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竜を駆るもの  作者: なろうなろう
第二章
13/33

麻痺①

 ――大切な存在。全てを賭して、守りたい存在。心の穴を埋めるのに、丁度いい存在。




 地面が蒼く光っている。煉瓦で舗装された道。どこかの街の跡。少女が一人、こちらに背をむけたまま佇んでいる。青紫の艶やかな髪。白く透き通った素肌。足元から延びる淡い影は、紺色の絹織物を脱ぎ捨てたよう。


 そうか。また、あの夢を見ているのか。


「あんなに大勢の敵をやっつけちゃうなんて、思いもしなかったよ。強いんだね、ウィルは」


 少女の言葉。今度も、ウィルの竜騎士としての活躍に触れる。


「ライムのおかげだよ。あいつは、俺が思った通りに動いてくれる。きっと他の竜じゃ、あんなにうまくいかない。……乗った事ないから、実際のところはわからないけど」

「やっぱり、特別なんだよ。わたしもそう感じる。あなたと一緒に居る時が一番幸せ。ずっとずっと、傍に居たい」


 ――ああ、思っていた通りだ。ずっと欲しかったものが、すぐ近くにある。手を伸ばせば、今にも捕まえられそうだ。鼓動が加速する。昂奮の高まりに応じて、却ってその実現が遠ざかっているようにさえ感じた。


「ウィルは、これからどうしたいの」

「戦争に参加し続けるよ。そうすればライムと一緒に居れるし、イザの掲げる目標にもきっと近づけるから」


 違う。俺が言いたいのはこんなことじゃない。確かめたいことがある。そのためにずっと、この夢を見たいと願ってきた。そのために、何人も――。


「いい目的だね。わたしも、応援するよ」


 少女がこちらを向く。宝石様の瞳が閉じられて、唇は微かな笑みを仄めかしている。


 その時、ウィルは気付いてしまった。矛盾。些細な。それでいて、看過することのできない。


 どうして、『わたし』なんだ――。




「……なんて有様だ」


 ウィルの働きから丸一日後、遠征軍の一部は第六砦に到達していた。その視界に広がるのはまだらに血濡れした大地と、同じ模様の古ぼけた建物。既に揮発した人の内容物は、発色のいい上等な塗料のように見えた。


「報告申し上げます!やはり砦の内部にも周囲にも、シルデン兵の姿は認められません。交戦の跡は見られますが、敵兵の遺体すら見つかりませんでした」


 砦の大門を見上げるザスティンの元に、配下の兵が状況を報告する。


「これだけの血が流れておきながら、か?ここで戦った者は何と言っている」

「ウィル訓練兵は、敵は全て逃亡したと述べております」

「逃亡した、ね――」


 いくら恐ろしい敵に奇襲を受けたとはいえ、たかだか竜騎士一人相手に、砦の衛兵全員が尻尾を巻いて逃げ出す事があるだろうか。加えてこの血の痕。熾烈な殺し合いがあったとしか思えない。


 きっと少なからず、兵の命が奪われたはずだ。そしてウィル訓練兵は、その遺体をどこかに隠した。彼には、我々にも内緒の、重大な隠し事がある……。


 いや、憶測は無益に過ぎない。今確かな事は、ただ一つだけ。


「本当に、一人で砦を攻略してみせたか。少年――」


 ザスティンの心の中で、肝を冷やすような寒々とした何かがざわめいた。それがかの線の細い少年に対する畏れだと認めるのに、暫くの時間を要した。


「ウィル訓練兵はどうしている?」

「砦の一室で休んでおります。まだ意識が戻らないそうで……」

「目が覚めたら私の元へ来るよう伝えろ。ジエン、それからもう一人の少年も一緒だ」


 ――目を覚まして始めに映ったのは、石煉瓦の味気ない天井だった。体を起こすと追加で映り込むのは、天井と同じ煉瓦で組まれた四方の壁に、色のくすんだ粗末なベッド。ウィルは、身に覚えのない場所で眠りについていた。


