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Ⅱ BEGINNING

地恵期20年2月10日

ユーサリア セントリアス駅 午前8時

首都【ユーサリア】。人口約400万。人類が住むこの第7洞窟最大の街である。セントリアス湖と呼ばれる湖に沿って街が栄え、湖上には国の重要機関が集まったセントリアス区が浮かぶ。

 その大通りを歩く数百人の中に、レハトとロビンは居た。

 彼らが目指す試験会場は、セントリアス区の中でも飛び切りの高さを誇る建造物【トレイルブレイザーベース】。側面の中央が縦型のガラス張りになった白い塔。高層階はピラミッドのような三角形の構造になっており、その中央にある巨大な時計が街のシンボルらしい存在感を放っている。高さは108m。洞窟内という前提から考えれば異様な高さである。

 街はその塔を中心にして、森のように高層ビルがそびえ立っている。人口、建造物、広さ、活気。その全てにおいて、ユーサリアという街は規格外であった。


 そんな街に到着した2人は、上空を漂うホログラム広告や洞窟の闇を照らすカラフルな光に目を奪われながら、目的地である試験会場を目指した。遠くの方では寂れた荒地こそ見えるものの、それにさえ目を瞑れば活気溢れる素晴らしい街並みだ。人混みに押し潰されながら進んでいく彼らの姿は、さしずめ甘いものに群れなす蟻の行列。そんな状況に疲れ始めていた頃、試験会場に繋がる大通りのど真ん中で事件は唐突に起きた。


「きゃあああ!!!」


 突如として湧き上がる悲鳴。受験生を包んでいた緊迫の雰囲気が一瞬にして凍り付いた。その場にいた誰もが悲鳴のした方を向き、顔を青ざめさせる。街の一角から煙が上がり、火災が発生していたのだ。しかし周りの様子から、それがただの火事ではないという事は明白だった。煙の中にその影が映る。

 蛇のように細長いフォルム。その全長は推定10m。体を折り曲げてビルの2階程の高さまで頭を持ち上げるその姿は、まるで“突然変異したミミズ”のようであった


「うわぁぁぁ!!!」

「逃げろ!早く逃げろぉ!」

「誰か!アイツを倒して!」


 【クリーチャー】───それはかつてこの星に生きていた生物の姿に酷似した、謎に包まれた恐怖の象徴。幾度の研究を重ねても、いつから、どこで、何のために存在しているのかも不明。ただ洞窟内に足を踏み入れた人類に、天罰の如く襲い掛かる生命体。

 レハト達が出会ったのは、そんなクリーチャーの一種{タイトゥンワーム}。地中から現れては対象に巻き付き、ピンクの体液であらゆるものを融解するミミズ型の怪物である。

 不幸にもそれと遭遇してしまった民衆は悲鳴を上げ、助けを求め、それぞれの形で逃げ惑う。一方で、その姿を目撃した2人はじりじりと後退しながらクリーチャーの動きを注視していた。


「まさか、こんな時にタイトゥンワームが出没するなんて…!」


 ロビンの驚く姿を横目に見ながら、レハトは一瞬動きを止めた。過去のトラウマを想起するかのように彼の眼が光を失う。そして”あの時”と同じように、額に冷や汗が浮かび、指の先が凍りついた。


(…怖い、…怖い、…怖い)


 記憶。レハトの頭にフラッシュバックしたのは、かつてクリーチャーに襲われた時に経験した悪夢のような記憶だった。家族とはぐれ、1人洞窟内に取り残された14年も前の出来事。しかし、あの日から何も変わっていない。恐怖に囚われた体は再び動く事を忘れ、立ち尽くし、ただ微かに動く眼球で、人々を蹂躙する怪物の姿を睨む事しかできなかった。


「早く僕達も逃げよう!この距離なら、いつ奴に襲われてもおかしくない!」


 そう言うロビンの声は酷く震えていた。

 彼の言い分は正しい。そんな事はレハトも当然理解していた。それでもレハトは、その言葉に従う訳にはいかなかった。怯える事しか出来なかった在りし日の自分とは違うと、自分自身に証明する為に。


「おい待てよ!」

「……?」

「俺達“トレイルブレイザー”志望だろ!助けなくていいのか!?こんな人混みに出現されて、大勢の人達が襲われてるんだぞ!!!」


 レハトは力の限り声を絞り出した。震えが混じったその声には、どこか固い意志を感じさせる。その言葉は目の前に立つロビンに向かって放たれているというよりも、寧ろ自分自身に言い聞かせていると表現する方が正しいように思えた。


