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竜を駆るもの  作者: なろうなろう
第二章
18/33

参戦

 ――伝説を伝説で終わらすために。




「どうして、あんな恐ろしいことをしたんだ!」


 朝の兵営。その東端にある天幕の片隅にて。温厚で知られる騎士ジエンが、かつてないほど声を荒げていた。


「本当に、罪のない人を殺す理由があったのか?」

「……あの街の人々は、全て敵でした。一人残らず殺すのが、最良の策だったのです」

「さっきからそればかりじゃないか。具体的に何があったのか話してくれないと、こっちだってお前を理解できない!」


 ジエンは真っ直ぐにウィルの瞳を見つめている。一方のウィルは、視線を合わせる素振りだけして、目の焦点をどこか遠くにずらしていた。


「もうよせ。いくら騒いだところで、これ以上喋らないだろう」


 見かねたソドムが二人の間に割って入った。強面の副隊長は、こうした仲裁役になれているらしい。忽ち、ジエンの表情から怒気が引いていった。


「……すまない、怒鳴りつけたりして。何か話せない事情があるんだよな。少し頭を冷やしてくるよ」


 ジエンは左手で額を押さえながら、ふらふらと部屋を出て行った。それを見届けたソドムは、おもむろにウィルの方を向き直る。


「なあ、ウィル」

「はい」


 重々しい呼び声。結局説教する人間が交代するだけかと予感したが、そうではなかった。


「お前がだんまりを続けるつもりなら、追及する気はねえよ。だが、忘れるな。お前が色々と好き勝手やれているのは、ジエンが裏で奔走してくれているおかげだ。それに少しでも感謝する気持ちがあるのなら、これ以上負担をかけてやるな」


 ソドムはそれだけ告げて去っていた。十人以上が寝泊まりするだだっ広い天幕に、ウィルだけが独り取り残されている。


「――僕だって、迷惑をかけたくないですよ」


 でも、ライムの秘密を話すわけにはいかない。もうこれ以上、リスクは増やせないんだ。どれだけ胸が苦しくても、あの人の良い竜騎士を欺き続ける他ない――。


 


 その頃ザスティンは、街の現状を記録した報告書に目を通していた。彼の目を捕らえて放さないのは、『生存者0』という、あまりにも単純で、救いのない数字。


「気が、狂っているな」


 ザスティンはぼそりと呟いた。単に戦闘の過程で火事が起こっただけなら、生き残りがゼロということはあるまい。住民に対する、明確で、強烈な殺意があったに違いないのだ。砦の時に起こったであろう惨劇も、やはり妄想ではなかった。ウィルという少年は、天性の殺戮者。狂気に駆られた、悪魔の申し子だ。


「ウィル訓練兵の処分は、いかがいたしましょう」


 報告書を持参した配下の騎士が、司令官に尋ねる。


「処分は保留だ。彼は命令違反を犯した訳じゃない。未来の英雄の羽を、こんなことで捥ぐわけにもいかないからな」


 それよりも、彼らの強大な力を活用することを考えねば。うまく運用さえできれば、軍の最大の武器となるのは間違いないのだ。


「都には、『テジュータは火災で全焼した』とだけ報告しておけ。陛下に余計な心労をかけるまでもあるまい」

「わかりました」

「それから、マグタンクにも本当のことを伝えてはならないぞ。奴は教え子のこととなると、冷静ではいられない節がある。愛弟子のウィル少年がこんな大惨事を起こしたと知れば、どんなショックを受けるかわからない。この事は、幹部と当事者だけが知っていればいい。ウィル少年にも口止めしておけ。果たしてもう周囲に話してしまっているかもしれないが……」


 テジュータは焦土となった。これが悲劇であることは言うまでもないが、戦局に及ぼす影響も少なくない。


 既に出発時に持ち込んだ物資を消耗したイザ軍は、進路上の町で物資を補給する必要があった。大都市テジュータは物資の集積地点であり、軍はこの地での大量補給を見込んでいた。その当てが、火災と虐殺によって丸々失われてしまったのだ。イザにとっては大きな打撃である。


