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竜を駆るもの  作者: なろうなろう
第二章
20/33

希望

 ――希望と絶望は、同じ卵から孵る。




「……ウィル、だよな?」


 マグタンクは、疑問符つきで教え子の名を呼ぶ。彼は兜を被ったウィルの姿を見慣れていないのだ。


「どうしてここに?君は南方面に配属のはずだったが」

「教官が窮地にあると聞いて、竜を飛ばして来たのです。間に合って本当によかった」

「まさか、飛竜で半日ほどの距離だぞ!」


 しかし、ウィルが嘘をつくはずもない。マグタンクは、次にこの教え子と競争をしたら、勝てる見込みはないだろうと直感した。


「教官、ひどいお怪我を……」

「ああ、油断してまともに剣撃を受けてしまったよ。情けない話だ」


 脇腹から大量の血が流れ出ている。厚い布地で大部分は隠されているが、きっと体の表面は見るに堪えない状態だろう。今こうして何気に会話しているのが、不思議なくらいだ。


 ウィルは状況確認のため、辺りを見回す。マグタンクの周囲には、かなりの手傷を負ったイザ竜騎士が七、八騎。そして前方には、青白い鎧をまとった多数のシルデン竜騎兵が控えている。


「本当に、シルデンに竜騎士が……」


 ジエンから話は聞いていたが、俄かには信じがたかった。しかし、こうして実際に直面してしまえば、現実を受け入れざるを得ない。


「お前の教え子か、マグタンク」


 黒い大竜に乗った騎士が、妙な親近感を含ませてマグタンクに語りかける。イザの鎧を身に着けながら、シルデン軍勢と体の向きを同じくしている妙な男。その顔をじっと眺めた時、ウィルはとある記憶を思い起こした。


「英雄、ハイス――」

「ほう、知っているのか。まだ俺の名も廃れきっていないわけだ。ところで、俺も一つ思い出したよ。その風体、お前は黒竜の騎士だな?」

「如何にも。――そういうあなたも、漆黒の竜に乗っていますが」


 故人と思われていた英雄との対面。流石のウィルも少々動揺したが、状況は粗方整理できた。目の前の黒い騎士は、敵だ。そして恐らく、マグタンクに一撃を見舞わせたもこの男に違いない。イザが誇る最強の英雄が、そこらの雑兵に手傷を負わされるはずがないからだ。


「ああ。かつて黒い竜騎士と言えば、俺のことだった。世にも珍しい黒い体躯の竜を操り、空を制する者。だが、そう呼ばれたのも今は昔。今日黒いドラゴンと言えば、シルデンを蹂躙する若き英雄の相棒のことさ。――だからさ、俺はお前に会えて嬉しいんだ」

「……嬉しい?」


 支離滅裂に近い、ハイスの言葉。そこには、ぞっとするような敵意が込められていた。それを正確に感じ取れたのは、旧知の仲だったマグタンクのみ。


「ウィル、そいつと関わってはいかん!今すぐここを離れるんだ」

「何を馬鹿なことを。僕はあなたを助けに来たのですよ。この軍勢は、僕らが一時的に食い止めます。その間に逃げてください」

「教え子を置いて逃げるなど、私にできると思うのか」

「教官、今は誇りや名誉に囚われている場合ではありません。あなたは、死んではいけない人間なのです。イザの多くの騎士は、あなたを拠り所にして従軍しています。名将マグタンクがこんなところで戦死したとなれば、多くの騎士は失意に苛まれ、戦争は立ち行かなくなるでしょう。そうなれば、国の理想を果たすことは叶いません。あなたの死によって、多くの夢が潰えてしまうのですよ」

