氷姫(2)遭難
ニュースで聞いた事はあったけど、雪崩にあったのは初めてだ。本当に埋まるんだな。
いや、確か早く出ないと窒息すると講習会で先生が言ってたな。
授業は真面目に聞いておくものだ、と、心の底から実感した。
まず重力を利用して上方向を探り、そちらへ掘り進んで地上に出る。
「あ、直」
すぐ近くで、体を起こした直と目が合った。
「予想外の災難だったねえ」
「全くだ」
言ってる内に、離れた所や近くやらで、班のメンバーも起き上がる。
「浅くて助かったな」
「……僕達以外、巻き込まれてないだろうな」
全員、足元を注視した。
気配を探る。ああ、いる。5人だ。
と、バタバタと3人が墓の下から甦るゾンビのように身を起こす。
「あ、ここにも誰かいるぞ!」
赤いスキーウェアが見え、班のメンバーが飛びついて堀り始める。
もう1人は反対方向で、気配を頼りに直と2人で掘る。
出て来たのは緑のウェアの若い男だった。
「これからどうする」
「ここどこだ?」
口々に言いながら、皆で集まって、取り合えずスマホを出す。
「あ、電波が来てない」
街中でそれを確認するより、ショックは大きい。
「取り合えず、どこかで風をしのがないと」
雪と風は益々酷く、ほんのすぐ先すらも見えにくい。
「昨日雪洞作りはやったけど、シャベルがないしなあ」
「俺達も、これと言って何も持ってないし」
スキー板も外れてどこかに行った。
と、その気配に気付いた。
人影のようなものが、チラッと見えた。
生きている人ではないのは、僕と直はわかった。だが、同時に気付いた赤いウェアの男が
「誰かいる!」
と声を張り上げたおかげで、皆に知れてしまった。
そう悪い感じはしなかったけど、無自覚な困りものもいるから悩ましいが……。
「行こう」
言いながら、皆、立ち上がって追い始める。
「どうだろう、怜」
「いざとなったら、僕達で対処しよう。今は、はぐれる方が問題だろうしな。
札は?」
「大丈夫。5枚持ってるよ」
「じゃあ、行こう」
コソコソと作戦を立てて、後に続いた。
白い影は見えるギリギリでチラチラしていたが、とうとう見失い、キョロキョロしていたら、古いお堂を発見した。
皆でそこへ入る。
広さは教室1つ分程。かなり古そうな木造建築で、暖房器具も何もない。
が、風を凌げるだけで、想像以上に快適だった。
「ああ、お互いえらい目に遭ったな。救助が来るか下山できるまで、ここで大人しくしてよう」
赤いウェアの男が言った。
「自己紹介でもするか。
俺は緑川。大学2年だよ」
緑のウェアの男が言う。
「俺は赤井。同じく2年」
赤いウェアの男がニヤリとする。
「もうわかっただろ」
「ピンクの彼女が桃山で、青が青柳、白が白井。俺達大学のサークル仲間で、偶然名前に色が入ってる事に気が付いて、特撮ヒーロー同好会を作ったんだ。演劇部の中で」
「へえ」
大学生って、そんな事もやるのか。何か驚いた。
「じゃあ、子供相手にヒーローショーとか?カッコいい!俺もやりたい!どこの大学ですか」
聞いた大学は、知らない名前だった。
「俺らは学校の研修で来てるんです。俺は保科です」
「村園です」
「守尾です」
「町田です」
「御崎です」
「へえ、どこ?何年生?」
「東京の紫明園学院高等部一年生です」
「ゲッ、進学校かよ」
「ああ、ウチには来ない学校の子達だわ」
彼らは苦笑いを浮かべ、ついでに白井さんがくしゃみをした。
「何か風邪気味だったんだけど、まずい時にまずい事になったなあ」
「固まっていましょう。少しでも温かいように」
サル団子のように、くっついて座る。
しばらく大人しく静かにしていたが、その内に赤井さんが、
「暇つぶしに怖い話でもしようぜ」
とか言い出した。
と、どうしてか、直達が僕を見た。
え?何?カビがだめだったの?じゃあ、卵が痛んでいて緑色の臭い黄身が出て来た時の話がいいかな。あれもエイリアンが出て来るのかと思って怖かった。隣の京香さんの家の冷蔵庫で、納豆があると思ったら煮豆だった話とか。京香さんが蜘蛛を掃除機で吸い込んでからしばらくして、ゴミパックを捨てようとしたら、中から凄い数の子蜘蛛が出て来た時も怖かった。
「あれえ?こっちの子は幽霊が怖いのかな?」
皆の様子から誤解した緑川さんが、ニヤニヤとして言った。
「少し向こうに霊がいるけど、大丈夫かな」
「あ、それなら大丈夫です。十分対処可能な程度のものですし、そう、悪意も感じませんから」
「は?」
「え?」
「え?」
「……」
何か、失敗した気がした……。
捜索隊が来た時に備えて、外を見ておくことになった。順番だ。
白い影は、近付くでもなく、何かしてくるでもなく、こちらを窺っているような感じだった。
「黙ってると寝そうになるな。しりとりでもするか」
「よし。しりとり」
「リス」
「西瓜」
「菓子」
「し、白い影」
「おいい……」
「あ、悪い。えっと、歯科」
「カヌー」
「ぬ?奴婢」
「ひ、ひめ」
「……なあ、この地方に伝わる氷姫伝説って、本当かなあ」
どうも人間は、考えてはダメな事を意識すると、そっちの方に思考が向かうようである。
ああ、まだ朝は遠い。
 




