プレゼント(1)銀行強盗
ベージュか、青か。いや、物それ自体、他のにしようか。
通販の雑誌をめくり、戻り、考え込む。
僕は銀行に来たのだが、待っている間にふと目に入った雑誌を開いたら、真剣に悩みまくる羽目に陥っていたのである。
隣でチラッと、それが20代半ばから30代の大人の男性向けファッション誌であると見て取ったサラリーマンは、「背伸びしたい年頃なんだな」と見当外れの予想をして微笑ましく思っていたが、全く違う。もうすぐ――と言っても、まだ月単位で先だが――来るクリスマスに兄に贈るプレゼントについて、悩んでいるのである。
御崎 怜、高校1年生。この春突然霊が見え、会話できる体質になった上、つい先ごろには神殺しという新体質まで加わった、新米霊能者である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に何度も遭っている。
去年は手袋で、誕生日にはスマホケースにした。その前は室内スリッパで、誕生日にはセーターにした。バイトもできない年だったし、お小遣いを遣り繰りしてのプレゼントだったので、そう高価なものはできなかったが、今年は違う。最初は安全に生活する為に霊との付き合い方のノウハウを学ぼうと、仕方なく霊能者の助手兼弟子というバイトを始めたのだが、バイト代も入り、これで今年からは兄にいいプレゼントを買えると思うと、嬉しくてたまらない。
このネクタイが似合いそうだけど、こっちのページのカバンもかっこいいし。ううん。
悩んでいると、不意に、パン!という音と甲高い悲鳴がして、
「全員動くな!」
と、覆面をして拳銃を持った男2人組みが銀行に押し入って来た。
「全員両手を上げろ!--おい、そこのお前!」
「両手を上げたらページがわからなくなるじゃないですか!」
反論したら、拳銃を突き付けられた。
ああ、いかん。プレゼントの事に集中しすぎてた……。
そして気が付けば、銀行強盗の人質というものになってしまっていたのである。
テレビで見た事はあっても、実際には見た事がないし、あった事は勿論ない。シャッターを下ろし、カーテンも閉め、行員と客は、ロビーの端で一塊にして見張られていた。
犯人はお金をカバンに詰めさせて逃げようとしたのだが、たまたま巡回中の警官が立ち寄って見付けてしまい、逃げ出す事ができなくなったのだった。それで、人質は集められ、銀行の周りは警察に包囲され、犯人はイライラオロオロとしているのである。
ああ、今晩のおかずは煮魚で、もう帰って料理に取り掛かりたいのに、面倒臭い。とか考えていたら、犯人に察せられたかのか、なぜか睨まれた。
「クソッ」
目出し帽を乱暴に脱いで、カウンターに叩き付ける。
「どうする、シゲ」
「……何か考えろよ、タイ」
彼らが何か言うたび、するたびに、人質の大半が怯え、それにまた犯人がイラつく。
シゲもタイもまだ若く、タイはホスト的な優男顔で、シゲは盗んだバイクで走り出す感じのやつだ。どちらも、そう理知的には見えない。あまり何も考えずに行き当たりばったりで犯行を犯したろうタイプだ。
しかし僕の気になっているのはそこではない。タイの後を若い女の霊が付いて回っている事だ。そして、姿はないがもう一体、女に重なるようにして、そこにいる事だった。
カウンターの中で、電話が場違いな程軽やかな音で着信を告げた。
「はい」
シゲが出る。
「もっと離れろ。離れないと、人質を撃つ」
お決まりのセリフが出た事を思えば、やはり警察かららしい。
「病人?んなもん……」
シゲが、人質の方へ眼をやる。
1人が手を上げて、
「すみません、腎臓が悪くて。透析の時間なんですけど……」
と恐る恐る申告した。
「おう、仕方ないな」
「私は抗がん剤の予約の時間なんですけど」
「大変だな、あんた」
「さっきからちょっと、痛み出して……。陣痛かも……」
「それは大変じゃないか!」
と、数人が解放されて行く。
意外といい奴なんじゃ……。
「面倒臭いから帰りたいって、いいと思います?」
「だめだろ、そりゃ」
「じゃあ、そろそろ兄に会わないと死んでしまうとか」
「それはそれで病気かも知れないけど、だめだろ」
隣になったサラリーマンと小声で話していたら、背後に誰かが立った。振り返ると、タイだった。
「あ……」
「何楽しい話してんの、ああ?」
「お気遣いなく」
タイは何か言うべきか迷ったようだが、結局、無視することにしたようだ。
さて、どうしようか。しばらく様子を見て、あの霊の事を探った方がいいかな。
ああ、面倒臭い。




