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Ⅵ 認められたい

地恵期20年 4月16日

フロンティア 30km地点 午前6時頃


 あの戦闘の後、ペネトラ班長は研究部隊隊員と共にスホルズンの死体を解析していた。


「班長、これを見てください。どのデータを見ても、スホルズンが毒を放出したという文献はありません。また今回のスホルズンは、従来発見されていたスホルズンには存在していなかった器官もいくつか増えています。これはつまり・・・。」


「突然変異か、或いは進化のようなものか・・・・・。やはり、地下深くに行くほどクリーチャーの強さが上がっていることは事実のようですね・・・。」


「しかし先日の採用試験では、ここまで深くに位置していないはずの試験会場で、中級が上級に進化したという話もあります。もしかしたら、洞窟の深さに比例してクリーチャーの強さも上がるという、そんな単純な話ではないかもしれません。現に多くのクリーチャーは強さが上がっているようには感じませんし・・・。」




 先程まで僕達が戦っていた岩場には大きな穴がいくつも空き、スホルズンが放出した毒によって周囲が溶けて異臭を放っている。


 それに加え、亡くなった隊員達の死臭や、隊員の嘔吐物も相まって、死体の処理や研究部隊によるクリーチャーの解析は急ピッチで進められた。




 開拓中に死亡した隊員は、生存している治癒部隊の隊員数名と共に、帰還用の〈転移〉のオブジェクトを使ってベースに転送され、そのままベースと直結している病院に安置される。


 当たり前だが、トレイルブレイザーになってクリーチャーと戦う以上、まともな死に方は出来ない。

 四肢の欠損はもちろん、頭部を粉々に砕かれたり、内臓が露出したり、今回のように毒などで肉体が腐敗することも少なくなく、多くの場合、死者が元々誰であったのか判別するのも難しい。


 班長含め、経験が長い先輩隊員達や、仕事上慣れざるを得ない治癒部隊は淡々且つ迅速に死体の処理を行っているが、僕達新人隊員は到底その光景を直視できるはずもなく、嘔吐したり精神を病む者も少なくない。


「ケテ・・・。タスケ・・・テ・・・。タ・・スケ・・・。」


 スホルズンから逃げる際に助けを求めてきた、隊員の(おぞ)ましい姿。

 僕の足を掴んだ、少し溶けた冷たい手の感触。

 人間の物とは思えない、絞り出すようなかすれた声。


 忘れたくても、あの光景が何度もフラッシュバックされる。


 分かっていたつもりだが、あまりにも残酷だ。

 いずれ慣れなければいけないのだが、正直慣れたいとは思わない。




 あの戦いで、25人の開拓部隊の内7人が死亡した。

 それに伴って、治癒部隊隊員が3人帰還。


 怪我人がいるとはいえ、班全体の人数が7割を切らない限り、その場での帰還は許可されていない。


 元々全ての部隊を合わせて計40名の班で構成されていて、今回死亡・帰還したのが10名の為、まだ班全体での帰還は出来ないのだ。


「やむをえません。今からあと25km分の開拓を行いますが、その過程で上級に遭遇した場合は無理な戦闘をせずに帰還してください。無許可帰還による責任は私が全て負うので、みなさんは何より自分の命を考えて行動してください。」


 ペネトラ班長のその発言で、僕達は仕方なく今も開拓を続けている。




 僕達が開拓している未開拓の地「フロンティア」は、蟻の巣のようにいくつもの道に分かれていて、その全ての道が必ず人が1人以上余裕を持って通れる道になっている為、街を建設する目的以外で掘削をする必要がない。


 また驚くべきことに、フロンティアには急な崖や行き止まりが無く、全ての道がなだらかな坂道のようになっていて、必ずどこかの道と合流するか、更に分かれるかのような造りになっている。


 その為、この洞窟は自然に生じたものではないと考える学者は多く、様々な謎に包まれていることから、より一層この洞窟の果ての発見が急がれている。




 開拓では、10m進む毎に小型の〈明〉のオブジェクトと〈写〉のオブジェクトを右側の壁に設置することになっており、これは明かりとしてだけでなく、監視カメラやクリーチャーが通過した際のセンサーとしても機能する。