 さらにイザには、もう一つの懸念があった。彼らは、森林に潜むシルデン国軍に勝ちきることができなかったのだ。


 姿を隠し続けるシルデン兵に業を煮やしたイザは、敵を炙り出そうと森に火を点けようとした。しかしその瞬間、背後から思わぬ強襲を受けた。イザの攻撃を予想したシルデン軍は前夜のうちに兵の一部を動かし、別地点に身を潜ませていたのだ。


 練度の低い歩兵ばかりとはいえ、竜への特効をもつ毒矢は脅威だった。指揮系統は一時的に乱れ、イザ軍は少なくない打撃を受けた。ようやく態勢を立て直して反撃したところ、敵は素早く森の奥へ退却。追撃せんとしてもどんどん森の奥に逃げ込まれ、深追いすれば弓矢の応戦とあって、ついに尻尾を巻かれてしまったのである。


 両軍の被害としては、イザ側が竜騎百の損傷、シルデン側が捕虜・負傷者含め兵士二百の損失であった。両軍の規模からすれば互いに大きな損害ではなかったが、数字だけを見れば痛み分けであった。


 この結果は、両者の士気に多少の変化を与えた。烏合の衆と侮っていたシルデンにまんまと出し抜かれたイザ軍は、ついにその勢いに翳りを落とした。一方、初めてイザに一矢報いたシルデン軍は、以前と比べて明らかに活気づいたのだった。


 ――つまるところ、戦争の趨勢はまだ決定していない。次の大規模戦闘で、闘いの行方は占われるだろう。 




 テジュータの悲劇から二日日の朝。ウィルは朝当番に勤しんでいた。あの灰髪の少年も同じ仕事だ。相変わらず誰よりも早く起きて、せっせと炉に薪をくべている。


 ウィルはそうするのが一番よかろうと思って、努めていつも通りに声を掛けた。


「おはよう」


 すぐに返事はない。おもむろに振り向くその顔を一見して、単に機嫌が悪いだけではないのが推し量れた。


「よくもまた、おめおめと話し掛けられたものだな」


 今度のイグルクの瞳には嫌悪ではなく、軽蔑の念がほとばしっている。今の彼は、完全に否定しきっている。ウィルの行動を。ウィルの、存在自体を。


「なぜ街の住人を殺した?」

「……君も、隊長たちと同じことを聞くんだね。ライムの秘密を知っている君なら、大体わかるでしょ?」


 その瞬間、イグルクは持っていた薪を放り捨てて、ウィルの胸倉を掴みかかった。


「――俺が、今まで何の為に……」


 怒りで喉が塞がれて、次の台詞が出てこないようだった。イグルクは、そのまま言葉の続きを絶った。握りしめた拳を緩め、また炉の方に向き直っていく。


 その後は、二人とも無言で仕事をした。辺りには誰もおらず、火の粉がバチバチと跳ねる音と、遠くで薪を割る音しか聞こえない。まるで、時間が冬眠を始めたようだった。


 仕事を終えた去り際。イグルクは、もう一度だけウィルの方に顔を向けて、非情な捨て台詞を残した。


「お前は、ただの人殺しだ」


 人殺し。そうだ、間違いない。何の罪もない人間の命をいくつも奪ったんだ。武器を持った兵士じゃなかった。ライムの秘密を知らなかった者も居るだろう。意味のない殺しをした。してはいけいない殺人を犯した。


 ……でもどうしてだろう。そんな恐ろしい烙印を押されても、


「別に、なんとも思わないや――」




 英雄マグタンクが軍営に到着したのは、その日の昼過ぎだった。


 休息中の兵士たちは、その一報を聞いて我先にと天幕を飛び出す。片隅で一人槍を磨いていたウィルも、それに続いた。


 兵営は、宴会時のように多数の兵士でごった返していた。体の細いウィルは、忽ち人ごみに呑まれて身動きが取れなくなる。それでも、目標の姿だけはしかとその眼で確かめた。


 雑踏の中心にある、背の高い益荒男。ダルネフの主任教官、マグタンクだ。イザの平原で別れてから一月あまりしか経っていないのに、妙に懐かしく感じる。


 結局教官に近付くことは諦めたウィルだったが、代わりに、彼が他の騎士と交わす言葉を拝聴する。その顔触れには、上官のジエンも含まれていた。


「ジエン!いやあ何年ぶりだろう。立派になったものだなあ。今年の秋には中尉に昇進したんだって?」

「運がよかっただけです。それより、ご無事でよかった。到着が予想より遅いものだから、皆心配してたんですよ」

「ははは。何、ちっと寄り道する場所があってな」


 二人の恩人は親しげに会話を弾ませている。ジエンは、マグタンクの元教え子。それも、ダルネフで初めて教鞭を振るった時の生徒らしい。彼らの間に深い絆があるのは然るべきだろう。


