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憧れとの距離感(2)

「さすがは声優の卵ですね。心の中に染み込むように、スっと言葉が入ってきました」


「感情の機微に敏感じゃないと、良い演技はできません。これでも役者を志す身として、日頃から人を見る目を養うようにしてます」


「見抜かれる側としては赤面ものですよ」


「すみません。若苗さんはとても興味深い方でしたので、入念に観察してしまいました」

 


 悩みも告げずになぜかスッキリしてしまい、スプーンを持つ手も(はかど)っている。


 そんな矢先に言われたセリフは、瞬間的に俺の動作を停止させた。



 観察してたって、変な意味じゃないよな?


 でも俺に特別な興味を抱いてくれてたのか。


 ということはまさか、さりげなく敬遠しながら接してたのも、全部本人に筒抜け?



 硬直が解けたと同時に、焦燥感に(さいな)まれる。


 

「こちらこそすみませんでした! 安栗さんとの接し方にも悩んでいたので、この数日間、すごく気を使わせてしまいましたよね!?」


 

 テーブルに(ひたい)を押し当て、全力で謝った。



 これだけ心理状態を読める人なら、あえて気にしてないフリをしてくれてたに違いない。


 そう感じて情けなくなった。




 十秒くらい間を置き、擦り付けた頭を恐る恐る持ち上げながら、上目遣いで覗いてみる。


 すると彼女は予想に反し、拳を口に当てた姿でクスクスと笑っていた。

 


「ごめんなさい、思い出したらおかしくて。あれ、隠してたんですね。やたらと距離を置かれていたので、私の仕事ぶりにうんざりされてしまったのかと思ってました」


「全然そんなことないです! 安栗さんは何事にも一生懸命なのに、俺はそんな風に生きてないなぁって、惨めになっちゃって……」


「一生懸命私に向き合ってくれたんですね」


「これって向き合うことになってます?」


「もちろんです。私も若苗さんともっと仲良くなりたいので、とても嬉しいですよ♪」


「俺ってそんなに面白い人間ですかね」


「はい♪ 第一声から点数をつけられたのなんて、人生初の経験でした」


「誠に申し訳ございません!!」


「そんなつもりじゃないんですよ? 私の声を気に入ってくれた人ってどんな方なのかな〜って、そうした前向きな好奇心です」

 


 初対面での失言は裏目に出ていない。


 それを知れただけでも収穫としよう。


 いや、もっと大切なことも教えられたか。




 その後ようやく本題に入った俺は、個人名だけは伏せながら、学校でのことを打ち明けた。



 真剣な顔で相槌を打ってくれるし、その際に漏れる声もまた格別な音色となる。


 話したところで、答えはもう貰ってるけど。

 


「なるほど。聞く限りだとその妹さん、お姉さんに遠慮してるみたいですね。二人の時間を作る為に、自分は我慢しないと! って」


「それもありそうです。でも姉としてはそうやって応援されても、素直に喜べませんよね」


「あはは……。私の妹の場合、私が欲しいものをどんどん手に入れてしまうので、そちらの姉妹の関係がちょっと羨ましいです」


「安栗さんにも妹さんがいるんですか?」


「はい。この春から村崎(むらさき)高校に通い始めた、三つ年下の妹がいますよ」


「待ってください、村崎高校って言いました!? 俺の後輩ってことじゃないですか!」


「若苗さんと同じ学校だったんですね! 妹に関わる機会がありましたら、その際はよろしくお願いします」

 


 それから三十分近く歓談していたが、ほとんどバイト関係の内容だった。



 藤之宮姉妹については参考になる意見をたくさん聞けたし、あとは実行あるのみ。


 安栗さんの妹の情報も気にはなるけど、こちらからあれこれ詮索するのも野暮だろう。



 ハッキリしたのは、彼女と喋ってる時間は苦痛にならないということ。



 程よい緊張感で眠気は覚めたが、他の女性に比べれば退屈もせず、普通に楽しめた。



 声を聴いてるだけで満足とも言える。



 本当はもっと話したかったけど、補導されるのは困るので、泣く泣く店を後にした。



 入ったファミレスが大通り沿いの路面店だけあって、外に出ても街灯やヘッドライトで割と明るい。



 駐輪場から愛車を引っ張り出し、跨ろうとしてたところで、気になる発言を耳にする。


 

「若苗さんはやっぱりモテるんですね。同じ高校に通う妹がちょっと羨ましいです」


「え……? それってどういう……」


「私、高校を中退してるんですよ。否定され、拒絶されることに耐えられなくなって、半年もしない内に引きこもってしまいました」


「全然そんな風には見えないですけど……。接客も人付き合いもすごく自然ですし」


「一年半、知り合いの職場で雇ってもらい、その間に知識と経験を補いました。やっとの思いで入学した声優学校は、私にとって外の世界への第一歩みたいなものです。一向に自信が持てなくて、毎日不安だらけなんですよ?」

 


 セリフを裏付けるように浮き上がった苦笑は、目を背けたくなるくらい痛々しい。


 尊敬よりも同情心が広がっていき、ぽつりと漏れた呟きは最低なものだった。


 

「夢を見るのも大変なんですね。希望を追い求める為に不安を背負わされるなんて……」


「でも、その度に若苗さんが救ってくれるんです。人生を賭けようとしていたこの声を、心の底から好いてもらえた気がしたので。あの時の充足感は、今も私の支えになってます」

 


 なぜこのタイミングで、こんな言い難い身の上話を語ってくれたのだろう。



 安栗さんの心をずっと支えてきたのは、声優の中森さんへの憧れではないのか?



 以前の俺であれば即座に確認している。


 しかし今はそういう気分にならない。


 ただ力になれたことが嬉しく思えた。

 


「あんな言葉で足りるならいつでも贈りますよ。俺、安栗さんの声が大好きですから」

 


 深く考えずに出た本心がこれだった。



 キョトンとされ、さすがに引かれたかと焦ったものの、すぐに彼女は満面の笑みに変わる。


 

「結局私の方が励まされてますね。これでは今日の目的と正反対です」


「俺も元気もらいましたよ。ようやく熟睡できそうです!」


「……また二人で会ってもらえますか? 私、若苗さんのことをもっとよく知りたいです。もっと理解して……今度は私が支えになれたらと」

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