「あ、起きたね。よかった、ずっと目を覚まさないかと思ったよ」

 聞こえてきたのはジエンの声だ。いつもの、落ち着いて柔らかな。

「俺……僕、どうしてここに」

「イグルクが運んでくれたんだよ。君、彼と合流してすぐに倒れたらしい」

「そう、だったんですね」


 見回すに、部屋の中にイグルクの姿は無い。運ぶだけ運んで、面倒見はジエンに任せたということか。


「毒矢を受けたみたいだね。さっきまでひどい熱が出ていたんだよ。軍医に解毒剤を打ってもらって、ようやく収まったんだ」


 ジエンはウィルの容体について説明した。が、ウィルにとってそんな事はどうでもよかった。


「――ライムは。ライムはどこに行ったか、知りませんか?」

「ライム?……ああ、君の竜か。あれならさっきまで砦の外に待機していたけど、僕らが着いた途端、明後日の方向に飛んで行ったよ。随分気ままな性格なんだね」

「そっか、よかった……。すいません、色々とご迷惑をお掛けしました」

「今はいいよ。まずは、体調を整えておくれ」


 と、不意に部屋の戸が開かれた。暖炉を焚いた病室に、廊下からの冷たい空気が流れ込む。戸の先には、よく見知ったウィルの共犯が立っていた。


「ザスティン司令官が呼んでいます。三人で、すぐに来るようにと」




 ザスティンは、客間と思しき砦の一室に控えていた。部屋にはジエン隊の三人とザスティンの他、彼の側近が二名ばかり。病み上がりのウィルを慮って、人払いをしてくれたのかもしれない。


 三人が腰を据えるなり、ザスティンはおもむろに話を切り出した。


「ウィル、君は自分がした事の意味がわかっているな」


 重たい声色。こちらを脅かす意図があるのかもしれない。ウィルは何らそれに動じず、首の動きだけで返答する。


「一騎で敵の大勢潜む砦を制圧。目覚ましい活躍だ。戦果だけ見れば、爵位授与クラスの働きと言える。だが、君の任務は制圧ではなく、偵察だった。そう、これは立派な命令違反だ」


 気の抜けた声で「はい」とだけ応じる。ウィルはザ、スティンの本心を窺おうと試みていた。


 眉の角度。眉間のしわ。瞳孔の開き方。鼻息の荒さ。どれを取っても、著しいものはない。あの人は、本気で怒っていないのだ。呆れ?諦め?嘲り?あるいは……。


「ウィル、今回の横暴は君が計画したのかね」

「……はい。ジエン隊長は何も知りませんでした。イグルク訓練兵に関しても、僕が唆して強引に計画に引き入れたのです。彼らには何の責任もありません」


 せめて、二人には何のお咎めも与えたくなかった故の方便。しかし、その画策は瞬く間に水泡に帰した。


「イグルク訓練兵、それで合っているかね?」

「いえ、間違っています。計画を立案したのは私です。私がウィル訓練兵を自らの計画に誘い込み、砦の奇襲を実行させました。責任は私にあります」


 ウィルは驚嘆した。そんな嘘をついて何になるのだろう。彼は、自身の立身出世を最優先に考えていたはずだ。自らに不利益な虚言を申し立てたところで、一切の得にならないというのに。


 わからない。イグルクの事が、益々わからない……。


「ふむ、矛盾しているな。どちらかが嘘をついている」


 ザスティンはその状況を楽しんでいるかのように不敵な笑みを浮かべ、二人の少年兵の顔を見比べている。と、その判断が下る前に、ジエンが割って入った。


「お待ちを、司令官。確かに、私は件の計画を知りませんでしたが、二人の監督を怠ったのは私です。もし私が事前に十分な会話の機会を設け、計画を察知していたのなら、このような事態は起こりませんでした。全ての責任は、私が負うべきです」


 そこまで聞くと、ザスティンは更に顔を綻ばせ、殆ど吹き出しそうになっていた。


「ふはは、これは面白い。三人とも自分に責任があるというのだな。大した仲間思いじゃないか」


 ウィルの右頬には汗が伝っていた。自分が責任を一身に引き受けようと思っていたのに、こんな事になろうとは。どうか、ザスティンの評決が誤ることがないように――。


「よろしい、では連帯責任にしよう。ジエン隊、君たちには後方のしんがり役を任じる」

「しんがり、ですか――」

「ああ。輸送部隊の護衛を行ったり、背後の敵状を報告したり、仕事は色々ある。だが、今回の場合においては、残党兵の処理が主たる任務だ」

「残党兵……砦から逃げ出した衛兵たちの事でしょうか」

「そう。君たちの横暴により取り逃がした兵なのだから、君たちが後始末をつけるのが道理だろう。数十程度の敵とは言え、寝首をかかれると厄介だからな。きちんと処理をつけてくれたまえ」


 いや、これも建前だ。残党狩りなど、わざわざ最後方の部隊にやらせる必要性もない。要は血気盛んな訓練兵がこれ以上勝手な行動をしないよう、縛り付けておきたいに過ぎない。