「君たちには手土産があるぞ。後で、一人一人渡してもらおう」

「また妙ちくりんな置物じゃないでしょうね?」

「安心したまえ、今度は食べ物だ。私が毒見をしたから、安全も保障できる」

「教官は土だけ食べて一週間生き抜いたことがあると聞きますから、それだけでは安心できません」


 戦争中だということを忘れてしまうような、穏やかな光景。ウィルは、微笑ましさと胸騒ぎが同居したような、得も言われぬ気分になった。


 やがて、司令官が自ら足を運んでその場に現れた。辺りの喧騒が止み、空気がピリッと引き締まる。


「――や、わざわざ出向かれるとは大変恐れ多い。お久しぶりです司令官殿。雑兵マグタンク、ただいま竜騎士本隊に合流しました」

「ご苦労だった。立ち話もなんだ。中に入ってゆっくり話そう」


 そう短く話を切って、二人とその取り巻きは、参謀天幕の中に消えて行った。騎士たちは蜘蛛の子を散らすように、一斉に元居た場所へ戻っていく。ウィルも、自分の天幕に戻ってつまらない読書を始めた。


 一時ほど後。ウィルの元に、複雑な表情を抱えたジエンがやってくる。


「ウィル」

「何か御用でしょうか」


 また尋問かと予感した。が、それは杞憂で、今度は嬉しいニュースだった。


「マグタンク将軍が君を呼んでいる。今すぐ、参謀天幕の裏に来てほしいそうだ」

「!――ありがとうございます。すぐに向かいます」


 こんなに早くも、話す機会がやってきた。ウィルは勇んで指定された場所に向かった。


 人気の乏しい、冷たい物陰。そこには、愛想の悪い学友の姿があった。わざわざこんな場所で佇んでいるからには、彼も教官に呼ばれたのだろう。


 ウィルは流石に話しかけるのも慎んで、無言で少し離れた場所に立った。まだ近いだろうか。しかし、これ以上遠ざかると、参謀天幕から離れすぎてしまう。どうやって距離を図ったものか……。


「会いたかったぞ、二人とも!」


 と、その暗雲を打ち払う、とびきり力強い声。背後から肩に腕を回されて、ぐっと体を引き寄せられる。少年二人の間に置かれた距離は、強引に縮められた。マグタンクは、脇に抱えた二人を見比べながら、嬉しそうに高笑いしている。


「教官……いえ、将軍。お久しぶりです」

「どっちでもいいさ。本当に随分と久しいなあ。元気にしていたか?」

「ええ、大した怪我も病気も無く……。いくつか大変な任務はありましたが」


 ウィルはこの場に及んでも、もしや叱責されるのではあるまいかと少々心配していた。しかしマグタンクの様子を見るに、事情を耳にしてないらしい。


「そうかそうか。それで、イグルクはどうしていた?」

「私は、平凡に従軍していただけです。取り立てて語ることはありません」


 ウィルばかりが応答するので、今度はイグルク個人に向かって語りかける教官。無愛想の少年も、無愛想なりに丁寧な応答をする。


「ああそうだ、君たちにプレゼントがある。ほら、これを受け取りたまえ」


 とマグタンクが差し出したのは、綺麗に丸められた上質紙。開いてみると、嘆息してしまいそうな美しい字で、荘厳な文章が綴られている。


 それはなんと、二人分の騎士叙任証書だった。


「これは……」

「ここに合流する前に、都へ出向いて発行してもらったのだ。ほら、ここに陛下と君たちの名前が記されているだろう。まぎれもない本物。君たちは、正式なイザの騎士になったのだよ!」

 

 なんという無謀だろう。疾風マグタンクにしては随分合流が遅いと思っていたが、まさか途上でイザの都――テジュータとは真逆の方向である――に立ち寄ろうとは、尋常の発想ではない。


