも似てなくはない。
「……八十七点だな」
「なんの点数ですかー?」
「俺の独断と偏見による声の評点だ」
「ふーん……。緑先輩ってもっとクールな人かと思ってましたが、結構面白いですね♡」
「最近女子からの評価が著しく上昇してるんだが、全員で俺を謀ってるのか?」
「桃花には心当たりがありませんけど、どういった状況なんですか?」
「別に。素を出してんのに、誰の好感度も下がらないのが不自然なだけだ」
顎に人差し指を付けて可愛子ぶったポーズ。
これを当然のようにこなすのだから、常日頃から意識して習慣化したのだろう。
恐るべし、安栗さんの妹のカマトト根性。
だが彼女は真剣に言葉を咀嚼していたらしく、硬めの表情で持論を述べた。
「それって先輩の思い込みじゃないですか? 桃花もイメージと違う人だなって思いましたけど、嫌いになる理由なんてありませんでしたよ」
なぜ出会ったばかりの後輩に説かれてるんだろう……俺。
慰めのつもりなのかな。
もしやこの子も直感で人を見るタイプか?
だとしても、妙に懐かれてる気がするけど。
距離感とか完全にバグってるよな。
ポッキーゲームしてたわけでもないのに。
目を逸らしておくにも限度ってものがある。
「安栗ってさ、異性に対してさっきみたいなことを平気でするの?」
「桃花がいいです♪」
「話を逸らさないでくれるか?」
「………」
膨れっ面を右に向けてシカトされた。
呼び方ひとつにどこまで拘ってんだよ。
「はぁ……。桃花は普通にああいうこと——」
「絶対しません! 他の男子だったら、あんなに接近できるはずないですよ!」
「そ、そうなんだ。じゃあなんで俺に?」
「先輩を試したかったんです。予想よりも初々しい反応で、ちょっとときめいちゃいました♡」
「意味不明なんだが。何を試したのかも、俺なら平気だっつう理由も分からん」
「うーん……だって面白そうじゃないですか♪」
「そんな後付けに納得できるわけ——」
言ってる途中でチャイムが鳴り、廊下にいる生徒達が一目散に教室に入っていく。
あの野次馬共、聞き耳立ててやがったな。
桃花は平然と発言の続きを待ってる感じだが、一年生の教室は下の階にある。
すぐに帰さないと遅刻扱いになるだろう。
階段の方を指差し、威圧的に指示を出した。
「おい、もういいから早く行け!」
「了解です♪ またお話ししましょうね、緑先輩♡」