 ウィルはそれをわかっていながらも、不満を抱くことはなかった。主力部隊から距離を置いて進軍するのなら、監視の目は寧ろ弱まると言っていい。ライムと共に単騎行動を取りたいウィルにとっては、却って好都合であった。ジエン隊全体を巻き込んでしまうのは心苦しいが、案外悪くない形に収まったものだ……。


「テジュータに着くころには任を解こう。それまでは精進したまえ」




 遠征軍はそれから二日間砦に停留し体勢を整えた後、目標の内陸都市テジュータに向けて進撃を開始した。


 シルデン聖国東部。それは決してなだらかとはいえない丘陵地帯である。国境を形成する山脈の東斜面、即ちイザ王国側には鋭く切り立った断崖が連なる。ただし、山脈の幅は狭く、いくらか峠を越えれば、すぐにだだ広い平原に出る。反対にシルデン側の傾斜は比較的緩やかなものの、裾が非常に広く、国土の四分の一くらいまで凹凸が続いているのだ。


 このために交通の便が悪く、人の居住はごくごく限られている。中小規模の集落は点在するものの、どれも他の地域から完全に孤立した自足経済を成しており、国家視点の重要性は極めて低い。よって、国境沿いの幾らかの砦を除けばこの地域の軍事拠点はほぼ皆無であり、空路を往く竜騎士からすれば素通りできるに等しかった。


 第六砦の惨状も未だ伝わっていないだろうし、シルデン国軍と本格的に会い見えるのは、相当先の事になろう――。

イザの竜騎士たちは、時折地上の集落に立ち寄って補給と休息を行いながら、悠々と進軍していた。最後方につけるジエン隊も、その例に漏れない。ウィルは、祖国とこの遠征地との、空気の違いを意識する余裕すらあった。


 シルデンの大気は、湿っている。西から吹く蒸気を多分に含んだ風は、国境の山脈で遮られて、この大陸西方の気候に柔らかさを加えていた。


 イザの冷たい刃物のような風とは対照的で、寒気の中にもある種の情けのようなものを感じる。だからこそウィルは、この敵国の空気を嫌いになれなかった。


 フライトは順調に進み、砦出発から二日目の昼下がり。ウィルは隊列のちょうど中央で空を進んでいた。再び抜け出すことがないよう、四方から他の騎士に見張られる格好だ。既に幾分打ち解けた仲間たちとはいえ、周りをぐるりと囲まれるのは、居心地がよいものではない。それでも、彼の心は満ち満ちていた。


 ――苦労を掛け続けてきたライムに、やっと恩返しができた。お腹一杯、ご飯を食べさせてやることができた。これから先も、きっと食事を提供し続けられる。うれしい。あいつの役に立てることが、本当に嬉しい。


「なんだかご機嫌そうだな、ウィル。いい事でもあったのか?」


 ウィルの顔を不思議そうに覗き込むのは、隊長のジエン。


「――ええ。ようやく……いえ、『早くも』かもしれませんが、軍に入った目的を一つ果たすことができましたから」

「砦の一件で、自分の力を誇示できたこと、かな?」

「まあ、そんなものです。ところでジエン隊長は、何か従軍した理由がお有りなのですか」

「理由、か。無くはないかな」


 ジエンは暫く右手で口を隠すような仕草をしながら、頭の中で話をまとめ上げた。


「友人を探しているんだ、俺は」

「友人、ですか」

「訓練所時代の同期なんだがな。性格は似てないんだが不思議と馬が合って、よくつるんでいた。入隊してからも所属が同じになって、そこからまた一緒だった。ま、腐れ縁てやつだな」

「その人が、居なくなってしまったんですか」

「うん。と言ってもそんなに大袈裟なものじゃなくて、軍が嫌になって逃げだしたってだげなんだがな。ある日兵営に置手紙を残して、竜と一緒に姿を消し、それっきり行方はわからない。俺が心配する義理はないのかもしれないが、どうも安否が気になってね。従軍してシルデンに入れば、何かしら手がかりが得られるかもしれないと思ったわけだ」


 やっぱりこの人は、つくづく他人本位だ。ウィルは要らぬ世話と自覚しながらも、ジエンの人の好さを少々心配に思った。


 二人が他愛のない世間話を続けていると、傍につける強面の副隊長が、わざと聞こえるように大声で独り言を吐く。


「あーあ、なんで俺たちの隊だけ、こんな後方に回されるんだよ。軍の最前線からは丸一日以上離れてるし、これじゃあイザ正規軍の追っかけファンだな」


 隊の配置に不満を抱くソドムは、悪態をついた。副隊長でありながら何の事前相談もなかったことに、強い反感を抱いているようだ。


 ウィルは責任を感じざるを得ない。残党狩りとは名ばかりで、内実は本隊を遥か後ろから追いかけて、ひたすら何もない空を移動するばかり。この冷遇に、他の隊員たちもいくらか辟易している。加えて、彼らの乗る竜たちも、疲労が蓄積していた。この最後尾の隊には調竜師が同行しておらず、使役後の適切なケアが滞っているのだ。この不満多き待遇も、全て先日の自分の行動が導いたことである。