「証書の再発行には色々手間ががかかるからな。失くさぬよう、大切に持っておくのだぞ」


 二人にそれを手渡すと、マグタンクは慈愛の目で以て、茫然とする二人の様子を眺めた。


 ウィルは、その紙切れが栄光の証にも、呪いの象徴にも見えて、どんな感情を抱けばいいのかわからなかった。一方のイグルクは、ずっと望んできた己の力の証明物を手にして、半分白昼夢を見ている感覚だった。両者はそれぞれ別の理由で、証書に喜びを表すことができなかったのだ。


「……僕は、もうイザ王国の正竜騎士なのですね」

「そうだ。郷国を守る栄光の戦士。この私と肩を並べる、同僚だ」

「僕の行動は、国そのものの行いと通じるのですね」

「騎士は国の命によって動き、国の理念のために生きるものだからな」


 ウィルは、自分にはこの証書を受け取る権利がないと思った。今すぐにでも返上してやりたかった。さもなくば、ずたずたに引き裂いてやりたかった。


 自分の身が、人殺しの不名誉を被るのは一向に構わない。でも、他の騎士たち――とりわけこの真っ直ぐな教官には、同じ罪を背負わせたくなかった。


 指先が細かく振動した。意識していないと、その紙切れを雪の床に落としてしまいそうだった。ウィルは、それから教官と別れるまでの間、ずっと指の力を抜くことができなかった。




 その十日後には、パスティナ経由の歩兵部隊が合流した。


 当時竜騎士たちは、補給のためにテジュータ北方の小さな町に駐屯していた。その間の物資欠乏は深刻だったが、歩兵団の到着によって、どうにかそれを凌いだ形となった。


 ようやく全軍が一堂に会したイザ軍は、早速軍議を催す。そこで、全軍を二つに分ける方針が決まった。――テジュータより西には南北二つの街道がある。その両方を押さえることで、敵の交通手段を奪い、都を完全に孤立させようというのが狙いだ。


「急進軍して、敵の都を攻め落とすのではないのですね」

「イザの真の敵は、シルデン王家じゃないからね」

「商団に打撃を与えるのが目的、ですか」


 ウィルは、決議の意味をジエンに問うていた。先日まで地方の訓練所で槍を振るっていたウィルは、都の政治事情に疎い。大昔の歴史や風俗に関しては、並の者よりずっと詳しいけれど。


「ジエン隊は南方ルートに配置された。今度は、歩兵も含んだ中隊以上の単位で活動することになる。上官の顔をよく覚えておくようにな」

「はい、ありがとうございます」


 ジエンは、ウィルに対してだけ、一対一で命を下すようにしていた。ザスティンにそう指示された訳じゃない。そうでもしないと、またこの少年が暴走してしまう不安が拭えなくて、気が気でなかったのだ――。


 ウィルはこの配属か、少々不満だった。マグタンクは、ウィルたちと異なって北方ルートに配属されたのだ。せっかく再会できた恩師とまた離れてしまうのは、やはり悲しい。


 その寂しさを紛らわすように、ウィルは出発までの間、頻繁にマグタンクを訪ねた。テジュータでの凶行を知らぬマグタンクだけが、唯一今まで通りの自分として振る舞える対象だったのである。マグタンクは急に人懐っこくなったウィルを不思議に思ったが、敢えて理由を問うことはしなかった。


 再進撃が始まる日の明け方。そのマグタンクは、朝一番に稽古に励む教え子の元に参上した。


「イグルク、精が出るなあ!」


 それが随分遠くから異常な大声で響くものだから、一瞬イグルクは敵襲の報せかと錯誤した。見慣れた面影を遠くに認めて、ほっと胸をなで下ろす。


「何でしょうか、将軍」

「君とは、到着した時以来全く言葉を交わしてなかったのでな。少し話をしてみたくなったのだ」

「話すことなど特にありませんが……」

「そう言うな。私にはある」


 話があると言われたら、無下にすることはできない。仕方なく、イグルクは槍の構えを解く。


「イグルク、君は私によく似ている……」

「は?」


 あまりの意味不明に、率直な反応がそのままロに出ていた。イグルクは内心台詞を紡ぐ。「俺とあんたのどこが似ているのか」、と。


「いや誤解するな。顔や性格がという話ではない。私と君とは、立場がよく似ているというのだ」

「……」

「私もかつて、名誉や実績に拘った。どうしても追い越したい人間が居てな。しかし、いつだって私は二番手だったよ。自分の無力さを呪ったな。他の騎士からすれば、傲慢な悩みに映ったかもしれないが」


