復讐予告(1)1本足の人形
午前1時。そろそろ寝るかとノートを片付け始めた時、浦川はその微かな歌声を聞いた。
3つの人形がありました
ひとつは落として足が折れ
一本足になりました
歌詞も気になるが、それよりも、その声が気になった。
どこかで聞いた事があるような……。
いや、これ、どこから聞こえて来たんだろう。表でもなく、ラジオ、テレビでもない。そう、まるで真後ろから聞こえてきたような……。
バッと振り返るも、誰もいないし、変なものもない。
誤魔化すように、
「あるわけないよな」
と声に出して言い、ノートや教科書を片付けた。
病室は明るくて広い特別室で、院長の息子は違うな、と思いながらも、挨拶をする。
「御崎 怜です」
御崎 怜、高校1年生。去年の春突然霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰らいという新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「町田 直です」
町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。夏以降、直も霊が見え、会話ができる体質になったので、本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
僕達がここにいるのは、クラスメイトの中田から、相談したいことがあるから紹介してくれと頼まれたんだけど、と言われたからだ。
「初めまして。浦川です。わざわざすみません」
ベッドの上で頭を下げるのは、中田と同じ中学の同級生で、同じサッカー部に所属していた浦川というやつだ。
高校は、私立らしい。
「霊能師がクラスにいるとか人づてに聞いたから……」
「何かありましたか」
浦川はしばらくはまだ迷う様子を見せていたが、やがて、口を開き始めた。
「昨日の夜――というのか、今日の午前1時に、変な歌みたいなのが聞こえたんです。すぐ近くから聞こえて来るような感じで。
それでその後、駅の階段から落ちて足の骨が折れて、気付いたらいつの間にか、その歌の歌詞カードがポケットに入ってたんだけど」
ずっと眺めていたのか、掛け布団の下から出す。
硬いハガキサイズの紙で、
3つの人形がありました
ひとつは落として足が折れ
一本足になりました
そう、印刷されたような文字が並んでいた。
「まるで、歌の通りだねえ」
「今日誰かにポケットに入れられた、という事は」
「無いと思う。それが入ってたのは内ポケットだったから、そんなところに入れられたらわかるよ」
浦川は口を尖らせて答えた。
普通に考えるなら、殺人未遂か傷害事件なのだが。
「その歌声の主を、思い出せませんか」
「……中学の時、事故で死んだ、益田の声に似てた、かな」
「仲が良かったとか、悪かったとか」
「別に……何とも……」
歯切れが悪い。
「そうだった。忘れていました。
これは正式な依頼ですか」
「え?ああ」
「では、契約書を作成します。これが説明書と約款、料金表です」
「金取るのか?」
「はい。仕事ですから。
霊能師協会へ依頼をした場合、誰が派遣されて来るか選べませんけど、もう少し安くなりますよ」
「ううん。まあ、このくらいならいいか」
「後、知り得た事は基本的には秘匿します。法に触れるとかでない限りは」
ひとつひとつ丁寧に説明していき、やっと最後になる。
「未成年者ですので、保護者の方のサインもいただきたいのですが」
「保護者!?」
ここで、慌て始めた。何か、まずい事でもあるのかな。親がオカルト嫌いとか?
「ええっと、困ったなあ」
浦川は散々迷った挙句、
「キャンセルで」
という。
それはいいが、とても気になる。
友人だという杉沢、友野、中内が来たのをしおに病室を出たが、僕と直は、どうにも好奇心を刺激されていた。
「なあ、直」
「気になるよねえ」
「親には内緒か」
「霊能師を呼ぶほど気になるのにねえ」
「それに、益田って人の事も気になる」
「やけに歯切れがねえ」
調べてみる事に、決定した。
今日はひな祭りだ。ひな祭りは女の子の節句だが、男2人の家でも、祝って悪い事は無い筈だ。
というわけで、サバそぼろのちらし寿司の上には、ゆで卵に薄焼き卵とスライスハムを着物のように着せかけて頭にきゅうりとウインナーで作った冠を乗せたお雛様とお内裏様を乗せた。後は、竹の子の土佐煮、イサキの塩焼き、手毬ふとあさりと貝割れのすまし汁。
「雛人形か」
御崎 司、ひと回り年上の兄だ。若手で一番のエースと言われる刑事で、肝入りで新設された陰陽課に配属されている。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。頭が良くてスポーツも得意、クールなハンサムで、弟の僕から見てもカッコいい、自慢の兄だ。
「甘酒もあるよ。アルコールは入ってないから」
「じゃあ、怜も。ほら」
注ぎ合って乾杯し、食べ始める。
「今日、知り合いの知り合いに呼ばれて行ったんだけど、なんか歯切れが悪くて。恨まれる心当たりが、ある感じだったな」
「自業自得、で済ませるわけに行かないからなあ」
「事故でクラスの1人が亡くなってるらしいけど、何かありそうだな」
「いじめか、また」
「あり得るよ。駅で階段から突き落とされたかも知れないのに、親には言えない、警察には言いたくなさそう。おかしいよ」
「それは、気になるな」
「面倒臭いけど、気になるから直と調べてみる事にした。どうせ、後から依頼してきそうな気がするし」
「くれぐれも」
「危ない事はしない」
「ん」
兄はちょっと疑わしそうにしながらも、満足そうに、箸を進めた。