「……実にその通りだ。すまないウィル、目が醒めたよ。いくら醜く汚れようとも、私は国の為に生きなきゃいけない」


 驚くほど素直に納得したマグタンクを筆頭に、騎士たちの戦場離脱を促す。だが勿論、敵がそれを傍観してくれるはずもない。


「勝手に話を進めてもらっては困るな。黒竜の騎士と闘り合うのは構わないが、マグタンクたちを見逃すわけにもいかない」


 と、ハイスの指示で動き出した敵竜騎に、灼熱の火炎弾が直撃する。竜とその乗り手は、忽ち原型のわからぬ黒炭となった。


「邪魔はさせません。無駄に命を消耗したくなければ、追手を差し向けるのはやめてください」

「ほう。火を吐く竜――眉唾と思っていたが、まさか本当だったとは。これは面白い」


 ハイスはまるで見世物小屋を覗いてきた親父のように、朗らかに笑う。表情が死んでいる訳でもないのに、その感情は甚だ読みづらい。


「いいだろう、マグタンクたちは帰してやる。その代わり、お前が俺を楽しませてくれ。あまりに勝負が退屈だったら、お前を倒した後追手を出す。それでいいな?」


「ええ、構いません。僕もできるだけ長く、あなたのお相手をするつもりです」


 交渉はうまくいった。後は自分の力量次第た。ウィルは、ぐっと全身の筋肉に緊張を走らせる。


「ウィル、決して無茶はするんじゃないぞ。敵わないと思ったら、君もすぐに逃げろ。その黒竜の速度なら、きっと追手を撒けるはずだ」

「ええ、そうします。教官たちもどうかお気をつけて」


 真っ赤な嘘だった。ウィルは逃げる気など更々ない。そんなことをすれば、ハイスは必ずや追手を派遣して、手負いのマグタンクたちを捕らえてしまうだろう。とかくぎりぎりまでハイスたちを引き付け、できるだけ長く仲間の逃げる時間を確保してやるつもりである。


「ハイス!」

「ん?」


 去り際、マグタンクはもう一度旧友の名を呼んだ。


「敵兵にこんなことを言ってはいけないのかもしれない。だが、私は――俺は、もう一度お前の顔を見ることが出来て嬉しかった。また会おう、この空のどこかで!」


 ハイスは、思いも寄らぬ言葉にきょとんとしていた。無理もない。同胞を何人も殺した仇に、会えて嬉しかった等と言葉を投げかける者は普通居ない。それを口にするからこそ、あのマグタンクなのだ。


 マグタンク小隊の影が南東の空に小さくなっていくのを見届けると、ウィルは体を翻して槍を構えた。ここからが、本当の戦いだ。


「!その槍は――」


 と、刃を交える前に、ハイスが声をあげる。ウィルが握る、没英雄の形見であった品をまじまじと見つめながら――。


「そうか、お前が持っていたんだな」

「教官から、譲り受けました」

「やはり、俺が闘うべきはお前で合っていたようだな。その槍を返してもらおう。それこそが、大陸最強の証!」


 ハイスが三度宙を跳ねる。ウィルにとっては初めて目にする、異次元の動きだ。上空の物理法則を一切無視したような異常な動きに、全く目が追いつかない。


「ライム、右へ!」


 咄嗟に手近な方向に身を躱そうとする。しかし、ハイスの竜はそれに寄り添うようにはね跳び、ぴたりとライムの左体側に張り付いた。


「うらあっ!」


 大剣の薙ぎ払い。その軌道は黒曜石の尻尾へと弧を描いていたが、ライムの反応が間に合った。鋭い岩の尾を体の右側に捻ると、その反動をもってカウンターの一閃をお見舞いする。ハイスはその反撃を、大剣と右の腕当てで防御した。


「ちっ、賢い竜だな」


 敵が怯んだのを見て、ウィルは一旦距離を作る。攻撃射程はこちらに分がある。うまく間合い管理をすれば、優位に立ちまわれるはずだ。


「ちょろちょろ逃げ回るなよ、若き英雄。追いかけるのもしんどいんだ」


 しかし、狙いはそううまく遂行できない。またも漆黒竜の不敵な動きに翻弄され、一気に距離を詰められる。まさに圧倒的な機動力。ライムはこと直線移動速度なら誰にも負けぬが、細やかな動きを実現する敏捷性においては、ハイスの竜に到底敵わなかった。


 バチンッ。火花を聴覚化したような鋭い衝突音。大剣の振り下ろしを、今度はウィル自身が正面から受け止める。しかし、得物のぶつかり合いではどうにも分が悪い。


「そんな細腕で、よくその大槍を振り回せるな。どれ、腕力を確かめてやろう」


 じわじわと負荷が重くなるのを感じる。骨がぎしぎしと軋んで、今にも全身が崩れそうだ。


 この主の苦戦を見て、ライムはおもむろに火球を吐き出した。ハイスの漆黒竜も素早く反応したが、熱球が掠めた鱗の一部が、どろどろに溶けだす。


「おおっと。やっぱり厄介な力だ。うかうか接近していられないな」


 今度はハイスの方から距離を取り、ウィルの周囲数間を、暴れ馬のように滅茶苦茶に舞い始めた。常人の動体視力では捕捉不能。かの竜騎は、まるで水に溶けた食塩のように、そこにあるはずの姿が全く見えないのである。


