名カメラマン(3)新人の悩み
春はどこでも、新人が来る季節だ。学校のように毎年という事は無かったりもするが、社会人にとっても、部署に新人がやって来る季節は春、幹部なら秋だ。
僕達心霊研究部員6人、フィールドワークと称して博物館へ向かっていると、徳川さんとばったり会った。
徳川一行、陰陽課を設立した人物で、陰陽課の責任者である。飄々としてちょっと変わっているが、エリートキャリアであることは間違いが無いし、これで、やり手のようだ。ウチに時々遊びにも来る、兄の上司だ。
「こんにちは」
「やあ、久しぶり。おや、新顔だね」
「新入部員の、高槻楓太郎と水無瀬宗です。
陰陽課課長の、徳川警視正。階級は、付けないようにね」
紹介すると、楓太郎はニコニコと、宗はキッチリと、挨拶をした。
「こっちも新人だよ。そっちに連れて行こうとしてたんだ。
沢井道彦巡査部長」
連れられていた若い青年は、聞いていたのか、こちらが高校生だというのに、大人にするように丁寧に挨拶をしてきた。
「沢井道彦と申します。以後、よろしくお願いいたします」
「御崎 怜です。こちらこそよろしくお願いします」
「町田 直です。よろしくお願いします」
「よろしく見てやってよね」
徳川さんはにこにことして、ちょっと声を潜めた。
「そうだ。ちょっと変なんだよ。本当に見てやって欲しいんだけど、寮の部屋」
「いいですよ。いつ行きます?」
「早い方がいいけど、いつでもいいかな」
「あの!今からでもいいわよ。博物館より面白そう――フィールドワークとして」
エリカが身を乗り出した。
「じゃあ、お願いしようか。
沢井君、部屋にまずいもの無いだろうね」
「はっ、隠し――いえ、大丈夫です」
そういう事で、ゾロゾロと、寮へ向かう。
キャリアと既婚者以外、警官は基本的には寮暮らしだ。まあ、長くなってくると、部屋が足りなくなってくる事もあって、独身でも寮を出る事が許可されるのだが。
「ここだよ」
兄も自宅住まいだし、寮を見るのは初めてだ。
「何ていうか、趣のある建物ですね」
ユキが言葉を誤魔化した。
「あはは。古いからねえ。最近はこぎれいなマンション風なのもあるし、良かったら、進路のひとつとして考えておいてよ」
徳川さんは軽く笑って、皆で、中に入った。
休みで寮にいた警官が、何事かとこちらを見、徳川さんに気付いて直立する。
「ああ、いいよ。気にしないで。
この子たちはちょっと調査の為に来てもらったから。お邪魔するよ」
「はっ」
上半身をパッと45度傾けて、見送る。警察とか自衛隊とか、こういうところは大変そうだな。
思いながら、その部屋に行く。
そう広くはない和室で、机や安っぽい洋服ダンスが置いてあり、緑色のカーテンがかかっていた。整頓されているが、まあ、これから生活していくうちに増えて行くんだろう。
「あら」
エリカとユキが、目聡く机の上の写真立てを見つけた。沢井さんと若い女性が写った写真である。
「彼女です。向こうは兵庫県で」
照れながら沢井さんが言う。
「遠距離恋愛ですか。うわあ」
楓太郎が、目をキラキラさせる。乙女か、君は。
「ん?」
タンスの上の人形が、気になった。スカートをはいたクマで、まあ今どきの若者っぽい顔の沢井さんならあるかも知れないが、でも、沢井さんの趣味だろうか?
「それはペアになっている人形で、彼女が男の子の方を持っているんです」
「ああ……そうですか……」
これかな。
「それなのかい?」
「嫌な感じはありませんけどね。会いたい、会いたいって。
夜、女の泣き声がするとか、帰って来たら部屋が荒らされていたとか、そういう事があったんですよね」
「はい。隣の先輩も、最初は自分が暴れていると思ったらしいんですが、自分が留守の時もなのでおかしいと」
「今夜、見張ってもいいですか」
「観察してみたいよねえ」
直も同意する。
「自分は構いませんが、寮則が……」
「ああ、それはぼくがやるよ。ワクワクしてきたねえ」
徳川さんが遠足前の子供みたいに笑う。
エリカとユキは流石にだめだと言い、一度僕達は帰った後、再度沢井さんの部屋に集まった。
兄も他の刑事も来て、人口密度が高い。
「何か合宿みたいで楽しいですね」
ニコニコする楓太郎に、直が笑顔で教えてやる。
「去年の合宿は、皆死ぬとこだったんだよ」
「え、冗談ですよね?」
「今年はどこへ行くんだろうねえ」
「ちょっと、直先輩?怜先輩も、うそでしょ?」
「なるほどな。心霊研究部、普通じゃないな」
「えええ、宗までえ!?」
楓太郎がオタオタし、部屋の外では他の警官達がこちらの様子を窺う。
そうこうしている内に、気配が膨らんだ。
「宗。カメラ用意して」
「はい」
クマが、グラグラと揺れる。そして、聞こえている人と聞こえていない人がいるようだが、クマが、すすり泣き始めた。
「ここはどこ。どうして1人なの。寂しい、会いたい」
そして、もうひとつ気配が近付く。
「さあ、来たよ」
ゴクリと、誰かの喉が鳴った。