 その間、研究部隊は現在の座標を確認したり、環境やクリーチャーの生態の調査、開拓部隊のオブジェクトの調整などを行う。




 隊列の真ん中あたりでネリアやイーロン達と話していると、誰かが僕の背中を突っついた。


「あんた達、私も混ぜなさいよ。」


 振り返ると、そこにはファレムがいた。

 こころなしか、頬には涙の跡があるような、無いような。


「あらあらお嬢様。昨日に比べて随分素直ね。」


 ネリアがファレムに似合わない素直な発言を聞いてほくそ笑む。

 イーロンが何かを思い出したかと思うと、笑いをこらえるような表情で喋りだした。


「そういえばスホルズンの尻尾撃つ時、お前らめちゃくちゃ距離近くなかったか?もしかして・・・・・!」


 ネリアとイーロンが顔を見合わせたかと思うと、急に吹き出し始めた。


 何かよからぬ勘違いをされている気がする。


「ちょ、ちょっと待ってって!あれは、その・・・」


 ファレムの方に目をやると、顔を真っ赤にして満更でもないような顔をしてしまっている。


「おいおい情けねぇぞロビン。ここは堂々と『こいつは俺の女だ!』って素直に言えよ!」


「だから違うって!なんでそんな話になるのさ!」


 そこにネリアが口をはさむ。


「まあまあ、落ち着いてって2人とも!ロビン、あの女は絶対ろくでもない女だからやめといたほうがいいよー?」


「「お前(君)が言うな。」」


「えー!?なんでそこは即答で通じ合うの!?」


 そんなこんなで言い争っていると、ファレムも顔を赤くしたまま痺れを切らしたかのように2人に反論してくる。


「あんたらふざけないでよね!こんな弱っちい男が私と釣り合うわけないでしょ!?眼科にでも行ってきなさい!」


 3人の中にファレムまで入ってしまった。


 あー、もうめちゃくちゃだ。


「あなた達?」


 そこに聞き覚えのある声がした。

 これは既視感の凄い展開だ。


「ぺ、ペネトラ班長・・・?」


「全く、先の戦闘のショックで立ち直れない隊員もいる中で、よくもまあ・・・。その胆力だけは称賛に値しますね・・・。」


 ペネトラ班長は呆れ顔でため息をつく。


「まあいいでしょう。あなた達にはとても助けられましたし。それに、仲間の死をずっと哀しんで暗い雰囲気になるのもあまり好ましくはありませんからね。仲が良いのは結構ですが、くれぐれも仕事には真剣に取り組んで下さい。」


「はい。」


「はいはい。」


「はーい。」


「・・・」


「返事はしっかり!」


「「「「はい!!!!」」」」


 珍しくファレムまでしっかりとした返事をした。




「あと10kmですか。良いペースですね。一度この辺りで昼食の時間としましょう。」


 正午になった。


 あれからほとんどクリーチャーが出てこないおかげで、ほとんど無傷の隊員だけで討伐が出来ているし、通常よりもかなり速いペースで開拓が進んでいる。

 このペースなら、8時間後くらいには開拓も終了しそうだ。


「待ちなさいあんた。」


 昼食の準備の手伝いでもしようかと歩いていたら、壁に寄りかかっていたファレムに呼び止められた。


「どうしたの?」


「さっきのサソリが来る直前に、私に何か言おうとしてなかった?」


 言われてみれば、話しかけようとしていた気がする。

  確か・・・


「別に大したことじゃないんだけど、ファレムは何でトレイルブレイザーになろうと思ったのか気になって。」


 トレイルブレイザーになる理由は人それぞれだが、前提としてクリーチャーと対峙することは必須だ。


 にもかかわらず、今までのファレムの戦いを見ていると、彼女がクリーチャーとの戦闘に慣れているようには見えない。

 戦闘慣れしていない人間が、トレイルブレイザーになろうと思うだろうか。

 開拓部隊なら尚更のことだ。


「はぁ・・・。仕方ないわね。ちょっとついてきなさい。」


 ファレムはため息をつくと、拠点から少し離れた裏道のような場所に僕を連れて行った。


 1~2分歩くと、そこにはトレイルブレイザーベースの地下にあった試験会場と同じくらい広大な空洞があった。


 明かりはないはずなのに、何故だかほのかに明るい。


「ここは?」


「さっき見つけたの。なんだか、ここにいると心地よくて。」


 確かに息苦しいいつもの洞窟内とは違って、空気がおいしくて居心地がいいような気がする。


 場所が広くて、人もクリーチャーもいないからだろうか。


「私が何でトレイルブレイザーになったのか・・・って話よね?」


 ファレムは段差に座り込むと、小さく深呼吸をして唇を動かした。


「・・・・・お父様の言いつけよ。」


「お父様って、エボリテス=ワテラロンドのこと?」


 何も言わずに彼女は頷く。


「お父様にとって一番大切なことは、会社の売り上げを伸ばすこと。だから、お姉様や私がトレイルブレイザーになってクリーチャーを討伐し、宣伝しなきゃいけない。本当は戦闘なんて嫌い。運動は苦手だし、死ぬのも怖い。だけど私は・・・」


 彼女は膝に顔をうずめた。

 僕には、その姿が何かに怯えているように見えた。


「私はみんなから認められたい・・・!」


 そう放たれた声は微かにかすれ、震えていた。

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