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ペコとかまどのオカルトごはん!  作者: GOZOROPS
1皿目:スープ《丸ごと河童汁》
6/55

精力剤にもなるそうです

河童の血、美味しい。

《part5》


 一段落ついたところでかまどは再び鉄臭さ漂うバケツを覗きこんだ。どろりと暗く濃い色の液体が中ほどまで溜まり、切断面から滲む雫に先刻のような勢いはない。


「一通り抜けたかな。もういいよ、おつかれ」


「つかれた~」


 肉塊を放り出し、バンザイ体勢のままペコは川原に倒れ込んだ。こんな石だらけでよく寝られるな……と、かまどの視線は冷ややかだが、ペコは寝心地よりかまどへの不服が強いらしい。


「かまど、人使い荒い。あたし腕パンパンだよ」


 ――河童と取っ組み合いする腕力はあるくせに。


 無言のツッコミwithジト目。


 しかしまぁ、身の丈程もある肉を吊り下げ続けていたんだから、無下に扱うのも可哀想ではある。そんなわけでかまどは強いて反論せず、代わりに伸び切ったペコの眼前にグラスを差し出してやった。


「ほれ、これ飲んで元気出しな」


 いつの間にか用意されたその液体は鮮やかな朱色をしていた。両手に一杯ずつグラスを持ったかまどがペコの出方を見守っている。釣られるようにペコは上体を起こしたが、両腕はだらんと下げられたまま。


「腕上がんない。かまどぉ、飲ませて?」


「……しょうがないな。特別に許す」


 ヒヨコみたいに開いた唇にグラスをあてがってゆっくり傾ける。やや粘度のある液体はペコの口にするする収まっていって、半分ほど飲み込んだ彼女はカッと目を見開き、一言。


「血だ!」


 さらにバケツをちらりと見て、かまどに驚愕の目を向ける。


「河童!? 河童の血?!」


「を、楽園印のりんごジュースで割ってみました」


 開けたばかりの紙パックを示して自慢げなかまど。しかしペコの顔にはいよいよ困惑の色が濃くなっていく。


「……かまど、昼間だけど出歩いて大丈夫?」


「別に吸血鬼じゃないから」


「もしかして我慢してた? あたしの血、ちょっと飲む?」


「だから違うって」


「じゃあなんで……??」


 ペコのつぶらな瞳は怪訝の色に染まっている。かまどはさすがにバツが悪い顔をして目を逸らした。


「……スッポンとかマムシとか、そういう生き物の血って滋養に効くらしいし、鍋するときには飲むのが定番だって本で読んだからさ。河童の血もそうかなって、ちょっと思っただけ」


 コップの残りを一気に飲み干して、残ったもう一杯に視線を落としたかまどは「思ったより血だね、これ」と顔をしかめて言葉を継ぐ。


「別に嫌なら飲まなくていいよ。あたしだけで飲むし、残った分もあたしで食べるし」


「あ、ううん、嫌ってわけじゃないよ! ちょっとびっくりしただけで」


 ペコはわたわたと首と両手を振ってから、にへっ、と子犬みたいな笑いを向けた。


「かまどが飲むならあたしも飲む。もう一杯ちょうだい?」


 腕上がらないって言ってたくせに。心の中にはまだ冷ややかな自分(かまど)がいたが、こんなことでいつまでも怒っててもしょうがないし、と切り替えて、残った方のグラスを押し付けた。


「あたしはもう十分。おかわりは自分でやってね」


「はぁい」


 のそのそ起き上がったペコはバケツのわきにぺたんと座り込んだ。


 鈍い赤の液体をコップの三分の一ほどまで汲み上げて、傍らのジュースを混ぜて二倍強に割ると、中身は宝石のように鮮やかな色を呈して彼女の目を楽しませる。


「綺麗だね、かまど」


 軽く陽にかざして眺めてから不透明な深紅色を口に含む。真っ先に鼻を突くのは当然濃厚な鉄分の臭い。


 しかし、かまどが言っていたように、不快な血なまぐささは感じられず存外飲みやすい。後味に残るほのかな林檎の甘みが口当たりをまろやかにして、気付くと二杯目は瞬く間に空になっていた。


「日本酒で割ることもあるみたいだけど、まぁあたしたちは試せないし」


 応えたかまどは包丁を手にして、河童の甲羅と肉の境目の皮を剥いでいるところだった。緑で張りのない皮膚の下から赤い肉と白い骨が露出していく。


 どうやら肋骨は甲羅から生えていて、そのまま伸びて人間と同じように胸部の臓器を覆う構造をしているらしい。


「えー、いいじゃん。お酒もやろうよ」


 あんた未成年でしょ、と何も考えずに却下しようとした彼女の手が止まる。


 ――この子、本当に未成年なのか?


 横目で窺う限り、長髪の少女はかまどと対して変わらない年頃のように見える。背丈こそペコの方が大きいが、童顔とあどけない振る舞いを合わせるとむしろ年下と言っても通じそうだ。


 ……だが、実のところかまどは、彼女が何歳なのか今まで一度も尋ねたことが無かった。


 それどころか、そもそもペコが法律の適用範囲に入っているのかすら怪しいものだ。人魂を鷲掴みする瞬発力、ゾンビや河童と素手で殴り合う筋力。


 常識の埒外にある能力を備えた彼女が一体何者なのか……そんな基本的なことすら、かまどは知らない。


 知らない、のだが。


 ――いけない。早くしないと臭い移っちゃう。


 彼女にとって、目の前の食材が最優先であった。


明日から月曜日まで1日2話投稿します!

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