「何馬鹿な事言ってるの!?このままじゃ僕達の命も危ないんだよ!?」

「だとしても、あの人達を見捨てるわけにはいかないだろ!!」


 そう言うと、レハトは逃げ惑う市民や受験生の流れに逆らって歩き、担いでいたハンマー型の“オブジェクト”を下した。その歩みを、ロビンは腕を伸ばして必死に止める。


「街中でのオブジェクトの使用は法律で禁止されている事くらいは知っているでしょ!?助けを待つべきだよ!!」

「んなもん知るか!目の前で人が襲われているのにそれを見殺しにするなんて、それこそ殺人と変わらないだろ!?」


 彼の眼には、最早幼馴染のロビンでさえも抑えきれないような燃える闘志が宿っていた。そのぎらついた眼光はただ目の前の化け物のみに向けられ、まるで自分よりも大きな相手に立ち向かわんとする獣の子のように勇猛な光を込めて輝いていた。


「本当に馬鹿なの!?そりゃ君が戦えば勝てるだろうけど、それで捕まったりでもして試験を受けられなくなったらどうするの!?」

「だとしても!…このまま何もせずに逃げて救える命を無駄にするなんて事、俺は正しいとは思わない!」


 レハトの暴走を止めようと試みるロビンの力が少しずつ抜けていく。今レハトを行かせれば彼の夢は途絶えてしまうかもしれない。しかし彼をこのまま制止していれば、そんな憧れの姿が絶望の色に染まってしまうことも確かだった。自分はどうするべきなのか、ロビンは決断の淵に立たされた。そして一瞬の逡巡の末に、ロビンは無意識にレハトの腕を離していた。


「…悪いなロビン。俺は行くぞ…!」

「待って!待ってよレハト!!!」


 疾風の如き俊足で、レハトは即座にタイトゥンワームの懐に潜り込む。己より遥かに大きな怪物にも屈する事なく果敢にハンマーを振りかぶったレハトは、自分を鼓舞するかのように荒々しい叫びを上げながら、怪物の貧弱な体に全力の一撃を喰らわした。赤い鮮血。飛び散る肉片。反応する間もなく粉砕されたタイトゥンワームは泣き叫ぶような断末魔を上げながら宙を舞い、路上を真っ赤に染め上げる。その凄惨な光景の中で、レハトは更に衝撃的な出来事に気づく。


「まさか、2体目もいるのか…!?」


 そこから80m程離れた場所で1人の少女が転んでいるのが目に入った。レハト達と同じくらいの年で、派手な赤いドレスを身に纏ったツインテールの少女だ。ところが彼女の足元では、気味の悪い動きをした2体目のタイトゥンワームがズルズルと地を這っていたのだ。

 マズイと直感して、レハトは一目散に走りだす。しかしタイトゥンワームは彼女の体に巻き付く直前であり、ここからでは間に合わない事をすぐに悟った。

 彼女が絶望に満ちた表情でこちらを睨む。その頬にはガラス玉のように輝く涙が流れ、レハトは自分の顔面から血の気が引いていくのを感じた。走れども、走れども、その距離が縮まっている心地はしない。どれだけ足を動かしても、手を伸ばしても、それは届かなかった。伸ばした右の掌が虚空を掴む。額から汗が滴り落ちる。その時だった。


 ブゥン!


 レハトの横を、一筋の疾風が駆けた。風を切り、空を裂き、その“矢”は怪物の胴体を見事に射貫く。緑色に輝く風の矢はタイトゥンワームに一つの風穴を開け、彼女から退けさせた。


「ピィィィィィィィ!!!!!」


 タイトゥンワームの甲高い断末魔が鳴り響く。その一部始終を見ていた周りの一般人は、汗を流しながら驚きの目でレハトの後方を見つめていた。何かを予感し、咄嗟に後方を振り向く。そこには緑の光を放ちながら自分の弓型オブジェクトを構える彼の幼馴染、ロビンの姿があった。


「ロビン…!」

「…ぁ……あっ……!」


 ロビンは自分の状態とタイトゥンワームを交互に見て、肩を震わせながら驚いていた。ロビンの全身からは冷汗がどっぷり流れていたが、レハトはいつの間にか、その様子に少し笑みを浮かべていた。


「ピッ…ピィィィィィィ!!!ピィィィィィィピィィィィィィ!!!!!」


 逆上したタイトゥンワームは傷跡から赤い血を流しながら活動を再開した。化け物は少女への興味を失い、ただ2人目掛けて真っ直ぐに襲い掛かる。しかし、既にレハトは恐怖の震えから解放されていた。

 手に汗が滲む。心臓の鼓動が速くなる。両腕に熱い血潮が迸り、レハトは固くハンマーを握った。全身に力を込めて高くハンマーを振り上げ、その力を一気に解放し、彼は渾身の力で叫んだ。


「デヤァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!」

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