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Ⅷ 絶望

地恵期20年 4月16日

フロンティア 36km地点 午後0時30分頃

「ねえイーロン。そこの胡椒取って。」


「自分で取れよそのくらい。」


「はあ?あんたの方が近いんだからいいじゃない!」


「お前だって少し手伸ばせば届くだろ!」


「何?あんた、私と殺ろうっての!?」


「上等だこの野郎!」


 ネリアとイーロンの派手なドンパチが始まる・・・と思ったら、お互いのほっぺたをつねり合い始めた。

 僕は小学生のような喧嘩を横目に、昼食を手早く済ませ席を立つ。


 あれから20分くらい経ったけど、ファレムはまだ戻ってきていない。

 あと十数分で休憩が終わっちゃうからそろそろ呼びに行こう。




 先程の空洞に戻ってみたけど、どこにもファレムの姿が見えない。


 パシャン。


 どこかで入れ違いになったのかと思って拠点に戻ろうとすると、足元から液体を踏んだような音がした。

 下を見てみると、小さな赤い水たまりがあった。


(赤い水たまり・・・・・?)


 その時、首筋に水滴が落ちる。

 生暖かく、鉄のような臭いがする、嗅ぎ慣れた臭いだった。その液体が何なのかはすぐに分かった。


 ━━━━━━血だ。




 その事実に気づいたのと同時に、周囲が突如として暗闇に襲われる。


 背筋に寒気が伝わり、僕の第六感が赤信号を灯す。


 凄まじい殺気を頭上に感じ、即座にその場から離れる。


 あまりに唐突な襲撃に混乱した僕は、襲った殺気の正体を確認する暇もない。


 しかし()()はそんなことを知る由もなく、僕に向かって何か白い物を発射してくる。


(なんだこいつ・・・!)


 発射されたものを回避することに精一杯で、反撃する暇がまるで無い。

 ソレの動きもさることながら、白い物を発射するスピードも間隔もとても速い。


 おまけに、先程踏んだ血のせいで滑ってよろけそうになる。


 これ以上は持ちそうにない。


 そんなことを考えていた矢先、空洞内に声がこだまする。


「セヤァァァ!!!」


 何者かが、空洞の出入り口から物凄いスピードでソレに殴りかかった。


 こちらに気を取られていたはずなのに、まるで突然の奇襲も全て見えていたかのようにソレは体を上昇させて、いとも簡単に避けてみせた。


「チッ・・・。あの速さの奇襲でも避けれるのかよ・・・。」


 漆黒のジャケットが揺れ、腕部に装備された銀色のガントレットが鏡のように僕の姿を反射させる。


「イーロン!?どうしてここに!?」


「なんか面白そうなものが見れそうと思って跡つけてたんだよ。なあ、ネリア?」


 イーロンがそう言って僕の方を向くと、すぐ背後からネリアの返事が聞こえた。


「そうそう。なのにクリーチャーと遭遇しちゃうなんて期待外れだなぁ・・・。」


 ネリアが残念そうな顔をして呟く。

 いつの間に後ろにいたのだろうか。


「ていうか、あのクリーチャーって何?ロビンなら分かるでしょ?あいつの発しているオーラ、ピリピリしてて嫌いだからさっさと倒しちゃいたいんだけど。」


 言われてみれば、今まで感じたことがないような異質なオーラが空洞中に満ちている。


 正直僕もここに長居したくない。


 そんなことを考えていると、音も立てずにソレが上から着地した。


 白黒の蜘蛛のような姿。


 8本の足と6つの赤い目を持っていて、体長は5メートル程とクリーチャーにしては小型だ。


 頭胸部には裸体の女性の上半身らしきものが生えていて、腹部には嘆き叫ぶ人間の顔にも見える3つの穴が無数に空いている。


 しかし、どちらも動いたり意識があるようには見えず、ただの飾りのようにしか見えない。




 僕は今までクリーチャーの図鑑にはほとんど目を通してきた。


 だから、少なくとも今まで発見されているクリーチャーのほぼ全ての姿と名前は知っている自信がある。


 だが、こんな姿のクリーチャーの話は聞いたこともない。


「2人とも、こいつは多分新種のクリーチャーだ。能力がまるで分からない。出来るだけ戦わずに、班長に知らせてから班全体で帰還するのが一番いいと思う。」


「オッケー。じゃあ、ロビンが一人で報告しに行って!多分、隙を作って3人で拠点に戻るのは厳しいかもだけど、1人くらいなら逃げさせられるから!」


 2人は僕よりも戦闘能力も機動力も高い。

 ここは大人しくネリアの指示に従って、2人にクリーチャーの相手を任せた方がよさそうだ。


「分かった。すぐに戻る!」


 そう言って僕は小さな出入り口を通って、真っすぐ拠点を目指す。


 


 走っている最中、ふととある疑問が頭に浮かぶ。


(この血って、なんだ・・・?)


 さっきまではクリーチャーの相手に必死だったせいでそこまで頭が回っていなかったが、この血は一体誰の物で、どこから垂れていた物だ?