「見えない……どこから来るつもりだ!」


 ウィルがそう叫んだ時には、ハイスは宙に躍り出ていた。黒曜石の体躯に、ずしんと振動が走る。――ハイスが、ライムの背に乗ってきた。


 左手に大剣を握ったハイスは、尻尾の付け根から竜の頭部に向かって、無言で歩み寄ってくる。ウィルは立ち上がれない。ライムも、抵抗することができない。


 ウィルの額からじっとりした汗だけが流れる。奴はこれから何をするつもりだ。読めない。何が目的なのか、さっぱり――。


 ハイスはそのまま、座り込む少年騎士のすぐ横を通過する。瞬間、ウィルは何やら痛烈な違和感を覚えた。が、その時はその感覚の正体がわからなかった。ウィルはただ、成す術無くハイスの行く手を目で追うだけ。


「これでおさらばだ、黒竜の騎士」


 ハイスが、ライムの首元で大剣を掲げる。ウィルは足場の固定を解き、ようやく立ち上がった。声にならない雄叫びをあげ、ハイスに飛びつこうとする。が、もう間に合わなかった。


 呪いの鐘をついたような、悍ましい轟音。紅い鮮血が、青紫の夜空に舞い散った。


「オオオオオオオッ」


 心臓が押し潰しそうな、悲壮な叫び。ウィルはその感傷に浸ることすらできなかった。少年を乗せた黒竜は、次の瞬間、底なし沼に沈むようにゆっくりと地上へ墜ちて行った。


 空には、一騎だけとなった漆黒竜。勝者ハイスは、彩光のない虚ろな瞳で、地上を見下ろしていた。


「……槍を返してもらうのを忘れていたな」




 ――二日後。シルデン北方の山間。葉を散らせた木々が殺風景に立ち並んでいる。


「起きたかい、ライム?よかった――」


 黒竜の騎士は生存していた。ウィルの体はライムが包んでくれて無事だったし、そのライムも、頭部に受けた傷以外は軽傷だった。


「額の傷は縫っておいたよ。ほら、もう鱗が再生し始めている」


 つくづく、訓練所で真面目に勉強していてよかったと思った。軍事科の皆はドラゴン向けの医術なんて調竜師志望だけ履修すればいいなんて言っていたが、こうして十分に恩恵を受けている。


「こうしていると、出会った時のことを思い出すね」


 数月前、池の畔で怪我をしたこいつを助けた。その時はまだ何も知らず、純粋な良心から治療を施した。今とは全く状況が違う。でも、ライムの役に立てて嬉しいという気持ちは、今も昔も変わらない。


 目を覚ましたばかりのライムは、どこか気だるげで、覇気が無いように見える。傷が痛むのかと心配したが、そうではなさそうだった。


「お腹空いてる?そうだよな、あんな無茶させたんだもの。待ってて、何か探してくるよ」


 と、ウィルが行こうとするのを咆哮で呼び止める黒い相棒。


「乗せてくれるの?――うん、お前がそう言うなら。俺の脚で探すのは時間が掛かるからね」


 傷を受けた翼を広げ、空に舞う。飛行には何の滞りもない。大した怪我じゃないようでよかったと、ウィルは安堵した。


 高度をいつもより低めに落ち着けると、雲の隙間を見回す。――どこに敵の騎士が飛んでいるやもわからない。もし見つかったら、あの死んだはずの英雄がやってきて、今度こそ確実に始末されるだろう。軍に合流するまでは、絶対敵と遭遇しちゃいけない。


 そう気を張っている最中に、ライムが雄叫びをあげる。地上に食べ物を見つけたようだ。


「うん、好きにしていいよ。後の事は俺がやっておくから」


 それがどんな人間か確かめる前に、ライムの捕食は終わっていた。ウィルがそっと地面に降りると、桃色の柔らかい布地が散乱していた。女性、だったのだろうか。


 ライムの食欲はまだ収まらなかった。沿岸部まで飛び、散在する民家をいくつか訪ねた。それは住民らにとって、悪魔――まさしく災厄の化身サラマンドラ――の来訪だったに違いない。


 自分の食事を済ませたライムは、肉塊を口に挟んで、後始末中のウィルの元へ運んでくる。初めは吐き気を催した人の内容物も、もうすっかり見慣れてしまって、グロテスクとも何とも思わなくなってしまった。


