遺影(3)お盆
愛さんをまず――と思ったら、桑原さんが突進して来て、
「あああああ!させない!」
と言いながら、もの凄い力で体当たりして来た。
それを払いのけるのもどうかと遠慮して、受け止め、直がなだめながら引き剥がす。
「桑原さん、落ち着いてくださいねえ」
「愛は悪くないわ!中学生なのよ!?寂しいに決まってるわ!」
「だからと言って、友人をとり殺すのはダメですよねえ」
「いいから離しなさいよ!」
ジタバタもがく桑原さんを、直がどうにか抑えるのを横目に、愛さんに向き直る。
「突然で、まだまだやりたい事もあって、無念だったでしょう。それはわかります。
でも、だからと言って友達を道連れにしてはいけませんね」
いやよ 1人でなんて
約束してたんだから いいじゃない
愛さんは言って、こちらに掴みかかって来た。
それをスイと避けると、ムッとしたように口を尖らせた。
「友人なんだから、見守るという考えは?」
ないわ
きっぱりと言い切った。
「清々しいな。
でも、他人を道連れにしても、それはよく無い事です。それで今後も、親友として付き合えますか」
「え……」
桑原さんも愛さんも、虚を突かれたような顔をして、体の力を抜いた。
そして、桑原さんは座り込んで、
「どうしよう。愛が1人。そんなのだめよ。かわいそうよ」
とぶつぶつ呟き、愛さんは、ヒステリーを起こし、手当たり次第にその辺の物を投げ始めた。
ぬいぐるみやお菓子が飛んで行く。
と、水着に手がかかると、愛さんはそれを抱きしめて泣き出した。
「行きたかったですよね。残念です」
愛さんはやがて泣き止み、はあ、と上を見上げた。
仕方ないわね
今度は絶対に 彼氏と行ってやる
僕は、そっと浄力を流した。それで、愛さんはきらきらと光る粒子のようになって、消えて行った。
それを、桑原さんも見えたらしい。
「あ……愛は成仏したんですか?」
「間に合ったようですかねえ。
今度は、桑原さんが心の整理をして、愛さんを送らないといけませんよねえ」
「愛は、もう、いないのね」
「いつまでも生者が引き留めたり、引き戻そうとしたりするのは、故人の為にもならないんですよ。楽しかった事を懐かしむのはいい。故人を悼むのもいい。でも、囚われないで、桑原さんも進んで行きましょう。
ああ。今年は初盆ですね。元気な姿で、お迎えして、安心させましょうか」
それで桑原さんは、声を上げ、体をふたつに折って泣き伏した。
数日後、敬から、遺影の写真が普通になったらしいと聞いてホッとした。
桑原さんも、夫婦でカウンセリングに通い出したとユキから聞いた。
これで少しずつ上手くいくだろう。
と、店先におがらが並んでいるのが見えた。
「ああ、もうすぐお盆だなあ」
「怜のところ、ナスやキュウリで乗り物にするよねえ。あれがやりたくて、うちは仏壇がないのに、子供の頃に作ろうって言って、家中のナスとキュウリに割りばしをさして怒られたよう」
直が懐かしそうに言って笑う。
ナスは牛、キュウリは馬で、帰って来る時は馬に乗って早く帰って来いと、向こうへ帰る時は牛に乗ってゆっくりと。そういう願いをこめて作るのだ。
なので、ナスもキュウリも、それに合うような形のものを選ぶところから、真剣にしたものだ。
「お盆かあ。
なあ、直。ちょっと思ったんだが。夏場って肝試しで忙しいよな」
「そうだねえ」
「でもお盆も、あの世の業務が忙しいって言ってたよな、確か」
小野篁が、そう言ってたような気がする。
「言ってたねえ、確か。
と言う事は、現世もあの世も忙しくて、ボク達休む暇も無いのかねえ?」
「ええ、嫌だ。面倒臭い。お盆休みも欲しい」
僕と直は、余計な手を掛けさせる輩が出ないことを祈った。
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