「なあ相棒、お前もうんざりだよな。これならマグタンク将軍についてパスティナで暴れ回った方が、よっぽど甲斐があった」


 ソドムは紫の愛竜に、いくらか親しげに語りかける。しかしこの男、竜に乗るのがてんで似合わない。ずんぐりとした肉体は竜の背中を押し潰すような印象を与え、なんだかサーカスの珍獣乗りのようだ。あるいは、喜劇に登場する猛獣使いの悪役と言った所か。


 そんなソドムを、こちらは痩身で頗る優雅に竜を乗りこなすジエン隊長が宥めすかす。


「そう腐るな。……それに、小隊単独行動の方がずっとましだったかもしれない。これから俺たちは、シルデンの傭兵たちと合流して行動を共にしなきゃならない」

「傭兵?なんだいその突拍子もない話は」

「司令官からのお達しなんだ。残党狩りをするのに竜騎士三十じゃ心許ないし、ここらの地理に精通した者の案内が必要になるからって」

「そりゃあ確かに、メリットが無い訳でもないが。けどよ、俺は気が進まねえぜ。シルデンの傭兵といやあ、ならず者くずれの外道集団として有名じゃねえか。仮にもイザの正騎士として、そんな奴らと手を組みたくはねえ」


 ソドムの言い分にも一理ある。実際、多くの隊員はソドムの意見に賛同しているようだった。


「もう決まったことだから、覆せん。さ、お喋りはほどほどに急ぐぞ。今日この先の宿場で傭兵たちと落ち合う段取りとなっているからな」


 この短期間の間にそこまで用意を済ませるとは、随分手際のよいことだ。横で話を聞くウィルは、司令官ザスティンの評価を改める必要がありそうだと感じた。本当の所を言えば、砦の衛兵は全滅したのだから残党狩りの意義はないのだが、それを主張しても全く詮無きこと……。


 それから数時後、一行は粗末な街道の脇にポツリと佇む、小さな宿に辿り着いた。木造の慎ましい佇まいは、一見して粗末な印象を与えるが、近寄って細部を観察するに、戸板から窓ガラスの淵まで清掃が行き届いていて、決して貧相な宿でないことを物語っている。


 ドアの右脇には店名の記された看板が掲げられていて、そこには笛と太鼓を模した風変わりな紋章が添えられている。メルセル商団の、シンボルマールだ。


「けっ、ここも楽団の傘下かよ。そろそろメルセル王国に改名したらどうだ」


 典型的なイザ人らしく、ソドムは筋金入りの商団嫌いである。他の顔色を窺ってみると、やはりどこか不快げな様子である。こればかりは仕方ない。イザの国民は皆幼い頃から、メルセルは敵だと教えられてきたのだから。


 扉を開けると、アルコールの香りが風に乗って、扉の外のウィルたちの鼻孔を刺激する。ロビーは酒場を兼ねているらしく、まだ日暮れ前だというのに、数十もの人間が小樽のような大ジョッキを飲み交わしていた。


 腰に得物をぶら下げた、粗野な印象を与える男たち。これが件の傭兵たちだろうと、即座に直感できる。


「おっ、来たねえ。イザの竜騎士さんたちだ」

「あれ、おかしいな。股の下にドラゴンがくっついていねえぞ」

「馬鹿おめえ、酒場に入るときは乗り捨てるんだよ。酔いが回ると、ドラゴンたちも呆れて飛んでっちまうからな」

「ちげえねえ。おいらたちの女房と一緒ってわけだ」


 戸口を見つめた男たちは、何がおかしいのかわからない支離滅裂な冗談を言い合って爆笑している。相当酔いが回っているみたいだ。ウィルは、今は隣にいないイグルクの表情を想像して、鬱蒼とした気分になった。