「分けてくれるの?はは、珍しいね。でも大丈夫、俺はこういうのは食べないんだ。軍に合流できれば食べ物はあるし、気にしなくていいよ」


 ライムは納得したように、その肉片を咀嚼し始めた。


 そうだ、それでいい。こいつに満足してもらうために、俺は頑張ってきた……。


 さて、そろそろ皆と合流しなくては。ウィルは再びライムを駆り、南にあるだろうイザの居留地へ舵を取った。


 マグタンク教官は、無事本隊に合流できただろうか。無事だったら今頃、自分のことを心配しているに違いない。ジエン隊長もきっとそうだ。今度また、厳しく叱られることだろう。あるいは、もう死んだ者として扱われているかもしれない。


 と不意に、真下の民家がウィルの目に入る。もう誰も寄りつくことのなくなった古い丸太造りの空き家を見て、ふと何かがこみ上げてきた。不安とも絶望とも名づけがたい、どこか息苦しい感情。


「ねえライム。俺たち、これからどうなるんだろうね。このまま、大陸中の人間を喰いつくしちゃうんだろうか。――ううん、別にそれでも構わない。お前と一緒なら、俺はそれだけで……」


 曇る気持ちとはあべこべに、飛行は概して順調に進んでいた。が、墜落地点辺りまで戻ったところで、遠目に飛行物を発見する。大陸で空を飛ぶものは、鳥の他に一つしかない。しかも、この付近を少数で巡回しているとなれば――。


「ライム、急いで地上に降りよう。まだ向こうは気付いて無さそうだ。暫く隠れてやり過ごそうね」


 とは言っても、すぐ下の地上は隠れる場所に乏しい荒れ地だった。仕方なく、小さな岩陰に身を寄せる。ライムの岩石体を見て、岩と勘違いしてくれるといいのだが……。


 幸い、巡回の騎士たちは、付近まで飛来することなく引き返していった。ウィルはほっと胸をなで下ろす。


 だが安心したのも束の間、全く別の方向から、それを眺めていたものがあった。北西の空。青い鮮やかな竜を駆る少年は、ウィルとライムの姿を離れた場所から見留める。


「おーい、そこで何やってんだ?」


 少年は、特に思慮するでもなく、何の気なしに岩陰の隠者を呼びかけた。


 ぎくりと腰をすくますウィル。ライムをその場に横たえたままで、恐る恐る背後を振り向き、相手の姿を視認する。


 まさか、シルデン兵――。向こうの方角にも居たのか!


「よっと、あんたどうしてこんな場所に?道にでも迷ったか?」


 そんなウィルの敵意を尻目に、少年は地上へ降りて、ウィルに歩み寄ってくる。声も顔も幼く、ウィルよりもいくつか歳下のように見えた。


 間近に迫るその姿を観察するウィルは、ある異変に気付いた。少年は鎧を身に着けていない。シルデンの白い鎧も、イザの黒い鎧も。


「――あなた、イザ兵ですか?それともシルデン兵?」

「ん?ああ、どっちでもねえよ。俺ははぐれ者。どこの国にも属してない」


 少年は、よくわからないことを言った。軍属で無いはぐれの竜騎士など、聞いたこともない。


「そっか、自己紹介が先だよな。俺はノートル。相棒と一緒に物売りをしてる。これでも商人の端くれってやつだ。ま、どこの組合にも属してないんだけど」


 商人?口ぶりからしてメルセルの一員じゃないみたいだが、まるで正体が掴めない。ウィルは目の前の人物を信用していいものかと、疑り深げに会話を紡ぐ。


「僕はウィルと言います。先日、イザの正騎士になりました」

「なあなあ、あんたもしかして黒竜の騎士か?だよな、間違いない!うわあ、嬉しい。俺一度会ってみたかったんだよ」


 聞いちゃいない。まるで小さな子どもと話しているようだと、ウィルは思った。


「噂が一人歩きしているだけですよ。僕は、大したことはしていない。軍に入って勝手ばかりしている、碌でもない兵士です」

「あ、ごめん。もしかしてあんまり気乗りしない話だった?控えるよ」


 急にしおらしい。意外と空気の読める人物みたいだ。


「商売をしているとおっしゃいましたが、このシルデンの地で、商団員以外の者が自由に物売りなんてできるのですか?」

「それができないから、俺は抵抗してるんだよ。商団のやつら、自分たちが儲けることばっか考えて、市民には一切還元するつもりがねえ。商売ってものはもっと自由にあるべきものだ。それを体現するために、俺は活動している。この相棒と一緒にな」

