おままごと(2)お父さん調達
プラスチックのくしで、パーマの当たった髪をすく。
「できましたよ、お母さん」
女の子がニッコリとする。
「お母さん、肩を叩きましょうか」
男の子が笑いかける。
が、お母さんと呼ばれた女は、人形のように座ったきり、何も反応が無い。
「詰まんないわ」
「寂しいな」
「まだ足りないからよ」
「そうだね。お父さんがいいかな」
「お父さんがいいわ」
「じゃあ、呼ぼう」
双子は天使のような笑顔を見合わせた。
冷たい風が吹きすさぶ外に一歩出て、営業部員コンビは、体を震わせた。
「あああ、寒い。先輩、昼飯どこに行きます?暖まるものがいいです」
「そばか何かだな」
「懐も寒いし、安い方に行きますか」
「年明けだしな。お年玉は、バカにならん」
そこまで笑いながら言って、先輩はふと、キョロキョロと辺りを見渡した。
「どうしたんですか?」
「いや、誰かに呼ばれたような気がして……。気のせいか」
「この前も言ってましたね。ストーカーとかですか、愛人の」
「バカ言え。ストーカーは、呼ばんだろう。それに俺には、可愛い妻と娘がいる。定員オーバーだよ」
2人は笑って歩き出し、呼び声の事は、忘れたのだった。
写真を示し、徳川さんは続けた。
「これが今回の被害者。サラリーマンで、妻と生まれたばかりの子供が1人。子煩悩で、愛人も問題も無し。先のOLとの関連も見つかっていない」
徳川一行。陰陽課設立の張本人で、陰陽課の責任者である。飄々としてちょっと変わっているが、エリートキャリアである事は間違いが無いし、これで、やり手のようだ。時々ウチに遊びにも来る、兄の上司だ。
「コンビを組んでいる後輩が、OLの時と同じように、時々、誰かに呼ばれたと言って辺りを見廻していたと証言しているよ」
鼻声で言って、はあ、と息をつく。かぜらしい。
「同じヤツでしょうね。
それはともかく、大丈夫なんですか」
「熱はないよ。鼻が出るだけだしね」
「生姜湯とか飲みますか?」
「飲む!怜君、作ってくれない?」
「ちょっと待って下さいね」
陰陽課の一角にある冷蔵庫を覗くと、あった。チューブのおろししょうが。棚には片栗粉もある。
徳川さんのカップにおろししょうがと片栗粉と砂糖を入れ、水少々でよくかき混ぜて溶かす。これに熱湯を注ぐだけだ。
「はい、ショウガ葛湯です。熱いですからね」
「え、こうやって作るの?」
「チューブでなく生をおろした方が香りとかがいいですけど、これでできますよ」
「覚えとこーっと」
徳川さんは上機嫌で、ショウガ葛湯を啜った。
向こうの方で、刑事がメモっている。
「OLにサラリーマンか。営業職なら、どこかですれ違うぐらいはしたのかもなあ」
直が考えながら言う。
町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、新進気鋭の札使いであり、インコ使いでもある。
正直、僕にも直にも、営業マンの行動範囲とかはよくわからない。まあ、会社にも個人にもよるのだろうし。
「地道に、共通点を探すしか無いだろうな」
ウンザリとしそうな作業だな。
と、急に、あのOLの家で感じた残り香のようなものがフワッと漂った。
「え、何で?」
キョロキョロする僕に、全員がギョッとした目を向けた。
「怜、どうした?」
兄が厳しい顔で訊いて来る。
「OLの家にあったのと同じ気配が、今……」
「同じものがあるってこと?」
直もキョロキョロと、探し出す。
「それは手掛かりになるな。
でも、さっきまで無くて、今はあるものか?」
「なんだろうね、それ」
兄と徳川さんも辺りを見廻す。
「徳川さんの方……あ、それから、する」
徳川さんがポケットから出したポケットティッシュを指さすと、皆がそれに釘付けになった。
「徳川課長、それ、どうしましたか」
兄が追及する。
「多分、駅でもらったんじゃないかな」
「何駅ですか」
「最寄りの駅の入り口に、ご自由にどうぞって置いてあったんだよ」
「指紋が残っているかもしれません」
兄は自分のポケットティッシュを差し出して、徳川さんのポケットティッシュを透明なビニール袋に入れた。
と、徳川さんが、
「ん?」
と振り返った。
「あれ……あ」
「来たんですね」
「来たよ、御崎君」
徳川さんは嫌そうに、
「お兄さんってさ。
よりによって、鼻が辛い時に……」
と言って、鼻をすすりあげた。