 またハイスの話だと、イグルクは直感した。


「けれど、私は腐らなかった。武術では叶わぬと思ったから、別の方法で己の才能を伸ばしたよ。一人で戦うのをやめ、部下を積極的に指揮するようにした。新米の兵士たちを教育し、軍全体の戦力強化を図った。いつの間にか私は、ライバルと同程度……いや、それ以上の実力者と目されるようになった。相変わらず、武術では叶わなかったが」


 朝露が薄れ始め、大気が鮮やかに色づいていく。イグルクは黙ったまま話の続きを促した。


「イグルク、君にできて、ライバルには成せないことがあるかね?」

「――あります。他ならぬ、俺にしかできないことが……」

「だったらその道を進めばいい。それは決して逃げじゃない。一つの道を究めたものは、他の道を往くのにも楽になる。今度元の道を進む時には、きっとライバルの背が見えるはずだ」


 イグルクは黙って頷いた。二人の間を、その日一番の大風が駆けた。




 ――それからのイザの進撃は、予想以上の快調を呈した。敵軍との接触は一切なく、訪れる街の住民も、全く抵抗を見せない。クヴィス率いる敵中央軍はどこで何をしているのか?参謀は首を傾げたが、立ち止まる理由もなく、ひたすら道を進んだ。


 ようやく敵軍が現れたのは、テジュータ近郊出発から五日後。北方面軍が、東西に長い荒れ地の平野に差し掛かった時であった。


「敵の数は?」

「前方に霧がかかっていてため定かではありませんが、一万は居るかと」

「ほほう、ついに腹を括ったか。ならば正面から相対し、ここで決着をつけてやろう」


 北方面軍の指揮を執るザスティンは、余裕の笑みを浮かべる。辺りは逃げ隠れする場所の無い荒廃した土地。まともに衝突すれば、此軍が負けるはずもない。


「一気に攻め込むぞ。全軍に用意を急がせろ!」


 イザの歩兵は、中央・右翼・左翼と、兵を大きく三つに分けて陣を組んだ。竜騎士たちもその編成に倣って部隊が分けられる。


 敵は東西――兵の向きから捉えれば、縦方向――に長く部隊を展開していた。本陣ははるか後方にあるに違いない!

敵将クヴィスめ、我らの復讐を恐れたのだ。だが、竜騎士の機動力を侮ってもらっては困る。いくら前線を歩兵で固めようが、飛行部隊には何の障害もならないということを、身を以て教えてやらねば。


 先日の戦いで鼻を折られたザスティンの執念は、なかなか凄まじかった。今度の戦いでは、絶対に借りを返してやる。その決意が、言葉尻からにじみ出ていた。


「マグタンク、君は右翼を通過して、本営に襲い掛かれ。将軍の首を取ってくるのだ」

「はっ、必ずやその役目果たしましょう」

「私は中央で地上の応援をしながら、先行する右翼を追いかける。多少遅れをとるかもしれないが、気にしなくていい。君は一切の停止なく猛然と進撃し、一刻も早く敵将を討つのだ」


 日の鮮明になった頃、イザ北方軍は全軍突撃を開始した。歩兵同士の、正面衝突。その力量差は、すぐさま明らかになった。


「イザが竜騎士だけの国と思うなよ!」


 熟練したイザ兵たちは、動きの鈍いシルデン兵たちを次々と打ち倒していく。装備の差でも、戦略上の優劣でもない。単純な兵の質で、戦いの趨勢は決定づけられていった。


「我々が地上を応援するまでもないな。全竜騎士部隊は先を急げ。マグタンクの背を見失わぬようにな」


 飛行部隊の加速を促すザスティンだったが、なかなかどうして先行する右翼に追いつかない。マグタンクが率いる数十の小部隊は、黒竜ライムに勝るとも劣らぬ快速で先を進んでいく。


「やはり、イザ最速の男は違うな。しかし、この天候……」


 未明からみぞれが降るせいで、前方の見通しが悪い。油断すると、遠くの部隊を見失ってしまいそうだ。地上の様子もおぼろげだが、今のところ敵の本営らしき天幕は見えない。やはりクヴィスは、陣の最深部に構えているに違いない。