「その竜と一緒に?」

「ああ、陸路や海路が駄目なら空路で商売しようってね。地形に左右されず、どこを往くのも思うがまま。力持ちで、一度に沢山の商品を運べる。やっぱりドラゴンは行商と相性抜群だと思うんだ」

「なるほど……」


 そんな発想は今まで抱いたことがなかった。ウィルは自分にない考えを持つ少年に、ちょっとした尊敬を覚える。


「もっとも、最近メルセルが竜騎士を抱え出したと聞いて、俺も戦々恐々なんだけどね。曰く、一昨日のイザとの会戦で初お披露目したとか。軍事利用しているうちはいいが、商売に転用されたら、俺としてはたまったもんじゃない」

「苦労が多そうですね」

「まあね。でも、他の手だても用意してるんだ。今、国の中央平野に二つだけ走る大街道。それに対抗して、別のルートを作り上げようって思ってる。地上を往く仲間たちを助けるためにも、絶対必要なものだし」

「商売仲間が居るんですか?」

「勿論。何か大きなことを始めるにあたって、一人じゃ障害が多すぎるからね。阿呆だけど気のいい仲間たちと、毎日楽しくやってるぜ」


 お喋りな少年――ノートルと話していると、時間がいくらあっても足りなそうだった。しかし、口ぶりから気のいい人物だとわかるから、ウィルは決して不快な気持ちにはならない。


「俺とこいつは、ツインなんだ。ほら、俺の額に文様があるだろ?これと同じものが、相棒の額にも刻まれてる。今は鱗が生えて確認できないけど、昔はばっちり確認できた。――あんたとそっちの黒竜もツインなのか?」


 ツイン……魂を分け合った存在。全ての竜は、この世のどこかに人間のツインを持つ。


「わかりません。雛の時の姿を見たはずなんですが、あまりよく覚えていなくて……」

「そっか。でもそいつの事、すごく大切なんだろ?」

「どうして、そう思うんです?」

「見てりゃわかるよ。だってあんたたち、らぶらぶだもん」

「ら、らぶらぶ……」


 変わった言い回しをするものだと、ウィルはおかしくなった。訓練所に居た時は、こういうタイプの輩とは付き合わなかった。というか、最も関わりが深かったのが、あの無愛想のルームメイトだったから、ギャップが激しすぎる。


「にしても馬鹿でかい竜だなあ。何を食べたらこんなに大きくなるんだ?もしかして、人間とか?」


 緩んだ空気に、一瞬で緊張が走る。張り詰めた空気がそのまま凍り付いて、ひび割れてしまいそうな場面だった。


「どうして、それを……」

「――えっ。マジでそうなの?」


 ……しまった。動揺のあまり、反応を誤ってしまった。彼には何の確証もあったわけじゃない。単なる戯れの延長だったのだ。それとなく誤魔化しておけばよかったものを、敢えて状況を悪くしてしまった。


 突如、ウィルの瞳に冷酷な炎が宿る。ノートルも、それを敏感に感じ取った。


「おっと、落ち着けって。誰にも言いやしないよ。大事な秘め事だったんだろう?それを他人に知られたらまずいってのも、なんとなく察せる」


 ノートルは落ち着き払ってそう言う。まさか、自分が殺されるやもしれないとは思ってもいないのだろう。


「約束するよ。誰にも言わない。俺こう見えて、約束は一度も破ったことないんだぜ。破られると悲しいって知ってるから、自分じゃ絶対にしない」


 その誠実で幼い言葉に、ウィルの狂気はすっかり冷めてしまった。本当は、ここで始末するのが一番安全なんだろう。だけどなんだか、この人物は信用していい気がしたのだ。


 イグルクとは全く別人格であるけれど、信頼できる何かを感じる。妙な感覚だが、理性で押さえつける必要があるとも思わない。


「信用しますよ。あなた、悪い人じゃなさそうですし」

「やっぱりそうかな?よく言われるんだ、『あなたって無邪気な人ですね』って!」


 それはニュアンスが大分違うんじゃなかろうか。と内心つっこむうちに、ウィルの毒気はすっかり抜けていた。まさしく無邪気な人だ。こんな人間にさっきまで本気の殺意を向けていたなんて、自分が馬鹿らしくなる。