 いや、これが血だと気づいた瞬間から、これが誰の物なのか察していた。


 ただ、あまりに受け入れがたい事実であったために、無意識に頭の中から排除しようとしていたのだ。


 頭の中で、その名前が徐々に明確になっていく。

 その姿が鮮明になっていく。


 あの時、あそこにいなければいけなかった人。

 あの時、あそこにいるはずだった人。


 しかしあそこにその姿はなく、あったのは血だまりだけだった。


 ダンッ!


 血が僕の足を滑らせ、顔面を地面にたたきつけてしまった。


 ヴォエッッッ・・・!


 急に胸から何かが込み上げてきたと思えば、極度の不安と転んだ衝撃によって嘔吐してしまった。


 この2日間の疲労が体に一気に押しかかり、立ち上がれない。

 少しでも気を抜けばこのまま気を失ってしまいそうだ。


 全身が痛い。

 頭がくらくらする。

 緊張と疲労で心臓が飛び出そうだ。


 だが、今ここで倒れるわけにはいかない。

 ここで倒れれば、もっと最悪な結末が待っていることは目に見えている。


 今は仮定の事実に心を痛めるほどの余裕は無い。


 走らなければ。


 走って、伝えなければ。


 惨めでも、這ってでも。


 


 それからのことはよく覚えていない。

 ただ、これだけは確かに覚えている。


 うっすらと開けた目に光が染みて、光の向こうから声が聞こえた時の、僕の口から発せられた言葉だけは。


「ファレムを・・・・・僕の友達を・・・・・助けてください!!!」




 


「おい!生きてるかネリア!!」


「あったりまえよ!あんたこそ死んでないでしょうね!?」


 ネリアとイーロンは、クリーチャーの攻撃を避けながら時間稼ぎをしている。


 しかし機動力が高い2人でも、逃げる事で精一杯だ。


(攻撃を避けるうちに気づいたが、アイツの発射してる物はおそらく粘性の高い糸。まともに食らったら最後、動きを封じられてアイツに殺されるだけだろう。とにかく、今はこいつの攻撃に集中しねえと・・・・・ッ!!!)


 イーロンがふとネリアの方に目を向けた瞬間、彼女の飛ぶ先にキラリと何かが光った。


 反射的に動いたイーロンの体は、糸を利用して空洞内を飛び回っている彼女の脚を捕らえ、地面に引きづり下ろす。


 ダダンッッッ!!!


「痛っ!何すんのよ!」


「うっせぇ!上見てみろ!」


 イーロンが指さす方向をよく見てみると、そこには非常に細くて透明な糸がピンと張られていた。


 それはネリア達に向けて発射されていた糸と比べて粘性は無く、とても硬く丈夫に見える。


「ははーん。なーるほど。どさくさに紛れて罠を張って、私達が硬い糸に引っかかって自滅するように仕掛けてたのね。にしても、いつこの糸張ったの?」


「さあな。俺達が来てからはアイツはほとんど動いてない。予め仕掛けてあったのかもしれん。どちらにせよ、アイツが出せる糸は性質を自由に変えられる可能性があるって事だ。気をつけろよ。」


「もちのろん!」


 そう言うと、ネリアはどこからともなく球体のような何かを取り出し、ゴーグルを装着する。


「なんだそれ?」


「いいから目つぶって!」


 キィィィィィィィン


 ネリアが球体のような物を地面にたたきつけると、甲高い音と共に強烈な光が炸裂した。


 閃光弾だ。


「よし、糸の場所は大体分かった。ついてきて!」


「光で周囲を照らしたことで、糸の場所を分かりやすくしたのか。お前にしては良い案だな。にしても、そんなの一体どこに隠し持ってたんだ?」


「ひ・み・つ♡」


 ネリアは唇に指をあててウインクをすると、出来るだけイーロンが通りやすいように低いルートを通りながら糸を掻い潜り、彼もそれと全く同じルートを使って、見えない罠を突破する。


 だが、ルートが絞られたことによってクリーチャーが発射する糸には当たりやすくなる。


 ビュン!


「あっぶな!?」


 発射された糸を咄嗟に避けたネリア。

 しかし、そんなネリアの動きにイーロンは反応することができなかった。


 ビチャンッ!