「司令、前線の騎士が撃墜されました!」

「何?」


 思いもよらぬ報告があったのは、突撃開始から四半時後の事だった。攻城戦でもあるまいし、竜騎士が落とされるとは、如何ような事態か。


「地上から弓矢を受けたのか?」

「いいえ、同じ空からの攻撃です!」

「なんだと?」


 ザスティンは、報告兵の言葉の意味がわからなかった。しかし一瞬の後、その意図するところを、他でもない自分の目で確かめることとなる。


「おい、あれはまさか……」

「あり得ない。俺たちが戦っているのはシルデン軍だぞ。そんな馬鹿な話が――」


 前を飛ぶ騎士たちが指を差す、それは――。


「竜騎士、だと……?」


 イザの騎士ではない。シルデンの鎧を身に着けた、敵国の竜騎士。それが数十、いや数百の単位で、目の前に展開しているのだ!


 彼らが驚くも無理はない。竜騎士はイザにしかないはずなのだ。何故ならば、他国には竜騎士を擁し得ない事情がいくつかあるからだ。


 第一に、竜の生息地がイザに集中している。寒冷な気候を好む竜たちは、温暖な西や南の地には殆ど居ついていない。結果、竜そのものを確保することも困難なのである。


 第二に、竜を扱うための知識や騎士・調竜師などの育成法を、イザが独占している。その知識体系は、軍の最上位幹部や、各地の訓練所教官にしか知らされておらず、厳正に管理されている。他国の人間が、おいそれと知れる筈がないのだ。


 だから、建国以来数百年、竜騎士はイザ固有の兵種として保たれてきた。その常識がたった今、かような衝撃的光景によって覆されたのだ。


「前線は、奴らと交戦したのか?」

「突出していた一部隊が敵の先制を受けました。やはり毒弓を装備していた模様です」

「厄介だな……」


 敵の実力がわからぬ以上、無闇に突撃を掛けるわけにはいかない。しかし放っておけば、敵の竜騎士たちも地上戦に介入することだろう。それを防ぐためには、どうにか彼らの動きを牽制して、この空の上に留めておく他ない。


「これ以上、敵空軍と接近するな。距離を保ち、交戦をちらつかせながら、奴らをあの場所に縛り付けておくのだ」


 しかし、敵は大人しくあってはくれなかった。イザが手をこまねいているのを見るに、躊躇なく突撃を開始してきたのだ。


「なんと、向こうから来るのか。まるでシルデン兵とは思えぬ、好戦性だな」


 大陸史上初めての、二国間の上空戦。竜に乗った騎士たちが、長く鋭い矛を交叉させる。


 イザの騎士たちは、決して敵に劣らぬ自信があった。どこで鍛錬を積んだのか知らないが、ぽっと出の異国騎士に負けるほど、自分たちは柔ではない。実際、兵の質はイザが大きく上回っていただろう。


 しかし、シルデンの竜騎士は、例の毒矢を持ち合わせていた。最前線の騎士が槍を振るっている間に、後ろに控える弓騎士が、敵のドラゴンを射抜く。


 この連携攻撃に全くの不慣れだったイザ軍は、続々と撃墜されていった。敵方にも負けず劣らずの損害を与えているが、思わぬ苦戦によって騎士たちに広がる動揺は小さくない。ザスティンは、非常な危機感を抱いた。


「地上に応援を要請しろ!」

「駄目です、地上も押され始めています」

「何だと、どういうことだ」


 司令官は真下の地上戦を眺める。確かに、イザの有利が覆りつつあった。押し込んでいたはずの前線は、竜騎士たちの遥か後方まで下がっている。何があったのかと訝しげに様子を観察するに、どうも自軍兵士たちの様子がおかしい。


「兵士たちが次々と戦意を喪失しています。恐らく、地上から聞こえるあの音楽によって……」

「音楽だと?」


 それを聞き返したところで、遠くなり始めたザスティンの耳にも、ようやく調べが届いた。


 奇妙な笛の音。不規則に感じる太鼓の律動。実に耳覚えのある、かの憎たらしい合奏!


「楽団が、戦場に来ているのか――」

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