 すっかり弛緩したウィルは、溜まったものを吐き出すかのように、聞かれてもないことをぺらぺらと喋り出した。


「――サラマンドラなんです、こいつ」

「え?さらまんどら?」


 ノートルは伝説の類に疎いようだった。ウィルは簡単に説明してやる。サラマンドラはフィニクスの対となる存在であること。世界を災厄で包む、人類の敵であること。


「矛盾しているんです、僕。千年王国再建を目指すイザに仕えながら、内々にはサラマンドラを飼っている。皆を欺いて、卑怯ですよね」

「……別に矛盾してねえし、卑怯とも思わねえよ」


 しかしノートルは、ウィルの自嘲を認めなかった。


「そいつが何よりも大切だから、どうしても一緒に居たいから、軍に入ったんだろ。わかるよ、俺だって同じだ。相棒が傷つくのが嫌で、軍を抜け出して商売始めた。俺はそこに何の疑問も葛藤も抱いちゃいない。他人からは逃げ出したって思われるかもしれないけど、そんなことは一向に構わない。だって、一番大切な目的を果たせてるんだから」


 ノートルは力強い熱弁を振るった。ウィルの目には、彼が輝いて見えた。状況は大きく違えど、自分とこの少年は同じような苦しみを抱いた。けれど彼は、それを己の力で打開してみせた。


 かっこいい。この人は、なんてかっこいいのだろう。


 ウィルの憧憬の視線を受けて、ノートルは恥ずかしがるように話を打ち切った。


「ごめん、馬鹿みたいに長話しちゃったな。俺はそろそろ行くけど、あんたは?」

「軍に戻りたい――のですが、向こうに偵察騎が飛んでいて、迂闊に動けないのです」

「あいつら、日中はずっと巡回してるからなあ。掻い潜るのは難しいかも……。そうだ、何なら夜まで俺たちの所で過ごさないか?」

「ノートルさんの所で?」

「商売仲間が居るって言ったろ?ただのキャンプだけど、一応拠点があるんだ。ここでじっと待つよりかは、ずっと休めると思うぞ」

「ありがたい申し出ですが――」

「じゃあ行こう!ほら、俺の竜についてきて。結構速いからなー」

 強引に同行する羽目になってしまった。だが悪い気はしない。偶にはこういった刺激も悪くないものだ。

「どうせ、もう一日以上経っちゃったからな……」




 四半時足らずで、二騎は件のキャンプに到着した。兵営のものよりもずっと背の低い、屈んで入るのがやっとの天幕が五、六。焚火の跡の隣には汚れた鉄鍋がそのまま放置されていて、生活感を匂わせる。天幕の脇に置かれた木箱の上には、未開封の酒瓶がいくつか。これも全部売り物らしい。


「昨日張り切って仕入すぎちゃってね。天幕に収めきれないんだ。見苦しくてごめんな」

「いいえ、そんな事は」


 ウィルは物珍しげにその光景を見つめた。メルセルの行商を目にしたことがあるが、彼らは馬車連隊で街を移動するので、こんな風に街の外で物売りの一面を垣間見せることはないのだ。


「皆、客が来たぞー。今日居らしたのはなんと、巷で噂の黒竜の騎士さまだ!」


 ノートルの呼び声によって、仲間たちが次々と天幕から現れる。その顔触れは実に様々だった。


 口ひげをたっぷり蓄えた、人の良さそうな中年男性。ウィルに色目を使う女性言葉のお兄さん。スラリと背の高い、色気たっぷりの未亡人。まだ年端のいかない、幼くも溌剌な少女。およそ行商隊のメンバーとは思えぬバラエティぷり。まだ家族と言われた方がしっくり来そうだ。


「ゆっくりしていってね。何だったら寝泊まりしていってもいいのよ?あなたみたいな可愛い子ちゃんなら、どれだけ長居しても構わないわ」


 と、おかまの男性が一言。


「嬉しいです。でも、夜には戻らないといけないので。これ以上、仲間に迷惑はかけられない」

「あら、そう。残念ねえ」


 ウィルは並々ならぬ歓待を受けた。どうして自分をこうももてなしてくれるのだろうと不思議だったが、彼らはいつもこの調子らしい。


 軍に居た時もちやほやはされたが、どことなく心が安らがなかった。隠し事を続けている罪悪感のためか、あるいは軍隊という場所自体が好きじゃなかったか。でも、この場所はなんだかとても居心地がいい。ウィルは幾月かぶりに、本当の意味でリラックスした気分になった。


 始めこそ数時で暇する予定だったウィルだったが、結局夕飯もご馳走になった。魚や果物をたっぷり使った、豪勢なものだった。獣肉過多だった兵営の飯とは趣が異なり、気分まで新鮮になる。


