解体作業進行中
河童だったもの。
《part7》
その後十分とかからずに、河童の胴体は完全な空洞となった。
かまどはだらんと紐のように伸び切った腸をキッチンバサミで手頃な長さに分け、軽く絞って内容物を川に捨ててから、両手で持つような大きさのトレイに腸とボウルをまとめてペコに差し出した。
「向こうの方の岩から綺麗な水が湧いてたから、そこで洗ってきて。腸はその漏斗で水を通して中まできっちり。他のは周りの血を流す程度で」
「オッケー、りょうかーい」
「それとついでに鍋に水を…………」
布巾で手を拭ったかまどは通学カバンをまさぐっていたが、「この鍋に……この辺に、いやこっちか? 鍋……あれ……ちょっと待って…………」と呟きから余裕が失われ、ついには頭を抱えてうずくまってしまった。
「嘘……鍋忘れた……」
トレイを持ったままのペコもこれには不安顔を覗かせる。
「他の道具は?」
「フライパンも網も無い……不覚……!」
次善策を探してかまどの思考回路が急速回転を始める。
ここで食べるのは諦めて持って帰るか……だが内臓類はきっと傷みやすいから捨てることになって勿体無いし、河童肉を素手で持ち帰るのは避けたいところ。肌が緑で人間大の肉塊を抱えて持って歩いていたらさすがに通報されかねない。
となると皮も剥いで捨てることになるが、そうなると廃棄率が高すぎて許しがたい……。
「ねぇ、かまど」
かと言って今の状況で出来るのはせいぜい木の枝で串刺しにして直火焼きくらいしかない。もちろん直火焼きが悪いわけではない……悪いわけではないが……正直直火焼きはゾンビのときにやったし、そういう安易な料理に流れていてはレパートリーが増えないし……うーん。
「かまど、ねぇってば」
「何? 今ちょっと考え中なんだけど」
「あれ、使えないかな?」
ペコが視線で指し示したのは裏返しで放り出されていた河童の甲羅だった。楕円に近い形状の甲羅は中央部が外側に向かって凹んでいて、確かに器と言えなくもない。長い方が一メートル弱、短い方は五十センチほど、深さは最大で十センチといったところか。
――ちょっと浅いけどその分大きいし、裏にこびりついてる肉も使えそう。出汁も取れるかもしれない。
「ペコ、それ採用」
ピシッと指差したかまどの顔にはすっかり自信が戻っていた。ペコもつられて笑みを見せる。
「じゃ、水汲んでくるよ。こっちの……内臓? も、洗ってくるー」
茂みへ分け入るペコを見送って、かまどは肉切り包丁を取り出した。河童の肩口の下にまな板をあてがい、目算した関節の辺りに厚い刃を下ろす。
ドン、ドン、ドン。
三回目にして包丁が下まで通り、あの恐ろしかったひょろ長い腕が胴から切り離された。肘の部分でもう一度分断。二の腕は骨を外し、前腕部はひとまず置いておく。
同じ要領で繰り返すこと三回。
バラされた四肢は部位ごとにまとめてバットに並べておく。
再び三徳包丁に持ち替えたかまどは、胴体を表に返して、喉の正面にずぶりと刃を沈めた。そのまま真っすぐ引き下ろし、肋骨の隙間を通って腹の下まで一直線に割いていく。
背中側の残った部分も背骨に沿って切り開き、胴体の肉を縦に両断してかまどは一息ついた。
――ここまで来るともうただの肉だなぁ。
腹と胸の間辺りで更に切ると、もはや市場で売っているようなブロック肉にしか見えなくなってくる。ただし皮膚は緑色。
剥いでしまおうか……そのままにするか……。さほど固くはなく、むしろぷるぷるした手触りなので食べられないことはない。皮と一緒に食べればきっと独特の食感になるだろう……だが皮を外して肉自体の味わいを尊重するのも捨てがたい……。
迷った末に出した結論は『どちらも美味しそう』。
というわけで半身は皮を剥ぎ、半身は皮付きにしておく。
あばら骨と背骨、骨盤といった大きい骨を外し、ひとまず半分ほど食べやすいサイズに薄切りしていると、ちょうどペコが甲羅を抱えて戻ってきた。澄んだ水を湛えた甲羅を慎重に石組みに据えて、得意げな顔でかまどを返り見る。
「洗うのも終わったよ!」
「ん、おつかれ」
臓物のボウルを受け取る。それからかまどは甲羅の中に、大きめにぶつ切りした前腕と脛を入れて、料理酒をふた回しほど加えた。甲羅と四肢の合わせ出汁を取ろうという寸法である。
「ペコ、火をおこして茹でておいて。出来るよね?」
「いつも通りでしょ? 任せて!」
長ライターを片手に胸を張るペコ。サムズアップで応じたかまどは火のことから意識を離し、山積みの肉へと視線を移した。
当然ではあるが、河童一匹分の肉は多い。かまどの目の前にはスーパーでも見かけないようなサイズの肉塊がゴロゴロ転がっている。
ペコは規格外の大食いなので余ることは無いだろうが、それにしても全てをただ煮て食べるだけというのは……考えるだけでも飽きが来る。
――せめてもう一品、目先が変わるような使い道を……。
料理人としてのプライドに光るかまどの瞳が、ボウルの臓物とバケツの血液を捉え、やがて一つの解答を弾き出した。
――ブラッドソーセージ。これだ。
今日はもう一話投稿します!