真っ黒な恋の謀略
「大雀兄さんがモテない、って?そんなこと、ないと思いますよ。」
そう言って女鳥王は微笑む。
「大雀兄さんのことをきちんと愛してくれる女性がいないから、私なんかに執着するんじゃないですか?」
「そんなことはない。私が君以外の女を好きになることは、あり得ない。」
「さぁて。磐之媛だから、満足できないんでしょ?」
悪戯っ子っぽく笑う女鳥王。彼女が何かを企んでいることは、容易に想像がついた。
「大雀様、久しぶりです。」
「ええと、貴女は誰でしたっけ?」
ここは女鳥王の屋敷だ。そして、目の前にいるのは・・・。
記憶にない女だが、この方は一体?
すると、女鳥王が答える。
「大雀兄さん、自分の妹を忘れちゃったの?」
「何が『忘れちゃったの?』だ、どっかの女好きな大王のせいで私にどんだけ妹がいると思ってるんだ。」
「あんまりお父さんのことを悪く言わないでくれる?」
「このファザコンが・・・。」
「それを言うと兄さんはシスコンでしょ。」
「あのなぁ、私は妹だからじゃなくて、女鳥王のことを女性として好きなんだよ。」
「だから、それをシスコンと言うの!」
「だいたい、この国では妻のことも妹と言うじゃないか!」
「・・・大雀兄さん、取りあえず、私の従妹がドン引きしていることに気付こうか?」
「従妹ってことは、私の妹じゃないじゃん!」
「もう!これだから大雀兄さんは!」
「嘘をつかれて不愉快だ。どうしてそういう嘘をつくの?」
「さぁて、そもそもなんで私が嘘をついていると思うの?」
「だってさっき・・・うん?待てよ、女鳥王の異母妹でもあり、従妹でもあるってことか?」
「だからそう言ってんじゃん!」
父王は姉妹丼を好むという困った癖がある。菟道若郎子や女鳥王の母親は宮主矢河枝比売。その妹の袁那弁郎女も父の妃だったはず。
ということは、この女は袁那弁郎女の娘の・・・。
「菟道若郎女か!」
「大雀様、私の名前を憶えていてくださったようで何よりです。」
菟道若郎女がやや顔を引きつらせながら応えた。
「そんなに固くならなくてもいい。私の妹なのだろ?」
「あ、はい・・・。」
「大雀兄さん、この子は兄さんのことを尊敬していて、近付いてはいけない人だと思っていたみたいなんだよ?」
「なんだそりゃ。」
「私と大雀兄さんは神々と同じ魂を持っている、って言うの。」
「それは本当か?」
「え?いえ、まぁ・・・。」
菟道若郎女が少し緊張している。
「ちょっと女鳥王、良いか?」
「何?」
「二人だけで話したいことがある。」
「はいはい。」
屋敷の隅に移動し私は女鳥王に言った。
「なんか変じゃないか?」
「何が?」
「本当に私のことを尊敬しているのか?」
「ええ。本当よ?」
「何となく違和感があるのだが・・・まぁ、良い。あの女をどうして紹介したんだ?」
「兄さんのためよ。」
「私の?」
「ええ。」
「女鳥王、大丈夫か?」
「あの子はね、兄さんのことを近づき難いと思っていたから近づけたの。」
「はぁ。」
「そうでもないとまた兄さんは被害妄想の塊になるでしょ?」
「私が被害妄想など持ったことは無いが。」
「はいはい、そういうことにしときましょか。」
「それで、どうして私に近づき難いと?」
「それは私も判らない。尊敬しているなら話しかけたらいいのにね。」
「まぁ、仲が良いと尊敬できないのもある。」
「ああ、確かに。兄さんを尊敬しろと言われたらちょっと無理。」
「妹から尊敬されないと言われたらちょと哀しいかな?」
「いや、兄妹だと余計に尊敬できないでしょ、身内なんだから。」
「ふむ。うん?じゃあ、私を身内と思っていないってことか?」
「そうかも!あの子は兄さんを兄と思えてないんだ!」
ここまで会話して、私はふと気になることがあった。
「女鳥王は兄と結婚できるか?」
「無理ね。」
「即答かよ!」
「兄妹で結婚なんか、誰がしたいの?」
「・・・私がしたい。」
「はいはい。シスコン兄さん。」
「ええとだな、何が言いたかったかと言うと、まずお前が異母兄の私をどうして兄として認識できたのか、だ。」
「なるほど。それはね・・・なんだろう?」
「おい。」
「一つ言えるのは、好きだったから?いや、恋愛とかじゃないけどね、当然。」
「意味がわからん。」
「要するに、兄さんが大切な存在だと言うこと。どうでもいい人なら血は繋がっていても兄とは思えないかもしれないけど、身内でまぁ、頼りになる人だからね。」
「それは嬉しい評価だな。」
「さてさて、そろそろ戻りましょ。」
「ところで大雀兄さん。近寄りがたい人だと誰もついてきませんよ?」
「私は別に大王になる訳ではない。人の上に立つのはお前の同母兄だ。」
「ああ、そっちじゃないんです。女性からの人気の話。」
「妹から近寄りがたいと思われていたらダメってことか?」
「と言うか、もっと人に好かれる努力をしないと。」
「努力をしても妹は結婚してくれんだろ。何もしてもモテないのが私なんだよ。」
「大雀兄さんがモテない、って?そんなこと、ないと思いますよ。」
「私を振った女が言うな。」
「大雀兄さんのことをきちんと愛してくれる女性がいないから、私なんかに執着するんじゃないですか?」
「いや、あのなぁ、きちんと愛してくれる女性がいないことを非モテと言うんだ。」
「なるほど。非モテでなかったら私なんか相手にしないってことですね?」
「残念。そんなことはない。私が君以外の女を好きになることは、あり得ない。」
「ええ?奥さんは?」
「磐之媛は私のことを愛してくれていないよ。」
「ふ~ん。そんな夫を愛さない女となんで結婚したの?」
「そもそも女鳥王以外の女性に愛されるかどうかはどうでもいいしな。」
「さぁて。磐之媛だから、満足できないんでしょ?」
「いや、あのなぁ・・・。」
「あ、兄さん、そろそろ部屋に戻りましょうか。」
よくある話だ。
「○○さんが会いたいと言っていましたよ。」
そういう人間は、大抵向こうにも同じことを言っている。
だから私が注意しないといけないのは、○○さんではなくそれを言ってきた人間の意図だ。
この時の女鳥王の意図は明白であった。ただただ、私からの恋心を逸らしたかったのだ。