「ウィル、ちょっといいか?」

「なんでしょう?」


 食後、ライムの世話中のウィルの元へ、ノートルがやってくる。


「出発する前に、ちょっと話しておきたいことがあってさ。俺、以前はイザの軍属だったって話したよな?」


 昼間聞いた話だ。まさかウィルは、ノートルが自身の先輩――それも八つも歳上――とは思っていなかったから、大変驚いた。もうまかり間違っても、少年等とは表現できない。


「軍を抜けようって決めた時、あまりにも唐突でさ。皆に挨拶もせず飛び出しちゃったんだよね。それで今更になって、皆のその後が気になって。もしよければなんだけど、俺の仲間たちの様子を聞いてきてくれないかな。もしわかったら、手紙かなんかで報せてもらえれば……」


 なんだかこの話、聞き覚えがある。――ああ、思い出した。恩人の一人が、似たような話をしていた。


「もしかして、その中にはジエンという人が含まれますか?」

「!どうして知ってるんだ?知り合いなのか?」


 案の定だった。なるほど、あのお人好しの騎士は、この青年を捜していたのだ。それならば、あんな風に気を揉むのもわかる気がする。


「僕の直属の上官です。今は中尉になっていて、三十あまりの竜騎士小隊を率いています。とても、元気にやっていますよ」

「そうか、中尉――あいつが。よかった、安心したよ。ありがとう、ウィル」


 ノートルは感激のあまり、涙目になっていた。結局のところ、この先輩二人は似た者同士だ。後で、ジエン隊長にもノートルの無事を伝えてやろう。きっと、手を叩いて喜ぶだろうだろう――。


「あ、そうだ。その礼と言ってはなんだが、ウィルに会わせたい奴がいるんだ」

「会わせたい人?」

「うちの行商に、考古学者が居るんだ。普段は天幕にこもってて人と会わないんだけど、ウィルから話があるって言えば応じてくれると思う。どうだい、会ってみないかい?」


 考古学者。まさか物売りの口から、そんな人物が紹介されると思わなかった。ウィルは真意を窺うように、言葉の続きを促す。


「道端で行き倒れたのを助けた、拾いものなんだけどね。でも知識は確かだ。あんたの黒竜のこと、何かわかるかもしれないぜ」


 ライムがサラマンドラだと伝えたから、その道に詳しい学者を紹介してくれているのだろう。ウィルは、俄然興味が沸いた。


「その方さえよければ、お話させてください。こいつの事が少しでもわかるなら、どんな労力も惜しみたくない」


 ノートルは、キャンプの中で最も小さくみすぼらしい天幕に、ウィルを通した。日中色々出入りしたが、唯一訪れなかったのがこの天幕だ。


 中にはレンズの分厚い丸眼鏡を掛けた、背中の丸い青年が佇んでいた。ウィルの読めない文字で綴られた本が、辺りにいくつも積み重なっている。どうやらここは彼個人の研究室らしい。堅物そうなのにノートルと軽口を叩き合っているのを見るに、きっと彼らは歳が近いのだろう。


「で、そこの彼は?」

「さっき話したじゃないか。かの黒竜の騎士だよ。メイズと話をしたがってる」

「僕と?」


 メイズと呼ばれた青年は、レンズの奥のギョロリとした瞳で、ウィルを一瞥する。他の隊員たちと違って、一定の警戒心を備えているらしい。


「申し遅れました、ウィルと言います。イザの竜騎士です」

「敵国の兵士か。僕に何の用だい?聖国の情報なら渡さないよ」

「いえ、そういう頼みではなく――」

「おい、メイズ!ごめんなウィル、こいつ人見知りするタイプで。慣れれば可愛いもんなんだけど」


 と、二人に割って入ったノートルは、メイズの鳥の巣状の頭を、ぽんぽんと叩く。


「やめろノートル、恥ずかしい。それで、本当の用件はなんなんだ?」

「サラマンドラについて聞かせてください。なんでもいい、あなたが知っている事全て」

「……サラマンドラね、珍しい。あんな災いの象徴、わざわざ尋ねてくるものもなかなかいないけど」


 メイズはやや訝しげだったが、やがて手ごろな紙片に図面を書き起こしながら、色々と説明を始めた。


「サラマンドラの事はね、あまりよくわかっていないんだ。彼奴の出現期は大陸中で混乱が起きるから、まともな記録がなされず、また、されたとしても散逸しがちでね。よって、フィニクスとの対比によって対象を研究するのが主流の研究法だ」


 ウィルはまさか、「そのサラマンドラが、天幕のそばでいびきをかいて寝ています」とは言えなかった。流石にノートル以外にはまだ口にしたくなかったし、そうであるという確証もない。ノートルからも、喋らない方がいいと事前に忠告されていた。