「おう、少し静かにしろや。大事なお客様だぞ。挨拶くらいまともにできずどうする」


 と、中でも一番常態を守っている男がしゃしゃり出る。短く刈りそろえた頭に、傷だらけのはだけた肉体。周りの反応を見るに、この者がリーダー格らしい。


「ゲディだ。一応こいつらのまとめ役やってる。よろしく頼むぜ」


 そう名乗った男は、ジエンではなく、より風格のあるソドムへと近寄り手を差し出した。ソドムは特に訂正するでもなく、そのまま差し出された手を握る。


「ソドムだ。俺は副隊長なんだが、まあいい。同じイザ人なら、多少は仲良くできそうだしな」


 名前と顔つきから、ゲディがイザ人であることは一目瞭然である。ソドムはそれに親しみを感じたようだ。やたらとにこやかに傭兵たちと言葉を交し合っている。


 しかし、傍から見ると、二人は恰好以外を除いてまるでそっくりの風体である。ソドムは寧ろ、傭兵を名乗った方がそれらしい。


 ウィルがそんな妄想をしている内に、他の隊員たちも傭兵たちと接触を試みていた。思いの外傭兵たちが同郷であることが判って、すっかり親近感を覚えたようだ。


 時計の長針が一周する頃には、入り口際でぼうっと突っ立つのは、ウィルとイグルクのみになった。


「君、行かなくていいの?」

「こっちの台詞だ。得体の知れない連中に媚びへつらうは、お前の十八番だろう」

「そんな自覚はないけど。イグルクは、ちょっと人嫌いが過ぎるんじゃない?」


 イグルクはそれには答えなかった。流石に、踏み込んだ言い方をし過ぎただろうか。ウィルは一瞬前の言動を、少し反省した。


「あ、砦の時はベッドに運んでくれてありがとう。助かったよ」

「……別に、人殺しになりたくなかっただけだ」


 人殺し――ああ、見捨てることで死なせる羽目になりたくなかったということか。ウィルはいい加減、イグルクの婉曲表現に慣れ始めていた。


「よう、坊主たち。お前らもこっち来て飲もうや。これから先、俺たちは味方同士だろう?」


 そこに、ゲディが配下を何人か伴って参入してきた。ウィルは酒臭さに表情が歪むのを抑えつつ、その返答に努める。


「お誘いありがとうございます。でも、訓練生は飲酒を禁じられているので」

「へへっ、真面目だな。んで、黒竜の乗り手っていうのはどっちだ?」


 なるほど、ライムの乗り手が気になってこちらに接近してきたのか。誰から聞いたのか知らないが、とんだ野次馬根性だ。


「黒竜に乗るのは、僕ですが」

「おや、こっちのひょろい方か!はは、こりゃ驚いた」

「お頭、賭けは俺の勝ちだぜ。ちゃんと払ってもらいますよ」


 なんと、賭け事の種にしていたのか。傭兵たちの下品な慰みに、ウィルも思わず辟易する。


「なあ、噂は本当なのか?第六砦を一騎で制圧したって」

「流石に話を盛ってるんだよな?一人早く砦に着いて、敵の注意を引き付けたとか、そんな所だろう?」


 ウィルの活躍に興味津々なのは本当のようである。傭兵たちは矢継ぎ早に似たような趣旨の質問を繰り返す。


 その態度に呆れたウィルはまともな返答はせず、反対に自分の気にするところを聞き返してやった。


「あの、その話誰から聞いたんですか?」

「誰って、既にここら一帯じゃ噂になってるぜ。第六砦は、たった一騎の竜騎士によって制圧されたってな」

「それは……あまり嬉しい話じゃありませんね。僕は、有名にはなりたくない」


 傭兵たちはウィルの心境を解せぬ風だった。名声、栄誉、実績――それは騎士にとって喉から手が出るほどほしいもの。ウィルだって、例の秘密を抱えてさえいなければ、喜んで享受しただろう。けれど、彼が置かれる状況は、あまりにも特殊に過ぎた。


「あんちゃんたちよ、そんなとこでガキの相手してねえで、こっち来て飲もうや。ほら、うちの隊長も待ちぼうけだぜ」


 と、ウィルがしつこく絡まれているのを見かねて、ソドムが助け船を出した。言い回しは柔らかだが、肩にがっしりと腕を回し、辞退を許さない構え。これには、空気の読めないならず者崩れたちも、躱す余地はない。


「ん、ああ。今行くよ。――坊主、また今度詳しく聞かせてくれや」


 ゲディたちはようやく、ウィルを解放してくれた。ウィルはソドムに感謝する一方、絡まれている間そっぽを向き続けていたイグルクを恨めしく思った。


 親睦会と称した飲み会は、夜更けまで続いた。ウィルとイグルクは早々に割り当てられた寝室に滑り込んだが、そうでない連中は翌日のひどい二日酔いに悩まされた。

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