やっかいな呪い
放課後の学校。そこには部活動に励む生徒やこれから帰宅しようとしている生徒たちが、ちらほら見受けられる。そして、得てして平穏な空間が漂っていた。
「気をつけて帰るんだぞ」
そんな雰囲気に触発されてか、先生たちも心なしか安らかな表情をしている。
「永井先生、校内に変なおじさんがいたよ」
しかし、平穏な空間は、あっけなく破られた。
「おじさんって、不審者ッ!? それは校内のどこで見たんだい?」
永井先生は、慌てて生徒に聞き返す。
「あっち」
生徒が指さす方へ、先生は急いで向かった。廊下を曲がって、すぐのところで不審者を見つけた。
「よう、久しぶりだな、永井。おっと失敬。今は、永井大先生か」
別に隠れる風でもなく、右手を挙げ、こちらに笑いかけている男は立っていた。体長は永井よりもはるかに大きい。
「堂田っ!? ここは一般の学校だぞ」
先生である永井は、予想外の珍客に驚きを隠せずにいた。
堂田とは、学生時代の友人だ。ただ、通っていた学校は普通の学校ではなく、特殊であった。魔法学校だ。そして、堂田は魔法関係の仕事についたと聞いた。そんな堂田が、普通の人間しかいない。普通の学校に来る理由なんて全く見当がつかない。
「懐かしいなぁ、おい。三人でよく遊んだもんだ」
大きな男は周囲を見渡しながら、まるで緊張感のない口調でしゃべる。
「堂田。言っておくが、ここで魔法なんて絶対に使うなよ」
魔法世界を知る永井先生は、やや警戒するように言った。
「そんなこと、わかってるよ」
「わかってるなら何で来た? ここは、ただの学校だぞ。お前が遊びにくるような場所でもないだろ?」
「ところが、どっこい。その学校にようがあるんだわ。俺だって、別に遊びに来た訳じゃない。仕事だよ。仕事」
「遊ぶにしても、こんな所には来ないがな」と一言、男は付け足した。
「仕事だと?それにしても、場所とタイミングを考えろよ」
「ああ、すまなかったな。しかし緊急なんだ。今、私のいる部署を知らない?」
「見当がつかなくてずっと驚いているんだが」
「今、いる部署は回収部ってところにいる。早い話が、魔導書の回収ってやつだ」
「回収部?」
「読んだものは呪いにかかる魔導書がある。その魔導書が学校の図書館に紛れ込んだようで。早急に回収せよと上からのお達しだ」
「どうして、そんなものが紛れ込むんだよ!?」
「たちの悪い魔法使いもいるってことさ」
すで見当がついていて、それを思い出したのか、心底嫌な顔をしてみせた。
「それで、紛れ込んだとかいう魔導書は、そんなに凶悪なものなのか?」
「ああ、人によっては死ぬよりも恐ろしいかもしれん」
「そんな危険な物が学校に……。なんてことだ……」
先生の顔が青くなった。
「やっかいな魔導書だ」
「すぐに回収していってくれ」
慌てた様子で先生は、堂田を図書室へと案内する。入口のドアを開けると目の前には、目を輝かせている少年がいた。両手には本があった。
「いけない。あの生徒を止めるないと!」
「手遅れだ。あの様子だと、どうやら読んだ後だな」
男子学生は開けて読んでしまった。少年は既に読み終わった後だった。
「おじさん、何すんだよ!返せよ」
「とにかく、渡してもらおう!」
堂田は有無を言わさず、生徒から本を取り上げた。
なかなか譲ろうとしない少年からなんとか本を半ば強引に奪った。
「大丈夫か?」
永井は生徒の方に駆け寄って、生徒の無事と何か異常がないか確認している。
「大丈夫って、何がですか?」
「何も起こっていないじゃないか。驚かさないでくれよ」と先生は安堵した。
「間に合わなかったか。チッ、また犠牲者を増やしちまった」
頭をかきながら、回収人はバツが悪そうな顔をする。
「見たところ何も変わってないようだが、無事に回収できたんじゃないか」
「いや、そうじゃない」
「そうだな……ぼうず、おめえに夢はあるかい?」
堂田は唐突に訊ねた。
「うん。おれ、サッカー選手になる」聞かれた少年は目を輝かせて応えた。
「この通りだ」
男は教師の方に振り向き、低くため息をつく。
「脅かすなよ。大きな夢を持てる、素晴らしいことじゃないか。子どもたちに夢を与えるなんて、本当に夢みたいな魔導書だ」
堂田とは対照的に先生は明るい声で応えた。
「永井、本気で言ってんのか?」
堂田の言葉に、永井は眉をひそめる。
「なんか変なことでも言ったか?」
先生は、まるで何を言っているのか分からないといった様子だ。
「永井。おれは、お前よりいい成績取ったことねえけどよ」
「体育以外はな」
堂田は永井の訂正に、フフと少し懐かしむような笑みを浮かべた後、すぐに真顔になった。
「おれには、そんなに良いものにも思えねえな」
「なに言ってんだよ。夢を持つことは、素晴らしいことだ。未来への活力になる」
「本当にそう思うのか? 俺たちの頃にもいたじゃないか、将来芸人になるんだって奴が。中途半端にしか夢をかなえられなかった、どこかのバカ野郎を」
「それは……」
永井は何か必死にとり繕うとしているが、言葉に詰まっているようだった。さっきから口をパクパクさせている。
「やっかいな呪いだよ。……まあ、本人が幸せなら、それでいいのかもしれねえけどな」
回収人の男は、どこか諦めたような顔でつぶやいた。