「見た目や能力をさて置くと、確実なのはフィニクスとサラマンドラは出現時期が絶対に重ならないということだ。フィニクスは誕生から平均百年あまり空を飛び、やがて灰になり空に霧散する。その間の詳細な記録が三件あるのだが、いずれも同時期のサラマンドラ出現については触れていない。反対に、サラマンドラ出現期の記録――これは前述したように不確かなものだが――をたどっても、フィニクスが一緒に現れたという記述は皆無」


 ウィルは頭の整理を随時行いながら、メイズの話に熱心に耳を傾けた。ノートルは話が退屈だったようで、途中で欠伸をしながら天幕を出て行った。


「これを聞くと、千年ごとにどちらか片方しか生まれないと思うかもしれない。ところがそうじゃないんだ。面白いことに、一度サラマンドラが出現したとしても、それを退治すればフィニクスが生まれるという記録が二件もある。彼らはきっと相互補完の関係なのだろう。どちらかが空から消えれば、代わりにもう片方が空へ現れるという機能を果たす。ただし、フィニクスが消えた後にサラマンドラが現れるという記録が無いのが気がかりだが」


 サラマンドラが消えれば、フィニクスが現れる。それはウィルにとって衝撃の言葉だった。一度サラマンドラが生まれたら、もう千年の行方は決定づけられるものだと想定していた。だが、そうじゃないのだ。自分のすぐそばにいるあの黒竜――それさえ消してしまえば、皆が憧れる千年王国が復活するのだ。


 ウィルの心に鉛の玉が落ちた。自分がライムと居ることは、身近な命を奪っていくだけに留まらない。大陸全土を不幸の渦に陥れ、それを傍観し続けることに他ならない。


 ウィルは、あわや揺れ動く自分の心を、必死で押さえつけた。それでもいい。なんだっていい。俺はライムと一緒に居ると、そう決めた。今更どんな事実を突き付けられようが、決して心変わりなんてしない。


 落ち着きを取り戻すと、努めて他人事風に、ウィルは質問を投げかけた。


「サラマンドラが消えても、必ずしもフィニクスが出現する訳ではないんですよね?退治した場合に限りフィニクスが現れるのは、どういった訳なんでしょう」

「そこは僕らも疑問としているところだ。この『退治する』という単語だがね、古の言葉を研究者が訳したものなのだが、文献での出現頻度が低く、訳が適当でない可能性がある。まあ、『ある特定の方法でサラマンドラを消し去る』という意味合いなのは、間違いないはずだけれど」

「そうですか……」


 一瞬淡い期待を抱いたが、サラマンドラの死が王国再建に必要なのは揺るぎないらしい。ウィルは表情に現さず嘆息した。


「今ちょうど、それを研究していてね。僕は件の単語を、『何かを食べさせる』という意味だと仮定している」

「『食べさせる』、ですか?」

「そう。創世神話の原典に、似た綴りの動詞があってね。目下比較研究中だが、僕は二つの単語が同一語源だと確信しているよ。さて、問題は何を食べさせるかだが、神話に出てくる『神樹の木の実』がそうじゃないかって思うんだよ」


 神樹の木の実。確か、古の種族が食していたという、奇跡の力を宿した果実。それを食べると、サラマンドラ――ライムはこの世から消えてしまうというのか。


「学会から無視されているんだけど、サラマンドラの資料では、ところどころ『あの実』という単語が出てきてね。これが神樹の木の実のことだと、僕は踏んでいるんだ。こっちはまだ資料集めの段階で、蓋然性は測れないんだけど」


 語る間に、メイズは興奮気味になっていた。自分の研究内容を他人に話せるのが嬉しくて、舞い上がっているのだろう。


「サラマンドラは悪の化身だから、神聖な実を食べると死んでしまうということですか」

「いや、そうじゃないんだ。すまない、語弊があったな。実を食べたサラマンドラは、邪悪性が失われて、暴れ回ることが無くなるんだ。要するに、空を駆ける災厄の象徴から、なんてことない大蜥蜴に戻る訳だね。それで、代わりに同じく大きな力を持ったフィニクスが、空に現れると考えられる」

「それじゃあ――」


 こんな都合がいい話があるだろうか。神樹の木の実。それさえ食わせてやれば、ライムは――。


「そう。僕たちは、サラマンドラを殺すことなく、世に太平の千年王国を築くことができるはずなんだ」

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