血抜き
河童を解体します!
《part4》
ペコがぶるっと全身を震わせて飛沫を飛ばし、髪をかき上げて振り返ると、かまどは丁度通学カバンから三徳包丁を取り出したところだった。
「こら、ちゃんと拭きな」
バスタオルを放りながらかまどが叱る。わふ、と顔で受けたペコが拙い手つきで体を拭き始めたのを眺めてから、かまどはパーカーのジッパーを下ろして決然と脱ぎ捨てた。
下から現れたのは某校指定のセーラー服……もちろんびしょ濡れ。滴ってくる水分を最低限絞る。鞘代わりの布巾を取った包丁を右手に、ポリバケツを左手に携えて、彼女は横たわる河童を前に仁王立ちした。
「にしても、……やっぱ人型はないわ。グロい」
ぶすり、横側から包丁を河童の喉に突き立ててしみじみ愚痴るかまど。
「この前のゾンビは勝手にバラけたからまだいいけどさ、こっちは解体からだし」
ガッと一思いに包丁を引き、河童の喉を裂きながら憤るかまど。
「料理するあたしの身にもなってほしいっての。聞いてる? ペコ」
あふれて迸る暗い紅色の血をバケツに受けながら首の切り離しを進めるかまどに、ペコはわしわし髪を拭いていた手を止めてあっけらかんに応える。
「かまどって手と口がチグハグだよね」
「何のこと? それよりこれ持ってて」
切り離された首を傍らに除けて、かまどはペコに胴体を預けた。いつの間にか縛って留められている食道が彼女の手際を象徴している。タオルを羽織ったペコは河童の足首を掴み、バンザイの姿勢でかまどに振り向いた。
「これ、何だっけ、血抜き? 臭みを消すんだよね。べんきょーしたよ!」
何気ない言葉にかまどがフリーズ。
「んん、まぁ、血を抜いてるのは確かだけど、臭み消しかというと……いや確かに血の臭いが取り除かれるのは確かだけど……血抜きの臭み消しとは違って……」
一瞬複雑な表情を覗かせた彼女だったが、
「面倒くさいけど……まぁいいや。一から説明するね」
と結論して通学カバンを開いた。
「確かに血は独特の鉄分臭さが強いけど、実はいわゆる『血生臭さ』って新鮮な血からはしないんだよね。
血生臭さの原因は血液そのものじゃなくて、死んだ後に血の中で繁殖した雑菌なの。
鹿とか猪とか、触ると温かい動物……恒温動物って言うんだけど……そういう動物は特に、体温のせいで雑菌が増えやすい。
だから狩ってすぐ血を抜いたり冷やしたりすると臭みが抑えられるわけ。
ここまでオッケー?」
「えっと……そこはかとなく!」
ぜってー分かってないな。とはいえ乗りかかった船、カバンを漁りながらかまどは続ける。
「ペコ、河童は温かかった?」
「冷たかった。それにぬるぬるして気持ち悪かったな。ぬるぬるは今もだけど」
眉をひそめたペコが身震いで嫌悪感を表明する。交代要求を読み取りながらも、かまどは「やっぱりそうだよね」と返答するのみでそれを黙殺した。
「あたしも触ってみて思ったけど、河童って変温動物なんだね。甲羅があるから亀の仲間で爬虫類なのかな。
……いや、恒温動物だけど川に住んでるから体温が低く保たれてるのかも……そもそも妖怪って爬虫類とかあるのか……?
ま、それはともかく。
河童は最初から細菌が増える温度より冷たいから、臭み消しとしての『血抜き』はしなくていい――はず。あたしはそう思う。
これも臭み消しじゃなくて、血が残ってると後の処理で面倒くさそうだからやってるだけ。
……なので、ペコは半分合ってて半分違います。以上」
「んー……? つまり、何?」
「血は抜いてるけど臭み消しじゃありません、ってこと」
かまどの解説にペコはしばし、ほへぇ……、と感心していたが、はたと何かに気付いて口を抗議の形に尖らせた。
「だったら血は捨てちゃえばよくない? バケツに入れるの難しいんだけど!」
対するかまどは「あったあった」と呟きながら、通学カバンからグラス二つと紙パックを取り出して、重労働に従事するペコへ得意げな笑みを向けた。
「ついでだからちょっと試したいことがあって」
楽しげなかまどにじっとりと疑惑の目を向けるペコ。
「それって……美味しい?」
「美味しい美味しい」知らないけど。
「ならオッケー! 頑張る!」
ちょろい。とは口に出さず、手の空いたかまどは石を組んで薪を集め……といった雑事をこなしていった。