「グッッ!」


「イーロン!」


 捕まったイーロンに気を取られたネリアは、前方から襲い掛かる糸に気づけなかった。


「キャッ!?」


 ズザザザザ・・・・・


 解こうと試みるが、粘性が高く、身体を動かせば動かすほど体の自由が奪われてしまう。


 動きを封じられたネリアの手足が硬めの糸で巻き付けられると、グッと全身が上に持っていかれるような感覚と共に、彼女は気を失った。




 静寂が再来した空洞に、息を途切れ途切れにさせた哀れな叫び声が響く。


「ネリア!イーロン!」


 数人の隊員達を連れて僕が空洞に戻って来た頃には、既に2人の姿は無かった。


 今まで感じたことのない怒りと哀しみが僕の胸を熱くし、体を震わせる。


「そんな・・・。お前、みんなをどこにやった・・・!!!」


 呼吸を荒くさせた僕は、禍々しいオーラと共に上からゆっくりと降りて来るクリーチャーを睨む。


 その口元には誰かの手のような物が咥えられ、大量の血が滴り落ちている。


 あまりの殺気に体が押しつぶされそうになったけど、怒りのままクリーチャーを凝視し、歯を食いしばってアマテラスを構えた。


 そんな時、ペネトラ班長が僕の肩に手を置いた。


「落ち着いてください、クィリネス隊員。ここは帰還しまs・・・」


「帰還!?ふざけないでください!!3人を見捨てる気ですか!?」


「あのクリーチャーは異常です。未確認で能力が不明な上に、上級でもトップクラスの戦闘力を持っている可能性があります。先程のあなたの報告によって、ほとんどの隊員を帰還させました。今の状況では戦闘を起こしても全滅してしまうだけです。残念ですが3人は・・・。」


 班長の言う通りだ。


 この状況ではクリーチャーを倒すどころか、3人を救出する事だけでも絶望的だ。


 そもそもスホルズンとの戦闘の後、上級に遭遇した場合は帰還することを約束されていた。


 ここに一部の隊員だけ連れてきて残りは帰還させたのも、さっき必死にファレムを助けてくださいと懇願した時に


『怪我の小さい隊員だけ残したうえで、無理がなければ救出する。でなければ早急に帰還する。』


 という約束のもとに集まってもらったのだ。


 それでも・・・


「・・・分かりました。だったら、僕1人になってでもここに残ります。」


 ペネトラ班長は驚いた顔で僕に言う。


「何を言ってるんですか!?あなた死にたいんですか!?」


「死ぬのは嫌です。だけど、友達を見捨てて自分だけが生き残る方がもっと嫌です!」


「・・・。これだから新人は・・・!」


 班長は呆れたように頭を抱える。


 そんな時、班長がクリーチャーの方に目を向けた。


 何かに気づいたかのように班長の顔が青ざめたかと思うと、突然僕の体を押し倒した。


 その瞬間が、僕にはやけに長く感じられた。


 周りの人たちの顔は驚きに包まれていたのに、班長の顔は少し満足そうに見えた。


「危ない!!!」


 ダンッ!!


 何が起こったか分からなかった。


 軽く頭を打ったが大した痛みではない。


 すぐに体を起こしてみると、班長が糸に絡まった姿で数m後ろに飛ばされていた。


「「「「「班長!」」」」」


 急いで隊員達が彼女の元に駆けつけて糸を解こうとする。

 

 しかし、


「キャッ!」


「ウワァッ!」


 クリーチャーは、班長に近づこうとした隊員達を次々と捕らえていく。


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 僕達は仕方なくその場を離れようとするが、逃げようとした先で耳をつんざく断末魔が聞こえた。


 1人の隊員の左足が切断され、その場に流れる血と共に、切り離された足が転がっている。


 ━━━━━━罠だ。




 そう思った瞬間、混乱して取り乱した1人の女性の首がスパンッと宙に舞った。


 ()()()()()()()の首筋からは鮮血が噴き出し、僕の足元を濡らす。


「あ、ぁぁ・・・・・ぁ。・・・ぁぁぁ。」




 声が出なかった。


 目の前の事象を受け入れる理性が僕には残されておらず、ただただ小さなうめき声を出す事しか出来ないまま、絶望が僕を襲う。


「ここはヤバい!早く逃げるぞ!!!」


 こんな状況の中でも理性を失わない先輩隊員達は、急いで帰還用のデバイスを取り出し、起動しようとする。


 だが、そんな彼らにも、絶望は平等に襲い掛かる。


「・・・・・嘘だろ・・・?なんで起動しないんだ・・・?なんで起動しないんだよ!!!」


「おいおい・・・。何の冗談だよ・・・。俺のも起動しないぞ!!」


「くそ!なんでこんな時に故障してるんだ!!!」


「・・・いいや違う。これは故障じゃない。あのクリーチャーが俺達の撤退を妨害してるんだ・・・!」


「ふざけんじゃねよクソォ!!!!!元はと言えばお前が招いた結果だろ!!!どうにかしろよクソガキ!!!!!」


 パキィンッッッ!!!


 1人の隊員が鬼気迫る表情で僕を睨みつけ、デバイスを力任せに地面に投げつける。


 そんなことは気にも留めず、クリーチャーは容赦なく彼らに糸を発射し捕らえる。




 残ったのは僕だけになってしまった。


 もう哀しみも、怒りも、罪悪感さえも感じない。


 天を仰ぎ、涙を溢れさせて、うめくことしか僕には出来なかった。


『・・・・・愚かな。』


 頭の中に声が響いた。


 頭の中でのみ響くその声は、若く美しい女性のようだ。


 でも、とてつもなく気味の悪いものだった。


『天の民よ。其方らも彼らと同じだ。せめてもの慈悲として、我の中で永遠に眠るがいい。』


 クリーチャーの頭胸部に生えている動かないはずの女性の目が、僕に語りかけたかのように思えた。


 嘲笑うように。

 憐れむように。




 その後、僕は気を失った━━━━━━。

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